最低賃金、2026年1月に1%引き上げ月額210ドルに

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衣料・履物製造業の工場労働者を対象とする2026年1月の最低賃金の引き上げ額がこのほど決定した。アメリカによる新たな関税措置やタイ国境における軍事衝突の影響を受けて、前回の2025年1月の引き上げ額よりも低い上げ幅となった。現行の月額208米ドル(以下、ドルは全て米ドル)(注1)から2ドル引き上げて210ドルとする(注2)

最賃引き上げのプロセス

カンボジアにおける最賃改定は、政労使三者の代表51人からなる全国最低賃金評議会(NCMW)で審議され、その結果が労働・職業訓練大臣に答申される。1997年に最低賃金制度が創設された当初は、最賃額が3~7年に1回引き上げられたが、2013年からは毎年引き上げられるようになった。それ以降2015年にかけて毎年30%前後の急激な引き上げとなったが(図表1参照)、2016年の評議会で客観的基準(注3)が採用されて以降、引き上げ幅が安定し、10%前後の引き上げがコロナ禍前まで続いた。2015年の改定から評議会の答申による改定額に首相が政治的な判断で上乗せするのが恒例となっている。2015年から2018年までは5ドル上乗せされた。2019年は評議会の9ドル引き上げ案に対して3ドル上乗せ、2020年は5ドル引き上げ案に対して3ドル上乗せされた。コロナ禍の2021年、2022年には、評議会が据え置き案を提出したのに対して、首相の判断で2ドル引き上げられた。このように首相による上乗せ額は年々抑制される傾向が見られる。1997年から2026年までの最賃引き上げの推移を示したのが図表1である。評議会の引き上げ額と首相による上乗せ額の推移を示したのが図表2である。

図表1:最賃額と引上げ割合の推移(1997年~2026年)
画像:図表1

出所:政府発表資料等より作成。

図表2:評議会による引上げ額と首相による上乗せ額の推移(2015年~2026年)
画像:図表2

出所:政府発表資料等より作成。

2026年1月の最賃引き上げに関する協議の経緯

2026年1月の最賃改定に関する政労使の三者評議会は8月20日に開始された。ヘン・スール労働・職業訓練大臣は協議開始に際して、特に衣料品や製造業の労働者にとって公正かつ持続可能な成果を達成するには、使用者、労働組合、政府代表者など評議会関係者全員の協力が重要だと述べた(注4)

その上で、大臣は今回の最賃引き上げの協議に影響を及ぼす可能性のある予期せぬ問題を2つ指摘した。1つ目は、アメリカによる貿易相手国に対する「相互関税」措置の影響であり、もう1点は5月に発生した隣国タイとの国境での武力衝突である。

1点目に関しては、アメリカの新たな保護政策による輸出品のコスト上昇が、カンボジアの製造業への圧力を強め、賃金交渉をより複雑にしていると大臣は指摘した。2点目に関しては、タイには200万人(合法滞在者は120万人)のカンボジア移民労働者がいるとされており、そのうち90万人が8月の時点で帰国したと推計されている。この帰国労働者の急増が国内経済に圧力をかけ、労働市場に影響を及ぼす可能性があると指摘した。一方、タイでは人手不足の影響が出始めている(注5)

労使の要求に大きな隔たり

9月3日に行われた第2回評議会では、労働者代表は現行の最低賃金である月額208ドルを10ドル引き上げて218ドルにすることを提案した。その一方で、使用者代表は最低賃金を据え置くことを提案する強硬な姿勢を崩さなかった(注6)

隔たりのある提案をする労使に対して、ヘン・スール労働・職業訓練大臣は、アメリカの関税措置をはじめとするカンボジア経済にとって重要な問題を念頭に置いて協議に向き合うように促した。関税の引き上げによってアメリカ市場におけるカンボジア製品の価格は以前よりも少なくとも10%上昇すると予想され、アメリカ国内での需要の低下が懸念される。

労相のこの発言に対して、全国労働組合連合(National Trade Union Confederation:NTUC)のファール・サリー会長は、今回の交渉における課題を認めて次のように述べた。「2026年の最低賃金交渉は、私たちがこれまでに直面してきた中で最も困難なものの一つである。世界経済の不確実性、カンボジアの輸出品に対するアメリカの高い関税、タイとの国境をめぐる武力衝突、そして仕事を求めて帰国するカンボジア人移民労働者といった問題に直面していることは重々承知している」と述べて労相の発言に理解を示した。

