公共部門等のストライキの動向
―鉄道、医療部門などで紛争が長期化
急激な物価上昇に伴う実質賃金の減少から、2022年以降、広範な業種で賃上げなどを求める労働争議が生じ、鉄道や医療などの公共部門等でのストライキが国民生活に広く影響を及ぼす状況が断続的に続いている。
公共部門や公益事業で労使紛争が長期化
エネルギーや食品の急激な価格上昇による生活費の高騰を背景に、2022年には多様な業種において賃上げを求める労働争議が生じた。民間部門では、コロナ後の人手不足も手伝って、賃金の上昇が見られたが、公共部門では、政府が一部の部門について示した賃金改定案(5%前後)(注1)が物価上昇率を下回ったことに加え、金融危機以降の歳出削減策などで長期にわたり賃金抑制が課されていた(注2)(図表1)こともあり、実質賃金のさらなる低下につながるとして労働側が強く反発していた。
図表1:賃金上昇率の推移(対前年同月比、%)
注:公共部門の2023年7月前後の賃金上昇は、医療部門における2022年度改定分の一時金支給の影響と見られる。
出所:Office for National Statistics ‘Labour market overview, UK: February 2024’、’Average weekly earnings in Great Britain: October 2023’
鉄道業や郵便業、通信業、教育業の一部などでは、2022年半ば頃からストライキ等が開始され、さらに同年末以降は、医療や教育、官庁や公的組織などにもこの動きが広がった。月当たりの労働損失日数は、2022年後半から急速に増加して12月には83万日に達し(注3)、以降は減少傾向にはあるものの、中心となる部門や規模が時々で変化しつつ、争議が続く状況にある(図表2)。
これに対して、政府や使用者側は、予算の逼迫や賃上げによる一層の物価上昇の可能性などを理由に交渉に消極的な姿勢を示し、多くの業種で膠着状態が続く結果となった。
図表2:業種別月当たり労働損失日数(千日)
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注:2022年6月~2023年11月の数値は改定値、2023年12月は速報値。
出所:同上
ストライキの影響に関する統計局のレポート(注4)は、2022年10月から12月におけるサービス部門のGDP成長率(対前月)への寄与を分析しており、これによればストライキによる損失日数がピークとなった2022年12月における実質GDP成長率はマイナス0.5%ポイントで、サービス部門におけるマイナス成長(マイナス0.61%ポイント)が要因となった。中でも影響が大きかった保健・福祉業(マイナス0.25%ポイント)(図表3)では、家庭医の診療や手術の減少の寄与が大きく、統計局はこの一部について鉄道ストによる影響を推測している(注5)。またこれより規模は小さいものの、運輸倉庫業でもマイナスの寄与(マイナス0.11%ポイント)が見られる。
図表3:サービス部門のGDP成長率への寄与(22年10月~12月、前月比、%)
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出所:Office for National Statistics ‘The impact of strikes in the UK: June 2022 to February 2023’
鉄道部門の争議、5人に1人に影響
2022年に多発した争議の中でも象徴的な業種は、2022年6月に始まった鉄道業におけるストライキだ(注6)。鉄道網を管理する国有企業Network Railや、鉄道運営会社(14事業者)、ロンドンの地上・地下鉄道などの労働者を組織する労組RMT(National Union of Rail, Maritime and Transport Workers)は、物価上昇の影響を考慮した7%の賃上げのほか、Network Railによる数千人の人員整理計画や保全事業における削減策の撤回など(注7)を要求、経営側の提示した人員整理を条件とする3%の賃上げ案等を拒否し、組合員の賛同(4万人の組合員の71%が投票、83%が実施に賛同)を得てスト実施に踏み切った。加えて、主に鉄道運営会社やロンドン地下鉄の鉄道運転士など約2万人を組織するASLEF(Associated Society of Locomotive Engineers and Firemen)、管理職やコントロールセンターの労働者、エンジニアなどを組織するTSSA(Transport Salaried Staffs' Association)も相次いでストライキの実施を決定、各労組による断続的なストライキにより、鉄道の運行が度々停止・減便する状況が続いた。RMTは、政府の鉄道会社に対する40億ポンドの補助金削減を紛争の根本要因として指摘、追加的な補助がなければ解決は困難との見方を示していた。これに対して、政府は経済的な損失や国民生活への影響を理由に一貫してストライキを非難、労組の対話の求めに応じない一方で、運輸業のストライキ中に最低水準のサービス維持を労使に義務付ける法案(注8)を議会に提出するなど、対立姿勢を強めた。
膠着状態は2023年の年明け以降も続いたものの、Network Railでは3月までに、RMTなど主要組合が改定案(2022~23年の2年間で約9%(低賃金層では14%)の賃上げ、人員整理の実施延期など)(注9)に合意、また鉄道運営会社でも11月末に基本的な合意(注10)に達している。一方、運転士労組ASLEFは、引き続き鉄道運営会社との間で紛争を継続しており、またロンドン地下鉄でも、賃上げや人員削減をめぐってASLEFやRMTによる争議などが続いている。
