非対面時代における人的資源管理のパラダイムシフト
―韓国労働研究院(KLI)報告
社会経済状況の変化は、これまでも韓国の人的資源管理の形に様々に影響を及ぼしてきたが、今日の第4次産業革命と新型コロナという大きな変化は、韓国の人的資源管理にこれまで以上に大きなインパクトとを与えるであろう。すなわち、人的資源管理におけるパラダイムシフトの到来として考察する必要がある。このように論ずる報告書が韓国労働研究院(Korea Labor Institute 以下KLIと記す)より公表されている(注1)。その一部を要約して紹介する。
本報告書は専門家300人(注2)を対象にアンケート調査を実施し、得られたデータを基に分析を行っている。アンケート調査は、各質問に対して〈現在〉と〈将来〉の双方において専門家が5点満点で評価する方式を主に採用している。その上で、〈現在〉における評価点と〈将来〉における評価点の違いを分析したうえで、企業の人的資源管理上のパラダイム変化を見ている。
新たなテクノロジーが人的資源管理に影響
企業の人的資源管理に影響を及ぼすと思われる変化要因を20選定し、それぞれについて、専門家が判断する重要度は〈現在〉と〈将来〉でどの程度差異が生じるかを調べた結果、〈現在〉における上位3順位は、「政府の労働関連政策の変化」「情報/コミュニケーション技術の発達」「経済成長の停滞」となった。これに対し、〈将来〉においては、「第4次産業革命の影響」「非対面環境における企業構造と業務方式の変化」「情報/コミュニケーション技術の発達」となった(表1)。
現在 (順位) |
環境変化の要因 | 将来 (順位) |
4.08 (1) |
政府の労働関連政策の変化 | 4.18 (7) |
3.90 (2) |
情報/コミュニケーション技術の発達 | 4.34 (3) |
3.85 (3) |
経済成長の停滞 | 4.15 (10) |
3.83 (4) |
非対面環境における企業構造と業務方式の変化 | 4.35 (2) |
3.79 (5) |
第4次産業革命の影響 | 4.63 (1) |
3.67 (6) |
労働者の価値意識の変化 | 4.23 (5) |
3.66 (7) |
企業の組織構造と業務プロセスの変化 | 4.13 (11) |
3.60 (8) |
労働者の人権保護と安全、協力企業と地域社会の共生と協力に対する要求の増大 | 4.16 (9) |
3.56 (9) |
企業倫理と社会的責任の履行に対する社会的圧力 | 4.18 (8) |
3.55 (10) |
雇用形態の多様性(例:非正規雇用、プラットフォーム労働者等の増加) | 4.22 (6) |
3.49 (11) |
高齢人材の増加による労働力構造の変化 | 4.25 (4) |
3.48 (12) |
労働市場の柔軟化及び労働移動の増加 | 4.13 (11) |
3.44 (13) |
環境マネジメント及び関連法規に対する影響力の増大 | 4.06 (13) |
3.41 (14) |
企業の構造調整と人材削減政策 | 3.74 (16) |
3.40 (15) |
専門経営者の影響力の増加 | 3.66 (17) |
3.38 (16) |
労働組合の形態と活動の変化 | 3.56 (19) |
3.32 (17) |
株主の権利の保護、取締役会、監査機関、情報公開等の支配構造、透明性に対する要求の増大 | 3.89 (15) |
3.21 (18) |
女性人材の増加による労働力構造の変化 | 3.65 (18) |
3.19 (19) |
生態系、自然環境に対する社会的関心 | 3.95 (14) |
2.95 (20) |
外国人労働者の流入の増加 | 3.56 (20) |
- 出所:韓国労働研究院の報告書を基に作成。
現在においては政府の政策や経済状況等と関連した環境変化が、将来においては第4次産業革命や非対面環境等技術的要因による環境変化が大きな影響を与えると評価された。
また、「情報/コミュニケーション技術の発達」「非対面環境における企業構造と業務方式の変化」「第4次産業革命の影響」といった新たなテクノロジーは、〈現在〉と〈将来〉に共通した重要な変化要因ととらえられていることも確認できる。
