最低賃金、2025年1月に月額208ドルへ2%引き上げ
衣料・履物製造業の工場労働者を対象とする2025年1月の最低賃金の引き上げ額がこのほど決定した。2024年1月の引き上げ額と同じ4米ドル(以下、ドルは全て米ドル)(注1)で、現行の月額204ドルから208ドルへ引き上げられる(注2)。引き上げ額は2024年1月と同じ額だが、労使双方が高く評価している。引き上げ額の決定を受け、労働職業訓練省は10月9日、今回の引き上げについて、カンボジアとそれを取り巻く世界の経済情勢に対する戦略的対応として最適であると評価する声明を公表した(注3)。
約1カ月の三者協議を経て決定
2025年1月の最低賃金の改定を協議する全国最低賃金諮問委員会(NCMW)は8月14日に開始された(注4)。具体的な引き上げ額の提案が行われた8月29日の2回目の協議では、労使の見解に大きな隔たりがあった。労働組合側が218ドル(14ドルの引き上げ)を求め、雇用主側は205ドル(1ドルの引き上げ)を提案した(注5)。
4回目の9月12日の委員会では、雇用主側は2ドルの引き上げを提案、労働組合側は最大10ドルの引き上げを求めた。雇用主側は国際競争力維持の観点から、バングラデシュの最低賃金が110ドル相当、ベトナムの最低賃金が206ドル相当である現状を踏まえ、206ドル(2ドルの引き上げ)案が妥当であると主張した(注6)。それに対して、労働者側を代表する複数の労組はそれぞれ6ドル(210ドル)、7ドル(211ドル)、または10ドル(214ドル)の引き上げを求めた(注7)。
9月19日に開催された6回目の協議において提案された引き上げ額は、雇用主側の206ドルに対して、労働組合側は208ドルと214ドルで、計3つの提案額となった。話し合いによる決定には至らず、最低賃金法第12条に従って委員による投票が行われた(注8)。その結果、2ドルの増額となる206ドルに51票中46票が投じられ、委員会としての引き上げ額は2ドルに決定した。委員長を務めるヘン・スール労働職業訓練大臣は、フン・マネット首相が2ドルを上乗せすることを発表し、最終的に208ドルに決まった(注9)。
ヘン・スール労働職業訓練大臣は、この最低賃金とは別に労働者に支払われる通勤手当・住居手当として(月額7ドル、月14日以上勤務の場合)、皆勤手当(月額10ドル)、食事手当(1日2,000リエル)(注10)、勤続年数2年目から11年目の労働者に支給される勤続手当(月額2ドルから11ドル)などの諸手当は変更されないことも確認した(注11)。
政労使の評価
この結果を受けて参加する政労使それぞれの代表が、満足いく結果だという声明を発表した。まず、ヘン・スール労働職業訓練大臣は、労働組合側は決定額よりも高い引き上げを望んでいたものの、最終的にわずかな引き上げとなったが、近隣諸国が数年間据え置いている中、カンボジアは毎年確実に引き上げを実施しているので、経済状況と企業の競争力を踏まえて労組側も決定額を受け入れてくれたと理解していると述べた(注12)。その上で、労働者にとって雇用を維持し、雇用主にとって企業の生産性を維持できる水準になったと評価している(注13)。
次に労組側の代表で副委員長の進歩民主労働組合労働者連盟(TUWFPD:Trade Union Workers Federation of Process Democracy)のキム・チャンサムナン会長は、「労働者代表として、我々はこの結果を好意的に受け止め、賃金の引き上げに満足している」と述べた。その上で、最賃引き上げ幅は大幅なものではなく、物価水準に見合うものであるため、不動産所有者や小売店主に対し、この最賃引き上げを受けて、賃貸物件の賃料や生活必需品の価格を引き上げることがないよう求めた(注14)。なお、個々の労働者にとっても、物価上昇は気がかりのようで、現地報道によると、プノンペンのルセイ・ケオ地区の縫製労働者のシン・ソヴァンさん(38歳)は、新たな最賃額は受け入れるが、物価を引き上げないよう強く訴えると述べた(注15)。
さらに、使用者側の主要代表であるカンボジア経営者ビジネス協会連盟(Cambodian Federation of Employers and Business Associations (CAMFEBA))のナン・ソティ副会長は、「小幅な引き上げになったので、企業経営者にとって生産性に悪影響を与えることはないだろう」と述べた。
雇用の安定と企業の生産性維持を重視
労働職業訓練省によると、近隣諸国の最賃水準は、ラオス、ミャンマー、スリランカが100ドル未満である一方、バングラデシュとパキスタンは120ドル未満、ベトナムとインドは140ドルから204ドルの間にあるとしている(注16)。
カンボジア王立アカデミー中国研究所(Institute of China Studies at the Royal Academy of Cambodia)、のキ・セレイヴァス所長は、今回の最賃引き上げ水準は近隣諸国と比較した上で、経済情勢を踏まえて合理的であると強調した。カンボジア政府は、労働者の雇用の安定と可処分所得の維持とともに、企業の持続可能な生産性維持のバランスをとることに重点を置いていると分析している(注17)。
首相の上乗せ額は年々少額に
労働職業訓練省の広報担当者によると、衣料品、繊維、履物、旅行用品産業はカンボジア最大の外貨獲得産業で、約1,300の工場や事業所で約84万人の労働者を雇用しており、そのほとんどが女性である(注18)。最低賃金制度が創設された1997年の国内の工場数は64カ所(雇用労働者8万人)だったが、2024年には、工場や事業所の総数は4万4,000カ所以上に増加している。
最賃制度創設当初は、3年から7年に1回の引き上げだったが、2013年からは毎年引き上げられるようになった(図表1参照)。2015年にかけて毎年30%前後の急激な引き上げとなったが、2016年の委員会で「客観的基準(注19)」が採用されて以降、引き上げ幅が安定し10%前後の引き上げがコロナ禍前まで続いた。
委員会による改定額に、首相が上乗せする政治的な判断は、2015年の改定から恒例となっている。2018年には委員会の12ドル引き上げ案に対して首相が5ドル上乗せ、19年には委員会の7ドル引き上げ案に対して5ドル上乗せ、20年には5ドル引き上げ案に対して、3ドル上乗せした。コロナ禍の2021年、2022年は、委員会が据え置き案を提出したのに対して、首相の判断で2ドル引き上げられた。このように委員会の決定額に首相が上乗せする慣行が続いているが、上乗せ額は年々抑制される傾向が見られる。