なお、上記の統計局のレポートは、2022年12月から2023年1月初旬のストライキにより、5人に1人(18-19%)が通勤や旅行等の移動予定に何らかの影響を受けたとの調査結果を報告、ただし、これにより就業できなかったとの回答は10人に1人未満(7%)にとどまったとして、新型コロナを経て普及した在宅就業の影響を指摘している。また、ストライキの時期には鉄道利用が減少する一方で、バスやタクシーの利用が増加しており、代替的なルートによって影響が緩和された可能性があるとしている(注11)。
看護師労組、初のストライキ
また医療分野では、公的医療サービス(NHS)の看護師や救急隊員によるストライキが2022年12月中旬から開始された。政府による2022年度の賃上げ案(一律年1400ポンド(注12)、平均4.75%相当)が物価上昇率を下回っており、実質賃金の低下となることに加え、離職者の増加に伴う人手不足の悪化などから、労働条件やサービスの劣化が生じていることへの不満が大きな理由とされる(注13)。国内の看護師およそ28万人を組織する労組で、職能団体でもあるRCN(Royal College of Nurses)が、設立から100年余りで初となるストライキの実施に踏み切ったほか、同じく看護師や救急隊員などを組織する労組(GMB、Unison、Unite)も、ストライキの実施を決めた。RCNは、2022年度の賃上げ率として物価上昇率プラス5%を求めていたが(小売物価指数の12.6%に言及、実質的な要求内容は17.6%)(注14)、政府は適正でもなければ賄える額でもないとしてこれを一蹴していた(注15)。
ストライキは、12月中の2日間に続いて、1月、2月にも各2日間、順次対象病院数を拡大して実施された(注16)。統計局のデータによれば、この間の保健福祉分野のスト参加者数(救急隊員等を含む)は、2~3万人とされる。政府は3月、2022年について追加の一時金(1655~3789ポンド)の支給と、2023年の5%の賃上げを提示(注17)し、NHSのスタッフ職(看護師、助産師、救急隊員、その他サービス職員)の労使による協議組織(NHS Staff Council)に参加する労組の大半が政府案に合意した(注18)。RCNについては、組合員の過半数が投票によりこれを拒否、執行部は争議継続のため改めてスト実施に関する投票を行ったものの、投票率が法定の5割に達せず、結果として政府の改定案が適用されることとなった。しかし、ほどなく7月に、政府は他の部門(警察、教員、医師など)の2023年度の賃上げについて6~7%とする方針を発表(注19)、RCNはこれに反発し、2024年にも再び争議を行う構えを見せている。
一方、看護師に遅れて2023年3月からストライキを開始した研修医(junior doctor)(注20)も、この賃上げ案(注21)に合意しておらず、紛争は1年近く解決を見ていない。医師の労組にあたる職能団体BMA(British Medical Association)は、2008年から2021年までの間の研修医の実質賃金の減少は26%に及んでいるとの試算を示し(注22)、直近の物価高騰を加味した実質賃金の回復には、35%の賃上げが必要であるとしている(注23)。さらに、専門医(consultant、specialty and specialist doctor)も同様に政府案を拒否、同年7月以降散発的にストライキを実施しており、紛争は年明け以降も続いている。
なお、医療系シンクタンクKing’s Fundによれば、NHSイングランドは2023年4月以降2024年1月までのストライキによって生じたコストについて15億ポンドと推計、この間130万件超の診療(ほとんどが外来患者向け)に延期等が生じたとしている(注24)。先の統計局のレポートでは、看護師ストの時期 (2022年12月から2023年2月)におけるストライキの診療活動への影響について、およそ15万件と報告しており、医師によるストライキの影響の大きさが窺える。
注
- 公共部門のうち、医療、教育、警察などでは、分野ごとに設置された給与審議会(pay review body)が、各種のエビデンスに基づいて毎年の賃上げ案を提言し、政府がこれを受けて賃上げ率を決定する形を取る。政府は2022年度の賃上げ率について、各審議会の案を受けて概ね5%(部門、職位等で率や支払いの手法に幅がある)と決定。(House of Commons Library "Public Sector Pay")(本文へ)
- 2011年から2年間の賃上げ凍結に続き、2013~2017年については年1%の抑制策を実施。さらに2021年にも、看護師を含む職員層(賃上げ率3%)と年2万4000ポンド以下の低給与層(年250ポンド~の基本給への加算)以外について賃上げを凍結(House of Commons Library(同上))。(本文へ)
- 2011年11月以来の水準。同月には、年金制度改革に反対する公共部門労働者を中心とした大規模なストライキが発生、労働損失日数は99万7000日となった。(本文へ)
- Office for National Statistics “The impact of strikes in the UK: June 2022 to February 2023” (8 March 2023)(本文へ)
- 教育業(マイナス0.17%ポイント)、芸術・娯楽・レクリエーション業(マイナス0.12%ポイント)については、クリスマスなど、ストライキ以外の影響を推測している。(本文へ)
- 鉄道や、後述の医療、あるいは教育などの部門では、国内の各地域(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)ごとに労使交渉が行われるが、以下では主としてイングランドにおける動向を扱う。(本文へ)
