生成AIがメディア文化産業に及ぼす影響
 ―ILO研究ブリーフ

カテゴリ−:雇用・失業問題

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  • 国別労働トピック:2025年6月

ILO(国際労働機関)は2025年2月、研究ブリーフ「生成AIとメディア文化産業」を発表した。このレポートでは、生成AIがメディア文化産業に与える影響について分析しており、その影響は職業によって大きく異なることが明らかにされている。身体を使う職業に対する影響は比較的小さい一方で、ライターや翻訳者などの職業は大きな影響を受けると指摘されている。ILOは、AIを公正かつ倫理的に活用するためには、「公正な報酬(Fair Compensation)、「契約時の説明と同意(Informed Consent)」、「クリエイターによる使用範囲の管理(Control over Use)」という“3C原則”に基づいた保護の枠組みが必要であると提言している。以下で概要を紹介する。

メディア文化関連職は世界の雇用の0.96%

メディア文化産業とは、アートやエンターテインメント、出版、映像、音楽、放送、さらには図書館や博物館などの分野を含む広範な産業を指す。本レポートでは、これらの産業に関連する職業を、国際標準職業分類(ISCO-08)に基づいて選定している(図表1)。

図表1:国際標準職業分類(ISCO-08)におけるメディア文化関連職(細分類)
コード 和訳
2166 グラフィック・マルチメディアデザイナー
2431 広告・市場調査の専門職
2432 広報活動の専門職
2513 ウェブ・マルチメディア開発者
2641 作家、ライター
2642 ジャーナリスト
2643 翻訳者、通訳者、その他の言語学者
2651 ビジュアルアーティスト
2652 ミュージシャン、シンガー、作曲者
2653 ダンサー、振付師
2654 映画・舞台等の監督、プロデューサー
2655 俳優
2656 テレビ・ラジオ・その他メディアのアナウンサー
2659 他に分類されない創作芸術家、音楽家、舞台芸術家
3431 写真家
3433 ギャラリー・博物館・図書館の技術職
3435 他に分類されない芸術・文化分野の准専門職
3521 放送技師、視聴覚機器技師
3522 電気通信工学技師
4411 図書館事務員

出所:ILO(2025)をもとに作成

メディア文化関連職の総雇用数は3270万件で、これは世界全体の総雇用数の0.96%を占める。これらの職種における雇用数は国の所得水準によって大きく異なり、高所得国では総雇用数の1.76%に相当する1070万件が該当するのに対し、低所得国ではわずか0.17%、40万件にとどまっている(図表2)。

図表2:総雇用数に占めるメディア関連職の雇用数の割合 (単位:%)
画像:図表2
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注:()内は雇用数。

出所:ILO(2025)

AIによる自動化の影響は職業によってさまざま

本レポートでは、メディア文化産業に関連する各職業について、AIによる自動化の影響を分析している。分析は、国際標準職業分類(ISCO-08)で職業ごとに定義されている各タスクについて、それぞれがAIによって自動化される可能性を評価する方法で行われた(注1)。各タスクの自動化の可能性は0~1のスコアで示され、スコアが0.5~0.75の場合は「中程度の影響」、0.75以上の場合は「強い影響」を受けると判断される。

分析の結果、AIによる影響の度合いは職業ごとに大きく異なることが明らかとなった。図表3では、職業ごとのタスクスコアの分布が示されており、図表4では、ISCO-08に基づくすべての職業のスコアの平均と分散がプロットされている。

図表3:国際標準職業分類(ISCO-08)にもとづくタスクレベルのスコア
画像:図表3
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出所:ILO(2025)

図表4:メディア関連職のAIによる自動化の可能性
画像:図表4
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出所:ILO(2025)

AIによる自動化の影響が最も小さい職業は、ダンサー・振付師、パフォーミングアーティストなどである。これらの職業は身体的な要素を中心とするタスクが多く、ほとんどの業務においてAIの影響を受けにくいとされている。

一方で、中程度の影響を受けるとされるのは、放送技師、視聴覚機器技師やグラフィック・マルチメディアデザイナーなどである。これらの職業では、一部のタスクにおいて自動化スコアが0.5を上回るものの、多くの業務はAIの強い影響を受けない。ILOは、こうした職業では、AIが業務の一部を代替することで、生産性を高めるなどの形で職業を補完する可能性があると指摘している。

最も強い影響を受けるのは、作家やライター、翻訳・通訳・言語研究家、メディアアナウンサー、ジャーナリストなどである。これらの職業では多くのタスクでスコアは0.5以上となっておりAIによる自動化の可能性が高いと評価されている。

ただし、ILOは、これらのスコアはあくまでも理論的な見通しに基づくものであり、実際には導入コストや技術的な制約といった現実的な要因により、影響の程度はより限定的となる可能性があると補足している。

「3C」に基づく保護の枠組みが必要

ILOは、AIの普及が一部の職業において人間の雇用需要の減少をもたらす一方で、AIの管理やデジタルリテラシーに関連する新たな分野では需要が高まると予測している。

こうした変化に対応するため、ILOは労働者保護の枠組みとして「3C」の原則に基づく政策と規制の整備を提唱している。この「3C」とは、生成AIを公正かつ倫理的に活用するための基本原則であり、「Fair Compensation(公正な報酬)」、「Informed Consent(契約時の説明と同意)」、 「Control over Use (クリエイターによる使用範囲を管理)」を指す。

 さらにILOは、新たに生まれる需要に対応するための能力開発(リスキリング)とともに、既存の雇用や労働条件への悪影響を最小減に抑えるための取り組みが必要であると指摘している。政府、使用者団体、労働組合、その他のステークホルダーが協力して、人間中心のAIガバナンスを構築していくことが求められているとしている。

参考資料

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