図表1:最賃額と引上げ割合の推移(1997年~2025年)
出所:政府発表資料等より作成。
物価上昇と最賃引き上げ
2013年以降の物価上昇率と最賃引き上げ率の推移を示したのが図表2である。既述のとおり2013年から2015年まで最賃は大幅に引き上げられたが、2016年より委員会において「客観的基準」に基づく審議が始まり、引き上げ幅が抑制された。コロナ禍には、委員会で据え置きの判断がされたため、一層、引き上げ幅が小さくなった。それに対して、物価上昇率はコロナ禍前には、高くても3%台で推移していたが、2021年以降上昇し、前年同月比で8%上昇に迫る月もあった。2025年の最賃引き上げ率は2%になったが、今後の物価上昇率について、国際機関(アジア開発銀行(ADB)、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、AMRO(ASEAN+3 マクロ経済リサーチオフィス))による2024年の予測の平均値は1.7%、2025年は2.0%であり、最賃引き上げ率とほぼ同じ上昇率となっている(注20)。
図表2:物価上昇率と最賃引上げ率の推移(%)(2013年~2025年)
出所:国家統計庁ウェブサイト(Consumer Price Index, Phnom Pen)および労働職業訓練省等政府発表資料を参照して作成。
注:物価上昇率の数値は国家統計庁から毎月発表される前年同月比の値の平均値。2023年と2024年については、アジア開発銀行、世銀、IMF、AMROの予測の平均値。
注
- カンボジアで流通する通貨は米ドルが多くを占めており、2022年時点で83%が外貨建て(主にドル建て)で現地通貨リエルの役割は小さい。給与の支払いを含め、国内取引の多くはドル建てで行われている(日本貿易振興機構ウェブサイト(カンボジア、為替管理制度、為替相場管理、管理フロート制)
参照)。(本文へ)
- Minimum wage for workers raised by $4 for next year
, Sen David, Khmer Times, September 20, 2024.(本文へ)
- Minimum wage increase, a strategic response to economic climate in Kingdom
, Mom Kunthea, Khmer Times, October 11, 2024.(本文へ)
- 2025 garment sector minimum wage negotiations begin today, no figures yet
, Phnom Penh Post, Niem Chheng, 14 August 2024.(本文へ)
- Workers seek $14 minimum wage increase for 2025, employers offer $1
, Phnom Penh Post, 29 August 2024.(本文へ)
- Still no common ground in minimum wage talks
, Sen David, Khmer Times, September 13, 2024.(本文へ)
- Employers propose $2 increase to minimum wage, workers seek up to $10
, Phnom Penh Post, 12 September 2024.(本文へ)
- Factory workers set to receive $4 raise for 2025
, Phnom Penh Post, 19 September 2024.(本文へ)
- 2025年の繊維、衣服、履物、旅行用品および鞄を製造する企業の労働者の最低賃金の決定に関する省令
(Prakas No.211/24)。(本文へ)
- 基本的には中央銀行NBCが、現地通貨リエルの対米ドルレートを安定的にするように管理している。公表されているわけではないが、ターゲットは4,000~4,200リエル/米ドルとされ、2021年の平均値は4,099リエル/米ドル、2022年の平均値は4,102リエル/米ドルである(前掲注1参照)。(本文へ)
- 前掲注8参照。(本文へ)
- 前掲注2参照。(本文へ)
- 前掲注3参照。(本文へ)
- 前掲注2参照。(本文へ)
- 前掲注2参照。(本文へ)
- 前掲注3参照。(本文へ)
- 前掲注3参照。(本文へ)
- 前掲注2参照。(本文へ)
- 客観的基準とは、インフレ率、生計費、家族の状況という社会的基準とともに、生産性、競争力の確保、労働市場の状況、各産業部門の利益率という経済的基準の7つの要素からなっている(Minimum Wage Setting in Cambodia, 2016, jointly prepared by Ministry of Labour and Vocational Training, International Labour Organization)。(本文へ)
- AMRO’s 2024 Annual Consultation Report on Cambodia
, International Monetary Fund, Cambodia, Country Data
, World Bank, Cambodia Economic Update, November 2023, p2 (PDF:6.28MB)
and Asian Development Outlook (ADO) April 2024: Cambodia, p185 (PDF:483.49KB)
.(本文へ)
(ウェブサイト最終閲覧日:2024年10月17日)
参考レート
- 1米ドル(USD)=149.44円(2024年10月21日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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