法定最低賃金(SMIC)引き上げ
 ―被用者全体の賃金水準は物価上昇に追いつかず

カテゴリー:労働法・働くルール労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2023年2月

法定最低賃金(SMIC)が2023年1月1日から時給11.27ユーロに引き上げられた(注1)。引き上げに当たって政府に提出された専門家委員会の見解は、経済や雇用への悪影響を避けるため、政府による上乗せはせず引き上げ幅を抑制すべきとするものだったが、今回の引き上げはこれに従った形となっている。その一方で、2月8日に政府によって公表された被用者全体の賃金水準に関する調査結果によると、物価上昇に法定最低賃金は追いつくかたちとなっているが、被用者全体の賃金水準の上昇は物価の高騰に追いついていない。

政府裁量による上乗せは無く、物価上昇分のみの引き上げ

SMICの引き上げ額は、物価上昇が前回の引き上げから2%を超えると物価上昇分を引き上げることになっている。2022年は1月、5月、8月の3回引き上げが行われた。なお、毎年、1月1日の引き上げは、学識経験者等によって構成される専門家委員会から提出される報告書を参考に、政労使の協議を経て決定される。引き上げ基準は、物価と平均賃金の上昇率に基づくが、政府の政治的判断によって上乗せされる場合もある(注2)

同報告書は、コロナ禍の経済情勢を踏まえるとともに、22年中に物価上昇に基づいて自動的な引き上げが2回行なわれたことを踏まえて、政府による上乗せをせずに、引き上げ幅を抑制するようという勧告となった。22年8月の引き上げの際に基準とした6月から11月までの間に、消費者物価が1.8%上昇したため(注3)、2023年1月に従来の時給11.07ユーロから11.27ユーロに引き上げられることになった。月額では1カ月の就労時間がフルタイムの151.67時間の場合には、1,709.28ユーロに引き上げられる。図表1は2001年以降の最賃額と引き上げ率の推移を示したものである(注4)

図表1:最賃額(時給)と引き上げ割合の推移(2007年~2023年)
画像:図表1

出所:政府発表資料より作成。

専門家委員会の見解

専門家委員会の報告書が物価上昇分の引き上げのみに抑制すべきとする根拠は、22年中の3回引き上げによって、定期的に購買力が維持、強化されているためであるが、それに加えて、今回新たに実施した調査結果に基づいて、フランス経済の動向を次のように分析しているためである(注5)。まず、フランス経済は生産性の低迷に伴う交易条件の悪化が進んでいる中、購買力を保護・強化する広範な措置が講じられているにもかかわらず、企業や家計の実質所得の低下が見られる。賃金指標の数値では、購買力の実質的に低下が示されており、そのような中でSMICの引き上げ幅を上乗せすると、購買力の維持を超える引き上げを行うことになり、経済への望ましくない影響があると考えられる。また、SMICを過度に引き上げれば、最も脆弱な労働者の雇用に悪影響を与えて失業が増える可能性がある。さらに、フランス経済は2006 年以降、貿易収支の赤字が続いており、競争力の低下がみられ、構造的に脆弱な状態にあり、その結果として失業率が高水準となっている。以上のような分析に基づき、物価上昇分を超えるSMIC引き上げは低賃金層への効果的な解決策ではないと結論づけた。

労使の反応

労働総同盟(CGT)と労働者の力(FO)は、物価および平均賃金の上昇分だけでなく、政府裁量による上乗せを求めている。

労働総同盟(CGT)は、記録的なインフレに直面している中、今回のSMIC引き上げが非常に低水準で、賃金は依然としてインフレを相殺する水準に達しておらず、社会生活に必要な最低限を満たしていないと指摘している。今回の引き上げで月額(総額)1,709.28ユーロになるが、CGTは2,000ユーロに引き上げることを求めている(注6)