人的資源管理における目標の変化
企業が定めるべき人的資源管理の目標についてはどうか。21の目標のうち(表2)、〈現在〉と〈将来〉に共通して重要とされたのは、「有能な人材の確保」と「核となる能力の強化及び企業競争力の向上」であった。人材確保と企業競争力の強化の重要性を改めて確認できるものであるが、〈現在〉においては11順位の「働きやすい企業文化、健全な企業文化の向上」が〈将来〉においては4順位と上位に位置している。また「従業員への公正な報酬提供」も〈現在〉においては9順位であるが、〈将来〉においては5順位に上昇している。この結果から、将来、人的資源管理の焦点は、構成員のための働きやすい環境や公正で健全な企業文化に当てられることになるだろうと報告書は分析している。
現在 (順位) |
目標内容 | 将来 (順位) |
4.34 (1) |
有能な人材の確保 | 4.63 (1) |
4.23 (2) |
核となる能力の強化及び企業競争力の向上 | 4.56 (2) |
4.07 (3) |
生産性、品質、顧客満足度の向上 | 4.24 (10) |
3.98 (4) |
経営環境の変化に応じた企業の弾力的対応 | 4.52 (3) |
3.91 (5) |
基幹人材の早期育成と開発 | 4.34 (7) |
3.90 (6) |
勤労意欲の向上及びモチベーションの向上 | 4.35 (6) |
3.89 (7) |
従業員の能力強化 | 4.21 (11) |
3.88 (8) |
企業目標及び事業戦略との連携 | 4.24 (9) |
3.86 (9) |
従業員への公正な報酬の提供 | 4.37 (5) |
3.86 (9) |
法律、規制の遵守 | 4.10 (15) |
3.85 (11) |
働きやすい企業文化、健全な企業文化の向上 | 4.41 (4) |
3.78 (12) |
組織内コミュニケーションの活性化 | 4.32 (8) |
3.77 (13) |
協調的労使関係の構築 | 4.06 (18) |
3.76 (14) |
従業員の満足度の向上 | 4.19 (12) |
3.75 (15) |
コスト効率化の増大 | 3.84 (20) |
3.69 (16) |
安全で快適な作業環境の構築 | 4.18 (14) |
3.68 (17) |
従業員の組織への融和の強化 | 4.05 (19) |
3.66 (18) |
組織内の葛藤の解消と予防 | 4.18 (13) |
3.64 (19) |
企業イメージの向上 | 4.09 (17) |
3.54 (20) |
作業条件の変化に応じた労働力の柔軟性の確保 | 4.10 (16) |
3.40 (21) |
日常の経営活動の効率的支援 | 3.55 (21) |
- 出所:韓国労働研究院の報告書を基に作成。
多くの領域で予測されるパラダイムシフト
次にアンケート調査では、相互に対比できる2つの質問に対する回答から、人的資源管理の視点が将来どのように変化し得るのかを分析している(表3)。
全体的に現在と将来の間で重要度の差が拡大している点に注目し、多くの領域でパラダイムシフトが起こり得ると本報告書は論じている。主として、「人中心」から「職務中心」へ、「年功中心」から「能力・成果重視」へ、「多能型(generalist)」から「専門職型(specialist)」へ、といった人的資源管理の変化である。
基本視点 | 基本視点 | |||
従業員の関心・見解の代表としての役割 | 現在 | 34 | 38 | 経営の戦略的パートナーとしての役割 |
将来 | 13 | 62 | ||
経営陣が要求する組織変化を遂行する役割 | 現在 | 68 | 12 | 変化を創出し、これを管理する変化の先導的役割 |
将来 | 22 | 59 | ||
企業内のイシューを傾聴する内的志向型役割 | 現在 | 60 | 19 | 企業外部の社会的イシューに積極的に対応する外的志向型役割 |
将来 | 29 | 34 | ||
