最低賃金の改定

カテゴリー:労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2022年12月

政府は11月、最低賃金額を2023年4月から10.42ポンドに改定する方針を示した。労働市場における需給の逼迫を背景に、賃金水準が急速に上昇したことを受けて、例年を大きく上回る引き上げ幅となった。

賃金水準の急速な上昇を考慮

法定最低賃金制度は現在、成人(23歳以上)向けの「全国生活賃金」と、これを下回る年齢層に対する「全国最低賃金」として、年齢層別に3種(21~22歳、18~20歳、16~17歳)およびアプレンティス(見習い訓練参加者)向けの計5種類の最低賃金額で構成される(図表1)。政府は、全国生活賃金を2024年までに統計上の給与額(中央値)の3分の2相当に引き上げるとの目標を掲げており、諮問機関である低賃金委員会が、これを達成することを前提に毎年の改定額を検討している。

低賃金委員会は2022年4月時点のレポートにおいて、2024年時点の目標額を10.95ポンドと予測し、これに基づいて2023年の全国生活賃金の改定について10.32ポンドとする見通しを示していた。しかし、このところの労働市場における需給の逼迫を背景に、賃金水準が急速に上昇したことを受けて、11月に公表した改定に関するレポートでは目標額の予測を11.08ポンドに修正、改定案も10.42ポンド(92ペンス、9.7%増)に引き上げている。このほか、全国最低賃金の21-22歳向けについて10.18ポンド(1ポンド、10.9%増)(注1)、18-20歳向けを7.49ポンド(66ペンス、9.7%増)、16-17歳及びアプレンティス向けを5.28ポンド(47ペンス、9.7%増)とする案を示し、政府はこれを承認した(注2)。低賃金委員会は、例年にない高い改定率に関して、労働市場は景気減速の兆しがあるものの依然として好調であり、改定の影響は吸収可能とみている。また、来年には経済成長の鈍化が予測されており、2024年の改定は抑制的にならざるを得ないとみられることから、目標額の達成に向けて、今回の改定に重点を置いて改定率を提案したとしている。

図表1:最低賃金額の推移(単位:ポンド)
画像:図表1

注:全国生活賃金は2016年4月、25歳以上向けの新たな最低賃金額として導入された。これに伴い、従来の全国最低賃金(21歳以上)は21-24歳に対象が限定された。その後、全国生活賃金の適用年齢は、2021年4月に25歳から23歳に引き下げられており、低賃金委員会は、2024年にはさらに21歳まで引き下げることを提案している。また、アプレンティス向けの額は、2022年に16-17歳向けと同額に引き上げられた。

コロナ禍を挟んで低賃金層の分布に変化

統計局が10月下旬に公表した、労働者の賃金水準による分布に関するレポート(注3)は、最低賃金額近辺の賃金水準の労働者の比率が年々低下していることを示している(図表2)。特に2020年には、コロナ禍に際して導入された雇用維持スキーム(一時帰休中の労働者の賃金の8割を補償)の影響により、最低賃金額近辺の労働者比率が低下するとともに、その8割前後の額で比率が一時的に上昇している。その後、スキーム対象者の減少につれて、この比率も低下するものの、最低賃金額近辺の労働者比率はコロナ禍以前の水準には戻らず、最低賃金を多少上回る額で比率の上昇がみられる。統計局は、とりわけ2022年について10ポンド周辺の賃金水準で労働者比率が高まっている点に着目、最低賃金が年々上昇する中で、10ポンドが目指されるべき目安の額となってきた可能性があるとしている(注4)。なお2022年には、11ポンド近辺に新たに比率の高まりが生じている点を、併せて指摘している。

図表2:時間当たり賃金額(時間外を除く)による労働者比率(単位:%)
画像:図表2

※表示額の上下20ペンスの労働者比率を平均したもの。

出所:Office for National Statistics "Low and high pay in the UK 2022"

生活賃金、ロンドンで11.95ポンド、ロンドン以外で10.90ポンド

前後して、民間の非営利団体が実施している「生活賃金」(living wage)についても、改定額が9月下旬に公表されている。政府による全国生活賃金とは異なり、最低限の生活水準を維持するために必要な生活費に基づく賃金の下限を算出して、雇用主に支払いを求める運動で、市民団体や教会、労働組合などが参加して設立されたLiving Wage Foundationが推進を担っている。18歳以上の労働者に一律に適用され、年齢等による減額はないが、住居費や物価の格差を考慮し、ロンドンとそれ以外の地域で異なる金額が設定されている。雇用主は自主的に参加して「生活賃金雇用主」としての認証を受けるが、Living Wage Foundationによれば、認証雇用主は現在およそ11000組織で、これまでに30万人以上が生活賃金の適用により賃金が上昇している。

今年の改定額は、ロンドンで時間当たり11.95ポンド(90ペンス、8.1%増)、ロンドン以外で10.90ポンド(1.00ポンド、10.1%増)で、いずれも例年を大幅に上回る改定率となった。算定を担ったシンクタンクResolution Foundation(注5)は、改定率に大きく影響した要因として、エネルギー価格を中心とした顕著な物価上昇を挙げている。一方で、給付制度やエネルギーコストの補助など、政府による世帯向けの金銭的支援策の実施については、逆に改定率を若干引き下げる方向で考慮したとしている。

参考資料

参考レート

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