FOは、SMICを実質の平均給与(中央値)の80%にすべきという方針をとっている。現状の手取月額は1,329.05ユーロだが、1,604ユーロまで引き上げるべきだとしている。それには、政府裁量による大幅な引き上げが必要となるため、現行の専門家委員会の勧告に基づいて改定する制度を廃止し、SMICを効果的にタイムリーに改定するためのソーシャル・パートナー(労使)が参加する委員会に改編する必要があると主張している(注7)

その一方で、使用者側のMEDEF(フランス企業運動)は、23年1月のSMIC改定は、フランス経済の動向を踏まえて政府裁量の追加的な引き上げはせずに、労働法制の規則に厳密に即してSMIC額を物価上昇のみの再評価に従うことを強く求めている。ただ、MEDEFはインフレ率2%上昇で自動的にSMICを引き上げる現行制度の妥当性を検討すべきという立場を示している。景気回復の見込みは依然として期待できる状況になく、企業はエネルギーや原材料の上昇など生産コストの上昇に苦しんでおり、これ以上、企業経営を弱体化させないためにも物価上昇を超えてSMICを引き上げることはすべきではなく、むやみに物価に連動すべきではないと主張している(注8)

平均賃金への波及効果

一連のSMIC引き上げが物価上昇に伴う購買力低下を抑制するために実施されているが、最低賃金水準以外の被用者を含めた賃金への効果に関する調査結果が、2月8日に労働省調査・研究・統計推進局(DARES)によって公表された。それによると、ホワイトカラー、ブルカラー、幹部職員、専門職ともに、賃金の上昇は物価上昇を下回っている(注9)(図表2)。

図表2:平均賃金の上昇率(21年3月を基準とする職業分類別の比率)
画像:図表2

出所:Carole Hentzgen, Fanny Labau, Adrien Lagouge, Ismaël Ramajo (Dares).

21年3月を基準として100とした場合、21年3月から22年9月にかけて物価は106.8まで、SMICは108まで上昇したが、一般労働者のホワイトカラーは105.2、ブルカラーは105.0、幹部職員や専門職は103.5への上昇に留まっている。

影響率は14.5%

SMICの改定に伴って賃金が引き上げられる労働者の割合については、通常、1月1日の引き上げ時から約11カ月後に公表されている。2022年1月1日の引き上げ時の影響率が12月12日に公表された。2020年1月1日時点においてSMIC水準で就労していたのは、雇用労働者の14.5%であり、人数では250万人だった(注10)。1987年以降の推移を示したのが図表3である(注11)

図表3:影響率の推移(1987年~2022年)
画像:図表3

出所:Christine PINEL et al (2022)Yves JAUNEAU (2009)などより作成。

これを従業員規模別にみた場合、10人以上の事業所では12.2%だが、10人未満の小規模事業所では24.5%と高くなっている。10人以上の事業所の中でも500人以上の事業所では7.8%となっており、規模が小さいほど最賃引き上げの影響率が大きくなる。雇用形態別では、フルタイムの影響率が11.1%であるのに対して、パートタイムは29.5%と、パートタイム労働者の影響率が大きい。

業種別みるとフルタイムとパートタイムを合わせた全体に関して、製造業では冶金・鉄鋼は4%、化学・医薬品は4%、建築・公共事業は9%と低いのに対して、衣類、皮革、繊維製品は26%と高い。サービス業の中で銀行・金融・保険は2%と低いが、ホテル・レストランは41%、食料品卸小売りは34%、医療・福祉サービスは18%と高い水準である。パートタイムに限定して見てみると、冶金・鉄鋼は7%、化学・医薬品は11%と低いが、衣類、皮革、繊維製品は47%、建築・公共事業は20%と高い。サービス業の中で銀行・金融・保険は4%だが、ホテル・レストランは68%、医療・福祉サービスは23%、食料品卸小売りは43%と高い水準になっている。

(ウェブサイト最終閲覧:2023年2月14日)

参考レート

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