台湾政府、国際情勢の不確実性に備えた雇用安定策を実施
国際情勢の不確実性が増す中、台湾政府は雇用安定を目的とした包括的な政策パッケージを導入した。特別条例と弁法に基づき、技能向上や雇用促進策を展開するとともに、100億新台湾ドルを労働保険基金に拠出し、労働者の生活と制度の安定を図る。
「弁法」制定の背景と概要
米国による対等関税(相互関税)の影響や新台湾ドルの為替変動、輸入関税政策の調整など、国際情勢の不確実性が高まる中、台湾政府は国内雇用を守るための包括的な政策パッケージを打ち出している。
2025年8月1日に公布された「国際情勢に対応し経済・社会及び民生・国家安全の強靱性を強化する特別条例」((注1)、以下「条例」)は、外的リスクに耐え得る社会・経済基盤を確保するための特別措置である。条例第3条第4款には「労働者の安定した雇用を支持すること」が明記され、労働政策の方向性が法的に位置付けられた。
これを受け、労働部は「国際情勢対応労工安定就業弁法」((注2)、全20条、以下「弁法」)を制定した。弁法は、技能向上、雇用促進、生活安定策を組み合わせ、労働者と雇用主の双方を支援することで、国民の生活と権益を守る枠組みを整備している。
さらに労働部は、弁法に基づき「安定就業」の実現に向けた具体的措置を導入し、労使双方を幅広く支援している。また、特別予算から100億新台湾ドル(注3)を労働保険基金に拠出し、労働者の生活と制度の安定を支える姿勢を鮮明にしている。
- 授権根拠と施策の仕組み(第1~4条)
主管機関は労働部である。労働部はすべての業務を直接実施するのではなく、必要に応じて所轄の下部機関や直轄市政府、県・市政府に委任し、実務を遂行させる仕組みを設けている。 - 技能訓練と若年層支援(第5~7条)
企業による社員のスキル向上を目的とした訓練計画を支援する。企業が単独で計画する場合は最大95万新台湾ドル、複数企業が連携する「共同訓練計画」では最大190万新台湾ドル、「産業推進型訓練計画」では最大200万新台湾ドルの補助を受けられる。
また、勤務時間削減中の労働者には訓練参加を奨励し、最低賃金を基準とする手当を支給する。手当と賃金の合計は、直近3か月の平均給与を上限とする。さらに、失業者や求職中の若者(15~29歳)には政策重点産業での訓練を提供し、月1万新台湾ドルの「訓練奨励金」を1人1回限りで支給する。 - 勤務時間削減中の労働者への二重支援(第8条)
労働部は、就業保険の「雇用安定措置」に基づく給与手当(給与の50%)に加え、差額分の20%を上乗せして支給する。また、訓練参加者は訓練手当と給与手当を同時に受給でき、その上限は休業前後の給与差額とされる。 - 再就業者・若者への就職支援(第9~10条)
公的就業サービス機関を通じて、雇用主に失業労働者の採用を促し、再就職や転職を支援する。公的機関の紹介で失業者を採用した企業には、職場訓練費(1人当たり月最大1万2千新台湾ドル、最長3か月)、雇用奨励金(1人当たり月6千新台湾ドル、最長6か月)、職務再設計費(年最大10万新台湾ドル)が補助される。
補助を受ける企業は、従業員規模を90%以上維持し、勤務時間削減を行わないことが条件である。また、初めて就職活動を行う若者(15~29歳)には、「求職手当」と「就業奨励金」を合わせて最大4万8千新台湾ドルが支給される。 - 短期就労機会と創業者への資金支援(第11~13条)
労働部は、民間団体や政府機関と連携し、短期的な就労機会の創出を図るとともに、民間団体に対しては人件費や運営経費の一部を補助している。公的就業サービス機関が失業者を民間団体に紹介した場合、政府の主管機関は、最低賃金を基準に時給を算定し、「上工津貼(勤務手当)」を支給する。この手当の支給額は、月額最低賃金を上限としている。また、民間団体は政府に「在地上工計画(地域就労計画)」を申請することで、雇用費用や運営費などに関する補助を受けることができる。
一方、満15歳以上で「就業服務法」第24条第1項に定める対象者(失業者、身心障がい者など)や、65歳を超える高齢者は、公的就業サービス機関を通じて、中央・地方の政府機関または公営機関に紹介されることもある。この場合、勤務時間は月最大80時間とされ、賃金は最低賃金を基準に算定される。政府は、これらの労働者に対しても「上工津貼(勤務手当)」を支給する。
さらに、小規模創業者に対しては、貸付金の元利金の支払い猶予や返済期限の延長など、金融面での支援を行い、資金繰りの負担軽減を図る仕組みを設けている。 - 制度の実効性の担保(第14~19条)
制度運営に関する補正規定、監査・追徴措置、推進スケジュール、経費の財源確保に関する条項も盛り込まれている。
「安定就業」への関連策
(1)6大支援策による雇用安定の強化
労働部は4月から、国際経済変動や関税調整の影響を受ける産業と労働者を保護するため、企業の訓練支援から若年層の初回就職援助までを含む「6大就業安定策(注4)」を実施している。影響を受けた企業には、社員訓練に対して最大200万新台湾ドルを補助し、その申請期限を2025年度9月末まで延長した。勤務時間削減中の労働者には訓練手当や給与差額補助を支給し、低所得層についても短時間受講で支援対象とする。
また、解雇回避を目的とした労使協議による時短や賃金調整を奨励し、政府が差額を補填する。対象産業は当面、ゴム製品、機械設備、輸送用具関連の3業種に限定される。
さらに、離職者支援では中高年層の再就職を後押しする統合型就業サービスを整備。若年層については、政策重点産業の訓練受講者に月1万新台湾ドル(最長12か月)の奨励金を支給し、初回就職者には最大4万5,000新台湾ドルを提供する。
