「自動化技術の労働への影響」に関する情報提供を呼びかけ
 ―ホワイトハウス

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  • 国別労働トピック:2023年5月

ホワイトハウスの科学技術政策局(OSTP)は5月3日、労働者の監視や評価に使用するAIなどの自動化システムの使用に関する情報の提供を国民や組織に求めた。自動化テクノロジーが職場の安全やメンタルヘルスへの悪影響、団結権の侵害、採用や処遇上の差別といった問題をもたらす可能性を指摘。それらの具体的な情報を収集することで、今後の政策策定に役立てる。OSTPは2022年10月4日に「AI(人工知能)権利章典の青写真」を発表し、自動化されたシステムの設計、使用、展開にあたっての5つの原則を示すなど、AI普及に伴う課題に対応するための政府方針の策定を進めている。労使団体も関連する意見書などを公表している。

労働分野へのリスク

OSTPは5月3日、労働者の監視や評価に使用する自動化システムの使用に関する情報の提供を国民や組織に求めた(注1)。雇用主が自動化のテクノロジーを活用することで、労働者に深刻なリスクをもたらす可能性を指摘。その具体例として、(1)継続的なパフォーマンスの向上の追求が、労働者の安全性やメンタルヘルスに問題を生じさせる、(2)雇用主が監視により労働者の会話を把握し、団結権、団体交渉権の行使を阻害する、(3)給与決定、懲戒、昇進などで労働者が異なる処遇を受けたり、差別されたりする、といった危険性をあげている。

国民からこれらの関連情報の提供を受けることで、新たなテクノロジーの下で、公正かつ公平な職場の形成、平等の確保を推進するための政策の形成に役立てたいとしている。

AI時代の5つの原則

OSTPは2022年10月4日に発表した「AI権利章典の青写真(Blueprint for an AI Bill of Rights)」(注2)で、AI時代に米国民を保護するために、自動化されたシステムの設計、使用、展開にあたっての5つの原則(①安全で効果的なシステム、②アルゴニズム(プログラミングされた計算手順)による差別からの保護、③データ・プライバシー、④通知と説明、⑤人による代替、配慮、フォールバック(機能を限定した予備的運用))を示していた(図表1)。

図表1:「AI権利章典の青写真」における自動化システム設計、使用、展開の5原則
①安全で効果的なシステム(Safe and Effective Systems)
安全で効果的でないシステムから保護されなければならない。自動化システムはその懸念事項やリスク、潜在的な影響を特定するために、さまざまなコミュニティ、利害関係者、各分野の専門家と協議して開発する必要がある。
②アルゴニズムによる差別からの保護(Algorithmic Discrimination Protections)
アルゴリズムによる差別に直面すべきではなく、システムは公平な方法で使用、設計される必要がある。アルゴリズム差別は、自動化システムが人々を人種、肌の色、民族、性別、宗教、年齢等に基づいて不当に異なる扱いをしたり、不利益となる影響を与える場合に生じる。システムの設計者、開発者、導入者はこうした差別から個人とコミュニティを保護し、公平な方法でシステムを使用および設計するために、積極的かつ継続的な対策を講じなければならない。
③データ・プライバシー(Data Privacy)
組み込みの保護機能によって不正なデータの取り扱いから保護されるべきであり、個人はそのデータがどのように使用されるかを決定する権限を持つ。自動化システムの設計者、開発者、導入者は、個人からの許可を得て、適切な方法で可能な限り、データの収集、使用、アクセス、移転、削除に関する個人の決定を尊重しなければならない。
④通知と説明(Notice and Explanation)
自動化システムが使用されていることを理解し、それが自身に与える影響を理解する必要がある。自動化システムの設計者、開発者、導入者はシステム全体の機能と自動化が果たす役割について、一般にアクセス可能な平易な文章で明確に説明しなければならない。
⑤人による代替、配慮、フォールバック(Human Alternatives, Consideration, and Fallback)
必要に応じてオプトアウトできるようにし、発生した問題を迅速に検討して解決する担当者に連絡できる、あるいは、人間による代替手段を選択できるようにする必要がある。システムに障害が発生したり、その影響に異議を申し立てたりしたい場合は、フォールバック(機能を限定した予備的運用)に切り替えるなどして、人間による配慮や救済策にアクセスできるようにしなければならない。

出所:科学技術政策局(OSTP)ウェブサイトより作成

さらにOSTPは5月4日、「米国民の権利と安全を保護し、責任あるAI イノベーションを促進するための新たな行動(New Actions to Promote Responsible AI Innovation that Protects Americans’ Rights and Safety)」と題する政策方針を発表(注3)。企業にはAIを展開、公開する前に、安全であることを確認する基本的な責任があることをあらためて強調した。また、大学と協力して7つの国立研究機関を立ち上げ(総額1億4,000万ドルを資金提供)、AIの研究開発や人材育成を支援することや、政府機関がAIシステムを開発・調達・使用する際のガイドライン案を今夏に策定し、パブリックコメントを求めることなども提起している(注4)