日常的な組織運営と関連した問題点に焦点 | 現在 | 56 | 20 | 事業目標の達成及び事業戦略遂行と関連した問題点に焦点 |
将来 | 17 | 59 | ||
人的資源管理の効率的な管理に総括的な責任を負う役割 | 現在 | 40 | 38 | 現場管理者にHRMに関する助言とアドバイスを与えるスタッフとしての役割 |
将来 | 17 | 59 | ||
年功を中心とする人的資源管理 | 現在 | 53 | 16 | 能力や成果を重視する人的資源管理 |
将来 | 2 | 91 | ||
結果中心の人的資源管理 | 現在 | 64 | 13 | 過程中心の人的資源管理 |
将来 | 17 | 48 | ||
人中心の人的資源管理 | 現在 | 52 | 29 | 職務(仕事)中心の人的資源管理 |
将来 | 29 | 51 | ||
多機能型(generalist)志向の人的資源管理 | 現在 | 53 | 16 | 専門職型(specialist)志向の人的資源管理 |
将来 | 6 | 74 | ||
権威主義に基づく人的資源管理 | 現在 | 62 | 12 | 民主主義に基づく人的資源管理 |
将来 | 2 | 83 | ||
コスト削減に焦点を置いた人的資源管理 | 現在 | 58 | 10 | 人的資源開発を通じて企業価値を高めることに焦点を置いた人的資源管理 |
将来 | 2 | 88 |
- 出所:韓国労働研究院の報告書を基に作成。
- 注:割合(%)は重要と評価された割合を示す。どちらの視点が重要であるかを確認することを目標に集計するため、評価点3点(普通である)は除外している。
新たな課題に直面する人的資源管理
今後、企業が競争を勝ち抜いていくため、人的資源管理において中心となっていくと考えられる課題は何か。31の課題に対する専門家の評価は表4のとおりである。
順位 | 人的資源管理の課題 | 重要度 |
1 | 災害、事故の防止等産業安全のための方針 | 4.22 |
2 | 非対面環境での効率的な業務の遂行及び管理方針 | 4.13 |
3 | 成果管理の強化(常時評価と評価結果のフィードバック) | 4.11 |
4 | 職務の特性が反映された人事管理方針 | 4.10 |
5 | ワークライフバランスのための支援制度と管理方針 | 4.08 |
6 | 在宅勤務と柔軟な勤務制度に関する管理方針 | 4.01 |
7 | 人事情報管理システム等の構築に関連した情報化及び活用 | 4.01 |
8 | 世代間の葛藤に対する管理方針 | 4.00 |
9 | チームまたは単位組織の成果に応じた報酬 | 3.98 |
10 | 年俸制等を通じた成果主義型人事管理 | 3.96 |
11 | 年功の緩和が可能な報酬制度 | 3.95 |
12 | 労働時間短縮のための対策及び労働時間規制のための対策 | 3.94 |
13 | 専門職等能力と適性にあった職群管理制度の活性化 | 3.93 |
14 | 体系的な職務分析及び職務設計方針 | 3.93 |
15 | 人員予測と人員管理の体系化 | 3.91 |
16 | 倫理経営活動関連方針 | 3.91 |
16 | 労使間の協力的な賃金水準の決定慣行の定着 | 3.91 |
18 | 随時採用、中途採用、インターンシップ等採用方法の多様化 | 3.86 |
19 | 新入社員教育と最適な配置 | 3.86 |
20 | ESG(Environment, Social, Governance)関連制度及び方針 | 3.83 |
21 | 高齢人材の管理方針 | 3.83 |
22 | 利潤配分(Profit Sharing) | 3.79 |
23 | 柔軟な作業配置(職務共有、パートタイム勤務等) | 3.72 |
24 | 最高経営者に対する評価と報酬 | 3.72 |
25 | 研究・技術・国際金融等特殊分野の人材育成及びスカウト等を通じた人材需給 | 3.70 |
26 | 従業員と家族に対する健康管理支援(Employee Assistance Program) | 3.68 |