(2)勤務時間削減に伴う賃金補填―フルタイム・パート双方を対象に
労働部は7月4日から、勤務時間削減中の労働者が認定技能訓練に参加した場合(注5)、実際の訓練時間に応じて賃金減少を補填する制度を開始した。
対象範囲も拡大され、勤務時間削減前のフルタイム労働者で「労工保険投保薪資(注6)」が2万8,590~3万300新台湾ドルの層も支援対象となる。この層の労働者は、実際の訓練時間に応じて月額上限2,280新台湾ドルの訓練手当を受給でき、訓練参加の権利が保障される。また、「労工保険投保薪資」が3万300新台湾ドル以上のフルタイム労働者や一部のパートタイム労働者についても、補助額は月最大1万7,210新台湾ドルとされた。
さらに、労働部は労働時間削減を実施する企業に対し、訓練費用の補助上限を従来の190万新台湾ドルから350万新台湾ドルへと引き上げている。
(3)給与補助―雇用安定の再強化
労働部は8月13日、「雇用安定措置の再強化」(注7)を発表した。この制度は2025年8月1日に遡及適用され、2026年1月31日までの半年間に実施される。対象産業には、食品、繊維、ゴム、プラスチック、金属、電力設備、機械、自動車・部品、その他輸送用具といった9つの製造業が新たに加わった。対象はフルタイム労働者に加え、固定的な日数や時間で働くパートタイム労働者にも拡大された。
補助金額も引き上げられた。従来は勤務時間削減前の給与差額の50%を補助し、月額上限は8,700新台湾ドルであったが、新制度では補助率を70%に拡大し、上限も1万2,100新台湾ドルに引き上げられた。さらに、労働者が勤務時間削減期間を利用して職業訓練に参加する場合には、本制度による給与補助と「対等関税政策対応・労工再充電計画」の訓練手当を合算して受給できる仕組みも導入された。
(4)若者支援―初回就職の後押し
労働部は2025年9月1日から、新たな若者向け施策「支援青年就業計画」(注8)を開始した。これは従来の「初次尋職青年穩定就業計画(若年者初就職安定支援計画)」を拡充したもので、国際経済の変動で就職活動が長期化しやすい若者を早期に支援することを目的としている。
新制度では対象要件を緩和した。失業状態の期間を従来の90日から60日に短縮し、対象は15歳から29歳までの在学中でなくフルタイム勤務をしていない者とされた。経済的支援も強化され、求職中に支給される「尋職手当(求職手当)」は月額5,000新台湾ドルから6,000新台湾ドルに引き上げられ、最長3か月で計1万8,000新台湾ドルを受給できる。
さらに、計画期間中に就職し90日間安定して勤務した場合には奨励金2万新台湾ドル、180日間継続した場合には1万新台湾ドルが加算され、求職手当と合わせて最大4万8,000新台湾ドルを得られる仕組みとなった。
また、労働部はすでに旧制度に参加している青年についても、9月以降は新基準を適用し、未支給分を補填することを決定している。
注
- 經濟部產業發展署-因應國際情勢強化經濟社會及民生國安韌性特別條例(修正日期:民國 114年09月05日)
(本文へ)
- 勞動部勞動法令查詢系統-所有條文-法規名稱:因應國際情勢支持勞工安定就業辦法(民國114年08月13日訂定)
(本文へ)
- 經濟日報-特別條例挹注勞保基金100億元 無薪假補貼50%薪資(2025/05/14)
(本文へ)
- 因應對等關稅衝擊! 勞動部提「6大安定就業措施」(2025年4月22日)
(本文へ)
- 勞動力發展署 優先保障勞工工作權! 勞動部「再充電計畫」 協助減班勞工穩定就業並提升專業技能(2025-09-03)
(本文へ)
- 「労工保険投保薪資」とは、保険料の算出や給付額の基準となる被保険者の給与額を指す。ただし、実際の給与額そのものではなく、政府が定める「労工保険投保薪資分級表」に基づき、最も近い等級を用いて申告する仕組みとなっている。「労工保険」は、労働者が直面するリスクの種類に応じて制度が区分されており、日常生活における事故や疾病に備える「普通事故保険」では、出産・育児、傷病、障害、老齢、死亡の5つの給付が設けられている。また、業務や通勤に関連して発生する災害に対応する「職業災害保険(労災保険)」では、傷病、医療、障害、死亡の4つの給付が定められている(本文へ)
- 勞動部發布「因應國際情勢支持勞工安定就業辦法」並公告強化版僱用安定措施 全力穩定勞工就業-勞動部全球資訊網中文網(2025-08-13)
(本文へ)
- 因應國際經貿情勢、勞動部「支援青年就業計畫」9月1日正式上路!-勞動部全球資訊網中文網(2025-08-27)
(本文へ)
参考文献
- 台湾労働部、聯合新聞網、経済日報
参考レート
- 1台湾ドル(TWD)=4.92円(2025年10月6日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
関連情報
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:掲載年月からさがす > 2025年 > 10月
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > 台湾の記事一覧
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:カテゴリー別にさがす > 労働法・働くルール、雇用・失業問題
- 海外労働情報 > 国別基礎情報 > その他の国 > 台湾
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > 台湾
- 海外労働情報 > 海外リンク:国別にさがす > 台湾