アルゴリズムと雇用差別

上述「5原則」の「②アルゴニズムによる差別からの保護」に関連して、雇用機会均等委員会(EEOC)は2022年5月12日、雇用主によるAIなどの自動化システムの使用が、障害者への差別につながる危険性を指摘する文書を公表している(注5)

それによると、雇用主が採用や評価等の意思決定をAIのアルゴリズムに委ね、障害のある求職者や従業員に「合理的配慮(Reasonable Accommodation)(注6)」を提供しない場合、公正で正確な評価が行われず、障害を持つアメリカ人法(Americans with Disability Act, ADA)に違反する可能性がある。

労使団体の主張

AIの急速な普及と労働分野への影響について、使用者団体や労働組合の関心も強い。米国商工会議所(U. S. Chamber of Commerce)の「競争力、包括性、イノベーションのAI委員会」は2023年3月9日に報告書(注7)をまとめた。今後10〜20年間で、事実上すべての企業や政府機関がAIを使用するようになり、社会、経済、国家安全保障に大きな影響を与えると指摘。政策立案者に対して、新たなデータソースと高度な分析を活用し、AIが米国の労働力に与える潜在的な影響を理解するための措置を講じるよう求めた。

人材育成に関しては、K-12(幼稚園年長から初等中等教育卒業までの無償義務教育の13年間)とその後の高等教育の双方で、AIに関する教育を強化する必要があると強調する。また、公共部門、民間部門とも、将来の労働力の職業訓練やリスキリングに投資する必要性を指摘。投資にあたっては、労働者の職種転換や、リスキリングに対する企業のインセンティブ向上に焦点を当てること、コミュニティカレッジや専門学校を活用して、AIを備えたシステムとともに業務を遂行できる労働者を訓練することなどを提唱している。

教育や職業訓練によっても労働者不足に対処できない地域では、高度なスキルを持つ移民の受入れを奨励。連邦議会に対して、H-1Bビザ(特殊技能職ビザ)の支給プロセスを改革し、「AI人材プール」を増やすための行動をとるよう求めた。

一方、米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)は2023年2月7日、「労働者中心のデジタル商取引アジェンダ(A Worker-Centered Digital Trade Agenda)」と題する意見書(注8)を公表した。自動化されたAIとアルゴリズム管理システムの使用は、労働者の収入を不当に減らし、労働者を危険な職場環境にさらし、労働組合結成の権利を侵害し、雇用差別を助長させる可能性があると主張。テクノロジー企業などの雇用主はこうした技術を用いて、労働者の監督、監視を強め、さらには懲戒を行っていると問題視する。

このため政府に対して、デジタル技術による職場監視、労働者のプライバシー上の脅威に対処する措置を実行するよう求めた。具体的には、雇用主に監視ツールの使用方法や、収集するデータの種類と使用目的といった情報の開示義務を課すことなどを訴えている。

AI支援で採用決定の求人、66%が「応募しないだろう」

調査会社のピュー・リサーチセンターが4月20日に発表した世論調査(約1万1,000人の米国成人を対象に2022年12月実施)の結果(注9)によると、「AIが今後20年間に米国の労働者全体に大きな影響を与える」と62%が考えている。ただし、「個人的に大きな影響を受ける」と考える人は28%と限定的だった。

「AIを使用して採用決定を支援する雇用主の仕事に応募しますか?」との問いに対し「応募するだろう」と答えたのは32%で、「応募しないだろう」が66%と三分の二を占めた(図表2)。「いいえ」と答えた人からは、「コンピューターは求職者の個性を把握できず、同僚とうまくなじめるかどうかを、見極められないのではないか」「AIが採用プロセスに何らかのバイアスをかけているのではないか」と心配する声があがる。一方、「はい」と答えた人は「AIは求職者のスキルを人間よりも徹底的かつ正確に評価するのではないか」という点などを肯定的に受け止めている。なお、AIが採用を最終的に決定することには71%が反対し、賛成は7%にとどまっている(このほか「わからない」が22%)。

図表2:AIを使用して採用決定を支援する仕事に応募するか
画像:図表

出所:ピュー・リサーチセンター

また、労務管理へのAIの使用について、81%が「労働者が不適切な監視を受けることになる」と危惧(「明らかに」52%、「おそらく」29%)。三分の二が「労働者のパフォーマンスに関して収集した情報は悪用されるだろう」と不信感を抱いている(「明らかに」25%、「おそらく」41%)。

参考資料

  • 雇用機会均等委員会、日本貿易振興機構、米国商工会議所、米労働総同盟・産別会議、ピュー・リサーチセンター、ホワイトハウス、各ウェブサイト

参考レート

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