8月20日の第1回の協議で発表された交渉スケジュールに沿って、9月10日に次回の三者会合を再開することで合意した。

市民団体は月額232ドルを要求

ただ、カンボジアには評議会に参加していない複数の労組ナショナルセンターがあり、その労組と市民団体が、今回の全国最低賃金評議会の協議の過程で、労働者の生活の実状に即した最賃水準に引き上げるよう強く求めた。ビジネス・人権リソースセンター、労働・人権同盟センター、カンボジア人権促進擁護連盟、カンボジア人権開発協会、カンボジア労働組合同盟、カンボジア独立労働組合連盟など28団体が、9月9日、最低賃金を232ドルに引き上げることを要求する声明を出した(注7)。声明では、現在の最低賃金は基本的な生活費を賄うのに不十分だと指摘している。現行の最賃額では、労働者が収入で生活必需品の半分程度しか賄えず、ほとんどの労働者が生き延びるために借金をしているという調査結果を引用している。

その根拠として挙げたのがアジア最低賃金同盟(Asia Floor Wage Alliance)の2024年消費調査やCNVインターナショナルによる2024年公正労働モニター調査である。前者の調査では、カンボジアにおいて食料やその他の必需品の消費に月平均408ドルかかるのに対して、平均賃金は月250ドルであり、61%に相当する低い水準となっていると指摘している(注8)。また、CNVインターナショナルによる2024年公正労働モニター(Fair Work Monitor)による調査では、カンボジアの平均収入は生活費の41%に過ぎず、労働者の73%が生活のために借金を抱えているという調査結果が示されている(注9)

これらを踏まえると、第2回までの全国最低賃金評議会で提案された賃金は、依然として労働者の総生活費を下回っているため、市民団体と労働組合の連合は、労働者の生存と尊厳を確保するために2026年までに最低限必要な賃金水準に引き上げる必要性を強く求めた。

3回目の評議会で労使は引き上げ額を提案せず

第2回の評議会までに労使は21回にわたり協議を重ねたが合意に至らず、9月10日の第3回の評議会を迎えた。この詳しい交渉内容は不明だが、労使双方の代表は、地域及び世界経済情勢、競争、労働市場の実情によって生じ得る影響を踏まえ、新たな数字を提案せず、2026年の最低賃金の決定を政府に委ねることで合意した(注10)

9月17日には、政労使代表者による23回に及ぶ交渉を経て、第4回の評議会が開催された。使用者側は評議会を始めるにあたって、アメリカの関税措置や国際市場における競争力、世界的な経済的圧力や地域間で賃金水準を比較した場合の正当性を理由に、最低賃金を208ドルに据え置くことが妥当だとの意見を述べた(注11)。労働組合はこれに反論することはなかったが、政府に対し小幅な引き上げを検討するよう要請した。その上で、評議会は2026年1月の法定最賃は208ドルに据え置くことを決定した。この評議会の答申を受けて、フン・マネト首相は翌18日の朝、2026年1月に法定最賃を208ドルから2ドル引き上げて210ドルにすることを決めた。

試用期間中の労働者については、正社員になるまで引き続き208ドルの賃金とする。出来高払い制の従業員については、生産量が最低基準に達しない場合、追加して賃金を支払い、法定最賃水準を確保しなければならない(注12)。その他の諸手当に変更はない。月額7ドルの交通費、月額10ドルの出勤手当、残業した労働者に対する1日あたり0.5ドルの食事手当(または1日1食の無料食事)、勤続2年目から11年目の労働者に対する月額2ドルから11ドルの勤続手当などの諸手当は現行のままとする(注13)

この諸手当、出勤手当や食事手当、交通費手当などの必須の手当を含めると、おおよそ月額 227ドルから 238ドルの手取りとなる見込みである。しかし、労働権擁護団体は、この小幅な賃金上昇では依然として生活費を賄うには至っていないと主張する。労働人権同盟センター(Centre for Alliance of Labor and Human Rights Alliances (CENTRAL))のクン・タロ・プログラムマネージャーは、月230ドル強の賃金は労働者の実際の支出と比べて依然として低すぎるとの見解を表明した(注14)

このような主張に対して政府は、今後の生活費、特に光熱費と家賃の動向を注視することを約束し、賃上げが十分に行われないなど、使用者の不適切な行為が確認されれば、労働・職業訓練省は直接調査を行い、賃金調整を悪用する家主やサービス提供者に対して措置を講じるとヘン・スール労働・職業訓練大臣はつけ加えた(注15)

カンボジア全国労働組合連合会議(National Union Alliance Chamber of Cambodia)のキム・チャンサムナン会長は、困難な時期における賃上げの重要性を認識しており、「今回の賃上げは少額ではあるものの、大変喜ばしい。国にとって困難な時期に実施されたものであり、家主や公共事業体には、賃料の値上げによって労働者を搾取しないよう強く求める」と述べた。また、NTUCのファール・サリー会長は、今回の最賃の引き上げは控えめではあるものの、熟練労働者の確保、投資の誘致、新たな雇用機会の創出にも役立つため、労働者の苦難を軽減するのに役立つだろうとの見解を示した。

(ウェブサイト最終閲覧日:2025年12月25日)

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