- このほか、年金(拠出増、支給年齢引き上げ、支給額減)、条件解約告知による労働条件の切り下げなども争点となったとみられる(RMT ‘RMT Statement’(18 June 2022))。(本文へ)
- 2022年10月に提出されたTransport Strikes (Minimum Service Levels) Bill。ほどなく、より多くの業種を対象とする法案(Strikes (Minimum Service Levels) Bill 2023)が別途、2023年1月に議会に提出され(2023年7月に成立)、これに置き換えられたと見られる。(本文へ)
- The Guardian ‘Rail strikes: RMT votes to accept Network Rail pay offer’ (20 Mar 2023)(本文へ)
- 鉄道運営会社グループとRMTの主な合意内容は、2022年について5%の賃上げ(一時金分も加算)、2023年については協議により決定、また人員整理は2024年末まで実施延期、など(Rail Delivery Group ’RMT Memorandum of Understanding’)。なお、TSSAは既に2023年2月、Network Railと同様の内容(2年間で9%)で合意していた(TSSA ‘TSSA accepts offers to end national rail dispute’ (24 February 2023))。(本文へ)
- このほか、全てのストライキ日について、駅近辺のサンドイッチチェーンの売上げ減少が確認されたとしている。(本文へ)
- UK Parliament ‘DHSC Update- Statement made on 19 July 2022’。平均4.75%相当とされる。(本文へ)
- RCN ‘NHS pay deal for England: RCN to ballot members on industrial action' (19 July 2022)
なお、NHSの事業者団体NHS ConfederationとNHS Providersは、看護師のストライキに合わせて声明を公表、NHSは13万人超の人員不足や700万人超の手術待機者に直面して、救急をはじめサービス全般が極度に圧迫された状況にあり、スタッフはもはや必要なサービスを提供できないと感じていると述べ、労組による賃金に留まらない労働条件改善の要求に共感を示している。(NHS Confederation ‘Letter to Prime Minister on industrial action in the NHS: joint letter from the NHS Confederation and NHS Providers’ (20 December 2022))(本文へ) - RCN ‘NHS pay: RCN demands pay rise of 5% above inflation and asks members to do one crucial thing to help make the case’ (7 Mar 2022)(本文へ)
- Gov.uk ‘Steve Barclay: nurses going on strike is in nobody’s best interest’ (12 November 2022)(本文へ)
- 2022年12月が3万500人、翌年1月が2万3500人、2月が2万1600人。(本文へ)
- NHS Employers ‘Government and Agenda for Change trade unions ‘offer in principle’’ (16 March 2023)(本文へ)
- NHS Employers ‘Pay offer accepted by the NHS Staff Council’ (2 May 2023)(本文へ)
- Hansard 'Public Sector Pay' (13 July 2023)(本文へ)
- 日本の専攻医に相当。(本文へ)
- 研修医については、別途1250ポンドの加算により、平均で8.8%が提案されている(Gov.uk 'NHS staff receive pay rise' (13 July 2023))。(本文へ)
- BMA ‘The real terms (RPI) pay detriment experienced by junior doctors in England since 2008/09 (PDF:127.5KB)’ (September 2022)。なお、BMAは18万4000人の医師を組織。(本文へ)
- 研修医の賃金改定は複数年にまたがる協定に基づき、直近の内容は2019~2022年度の4年間で8.2%、2022年度の賃上げ率は、2%に留まるとみられる(NHS Employers ‘Junior doctors' contract: four year pay deal at a glance’)。(本文へ)
- King’s Fund ‘Counting the cost of NHS strikes’ (23 February 2024)(本文へ)
参考資料
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=190.79円(2024年2月28日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
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