エッセンシャルワークの重要性
 ―ILO世界の雇用及び社会の見通し2023別冊

カテゴリ−:雇用・失業問題労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2023年8月

ILOは2023年3月、報告書「世界の雇用と社会の見通し2023エッセンシャルワークの重要性(World Employment and Social Outlook 2023: The value of essential work)」を発表した。

ILOは本報告書で、新型コロナパンデミックによるロックダウン(行動制限時)であっても出勤していたエッセンシャルワーカーのことを「キーワーカー」と定義し、これらの人々の重要性と労働環境の改善に向けた提言を示した。

以下で主な内容を紹介する。

不可欠な業務を行う労働者

キーワーカー(Key workers)とは、生活に不可欠なサービスに従事する労働者を指す(注1)

ILOはキーワーカーを、食料システム(食品の生産・加工・流通・消費に関連する仕事)(food system workers)、医療(health workers)、小売・販売(retail)、保安(警備員、警察官、消防士等)(security workers)、肉体労働(工場や倉庫の労働者を含む)(manual workers)、清掃・衛生(cleaning and sanitation workers)、交通運輸(transport workers)、技術・事務(technicians and clerical workers)の8分野に分類している。

労働力人口におけるキーワーカーの割合は、データ利用可能な90カ国では52%であった。キーワーカーの割合は高所得国で最も低いが、これは経済活動の多様化のためである。

医療従事者は高所得国では約20%を占めるが、低所得国では2%程度にとどまる(図1)。

また、雇用形態は、51%が給与または雇用者、49%が自営業者である。自営業者の割合は、所得が低い国ほど割合が高く、低所得国では87.3%にのぼる。

なお、高所得国では、食料システムや清掃・衛生分野を外国からの移民に大きく依存している。

図1:所得水準別キーワーカーの分布
画像:図1

出所:ILO(2023)

新型コロナパンデミックで健康リスクが上昇

パンデミック期間中、キーワーカーはキーワーカー以外よりも新型コロナウイルスに晒される機会が多く、コロナによる死亡率が高かった(図2)。最も死亡率が高かったのは交通運輸従事者で、感染者との接触が多い医療従事者よりも高い値となった。交通運輸では労働安全衛生(OSH)が他業種と比べて保護されていなかったためである。

ILOは、労働安全衛生、そして労働組合のある職場でフォーマル就業することの重要性を指摘している。コロナによって健康リスクと職務上のストレスが増加した状況下での労働需要とリスクの増加に対して、雇用が保護され、労働組合が組織されている職場で就業している労働者は、そうでない労働者と比較してうまく対応することができていたためである。

これらのキーワーカーが働くキー企業は、コロナ禍開始当初、サプライチェーンの混乱、財務上の不安、緊急時の労働安全衛生ガイドラインの実施などの多くの課題に直面し、特に中小・零細企業は深刻な状況に陥っていた。

図2:アメリカにおけるCOVID-19による総死亡率(2020年) (単位:%)
画像:図2

出所:ILO(2023)

過小評価されている労働環境

ILOは、キーワーカーの多くが不当に低い評価を受けており、それが不十分な労働条件に現れていると指摘する。

キーワーカーはパンデミック以前から身体的・心理的な危険に晒されることが多かったが、新型コロナのパンデミックによって健康リスクはさらに高まった。健康リスクは特に交通運輸、保安、清掃分野で高く、これらの分野ではおそらく労働安全衛生の管理が緩く、医療や有給傷病休暇にアクセスできない人が多かったと思われる。

キーワーカーのうち臨時雇用で働く者の割合は30.7%で、他業種の労働者(27.3%)よりも高い。

労働時間は様々で、長時間労働と不規則・短時間労働の課題が併存している。長時間労働は特に交通運輸で慣行となっており、42%近い労働者が週48時間以上働いている。

キーワーカーのうち29%が低賃金(時給の中央値の3分の2以下の賃金)で働いており、平均賃金は他業種の雇用者よりも26%低く、この格差のうち学歴・経験で説明できるのは3分の2にすぎない。

有給の傷病休暇をはじめとする社会的保護の欠如も問題である。低所得国・中所得国では、キーワーカーの約6割が社会的保護の一部を受けられていない。特に発展途上国で自営業として働く者はほぼ完全に社会的保護の適用が除外されている。

職業訓練の機会も不足しており、低・中所得国のキーワーカーのうち過去12カ月間に訓練を受けた者の割合は全体の3%未満、自営業者の場合は1.3%のみであった。

回復力のある社会のためにはエッセンシャルワークへの投資が必要

「キーワーカーのディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現」に向けて、ILOは以下のような目標の達成を提言している。

  • すべての人々のための安全で健康的な職場
  • すべての契約関係に適用される均等待遇原則その他の保護措置
  • 安全で予測可能な労働時間
  • キーワーカー業務の評価を支える賃金政策
  • 団体交渉
  • 法定最低賃金
  • 労働力の回復力向上に向けた社会的保護の拡大
  • キーワーカーの適用力と対応力を鍛える訓練
  • 順守と執行による法の実践

ILOは、これらのキーワーカーが従事する産業の物理的・社会的インフラへの投資が、労働条件の改善と事業継続の強化につながり、さらには危機に対する回復力のある経済・社会の基盤となると指摘し、特に医療・介護、食料システム、民間企業への投資の必要性を指摘している。

ILOの推算によれば医療に関する国連の持続可能な開発目標(SDGs)達成のために支出を増やせば、1億7,300万人の雇用創出になる。

また、食料システムの回復力を高めるための対策として、農林水産業従事者への最低価格の保証や加工・貯蔵、輸送などの食料サプライチェーン全体の労働者に向けた支援への投資の重要性を挙げている。

さらに、大部分のキーワーカーは民間部門で働いていることから、人材、財務が限られている中小企業をはじめとする民間企業が、政府支援等を受けて危機下での対応力とリソースを持てるようにすることがキーワーカーのディーセント・ワーク実現につながると述べている。

その上でILOは、キーワーカー産業への投資を増加させるべきであり、そのためには政労使三者の社会対話が不可欠と述べている。

参考資料

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