27 | 女性、マイノリティ、障害者に対する均等な機会の提供 | 3.66 |
28 | 選択的福利厚生プログラムの提供 | 3.64 |
29 | 抜擢昇進(fast track)等多様な昇進制度の導入 | 3.63 |
30 | 女性人材の管理方針 | 3.63 |
31 | 職級体系の水平化 | 3.55 |
- 出所:韓国労働研究院の報告書を基に作成。
最も重要であると専門家が評価した課題は「災害、事故の防止等産業安全のための方針」であった。これは昨今韓国で労働災害関連の規制・法律が強化されたこと(注3)によるものと考えられる。続いて「非対面環境での効率的な業務の遂行及び管理対策」が挙がっており、コロナ禍において直面している課題であることが確認できる。また、6順位には「在宅勤務及び柔軟勤務制度関連対策」が挙がっている。その他、「成果管理の強化」「職務の特性が反映された人事管理対策」「ワークライフバランスのための支援制度及び管理対策」等が上位に入っている。
一方でそれらの実行度については、専門家の評価は高くはなく、課題に対する取組みは、依然、十分な状況に至っていないと本調査では分析している。
新たなライフスタイル、価値観へのアプローチに向け、先制的な対応が必要
社会経済環境が変化する中で、韓国の人的資源管理の基盤は伝統的な長期雇用、内部昇進、年功主義、集団主義、温情主義から短期雇用、外部労働市場、個人主義、成果主義へと変化を経験してきたが、今後の変化は、これまでより急激に、そして広範に進行していくと予測される。その変化を予測し、先制的に対応していくことが今後の人的資源管理にとっては鍵となると本調査は強調する。
第4次産業革命、MZ世代(注4)の価値観、ワークライフバランス、環境・社会・ガバナンス(ESG)等との関連が重要視される環境変化において、新たなパラダイムシフトへの対応が必要となると本調査は結論としてまとめている。
注
- 「労働レビュー(노동리뷰)」 2022年3月号 韓国労働研究院(Korea Labor Institute)(本文へ)
- 人的資源管理専攻の副教授(associate professor)以上の学識者63人、従業員数500人以上の企業の人事実務者(部長級以上)及び役員107人、HR分野のコンサルティング機関及び研究機関のキャリア5年以上のコンサルタント、研究員130人。(本文へ)
- 重大な労働災害を防止するための重大災害処罰法が2022年1月27日施行。災害が発生した場合の事業主と経営責任者等に対する処罰、行政罰、損害賠償責任等を規定。
(韓国法制処)
(JETRO)(本文へ)
- 1981年から1990年代前半生まれのミレニアル(M)世代と1990年代後半から2010年の間に生まれたジェネレーションZの総称。インターネットやモバイルが普及した環境で育った世代で、実用主義、現実主義で、公正と正義を重視する価値観を持つ。最新トレンドに敏感で他人とは異なる経験を追究する特徴がある(KBS WORLD 日本語版より)。(本文へ)
参考資料
- 労働レビュー(노동리뷰)2022年3月号「비대면 시대의 인사관리 패러다임 전환」
- 日本貿易振興機構(JETRO)ウェブサイト
- 韓国法制処 国家法令情報センター ウェブサイト
- KBS WORLD(日本語版)ウェブサイト
関連情報
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:掲載年月からさがす > 2022年 > 5月
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > 韓国の記事一覧
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:カテゴリー別にさがす > 労働条件・就業環境、人材育成・職業能力開発
- 海外労働情報 > 国別基礎情報 > 韓国
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > 韓国
- 海外労働情報 > 海外リンク:国別にさがす > 韓国