適正な最低賃金に関するEU指令案

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  • 国別労働トピック:2021年1月

欧州委員会は10月、域内における最低賃金額の適正化をはかる指令案を公表した。各国の最低賃金の水準の低さや、適用対象から除外されている労働者などへの対応を目的に、ディーセントな生活を可能とする最低賃金額の設定や、その根拠となる基準、また労使の参加などを求める内容だ。

労働協約による賃金決定を推奨

最低賃金については、2017年に採択された政策方針「欧州社会権の柱」(Pillar of European Social Rights)が、適正な最低賃金額の設定と、透明かつ予測可能な設定手法の導入を目標に掲げ、各国の慣行に応じて、また労使の自律性を尊重しつつこれを実施することを求めている。2019年に発足した新たな欧州委の体制も、社会権の柱を引き継いでこれを実施することを方針として示しており、指令案(注1)もその一環として作成されたものだ。

欧州委によれば、現在、域内の多くの労働者は適正な最低賃金による保護を受けておらず、法定最低賃金制度を有する多くの国でも、近年上昇傾向にはあるものの依然として低水準で、ディーセントな生活を提供できていない(注2)。また、労働協約の適用率が高く、これにより最低基準を設定している国は、低賃金労働者が少なく、最低賃金の水準も高い傾向にあるものの、それでも平均で10~20%の労働者は保護から漏れているという。

こうしたことから、指令案は、適切な水準の最低賃金の設定と、労働者が労働協約や法定の最低賃金による保護を受け易くするための枠組みの構築を目的に掲げている。ただし、労使の自律性や協約締結の権利を尊重し、また各国で構築された制度や慣行に反して法定制度の導入や協約の全体への適用を求めるものではない、としている。

重視されているのは、労使交渉を通じた賃金決定の促進だ(指令案4条)。労働協約により最低基準を設定している各国では、労使交渉がその適切な水準と適用範囲を直接決定し、また法定最低賃金制度による国でも、最低基準の設定に強い影響を及ぼすことによる。このため、業種別または業種横断的な労使交渉による賃金決定に関する労使の能力の構築と強化とともに、建設的で意義のある、情報に基づいた労使間の賃金交渉を促すよう求めている。また、労働協約の適用率が労働者の70%を下回る加盟国については、労使団体と協議の上、労使交渉の実施に関する環境整備を法的あるいは労使との協定により行うことなど(注3)を求めている。

また、法定最低賃金制度を有する加盟国には、最低賃金額の設定・改定に際して、適切な水準への設定を促す基準が用いられるために必要な措置を講じることが求められる(5条)。基準の設定は、各国の慣行に応じて行うことができる(法定、専門機関による決定あるいは三者合意など)が、安定的かつ明確であることが求められる。基準には、少なくとも以下の要素が含まれる必要がある――a)最賃額の購買力(生活費や税・社会保険料を考慮)、b)税引き前賃金の水準と分配の状況、c)税引き前賃金の上昇率、d)労働生産性の動向。また、税引き前賃金との関連での適正さを評価指標で表すことや、適正さの維持のための定期的な改定、各種の提言を行う専門機関の設置などを求めている。

また、異なるグループ毎に最賃額を設定する場合、その差は最低限に抑え、また差別的でないことや、目的に照らして相応かつ妥当である必要がある。何らかの控除により報酬額が最低賃金を下回る場合も、その控除の必要性や妥当性、相応性が求められる(6条)。

加えて、各国には法定最低賃金額の設定・改訂に際して労使が関与するために必要な措置が求められる(7条)。上述の協議組織への参加などを通じて、a)最賃額の設定・改訂に関する基準や評価指標の選択・適用、b)最賃額の改定、c)グループ別の最賃額の設定や控除に関する事柄、d)最賃額の設定機関に提供するデータ収集や調査研究の実施などへの参加が想定されている。

労働者が法定最低賃金の保護を受けやすくするための施策としては、労使と協力の上、次の施策の実施を求めている(8条)。すなわち、(1)労働基準監督官または最低賃金制度の執行機関による管理、検査の強化、(2)違反事業者の積極的な捕捉に関する執行機関向けのガイダンスの作成、(3)法定最低賃金に関する情報が明確で理解・アクセスしやすい形で一般に提供されるようにすること――である。

指令案はこのほか、公的調達における最低賃金順守の要件化や、各国の最賃による保護状況に関するデータ収集や毎年の報告の義務化、また必要に応じた紛争解決や法的救済の提供などを求めている。加盟各国には、指令成立から2年以内に国内の法制度の整備が求められる。

参考資料

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