「コロナ禍」の職場と訴訟

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  • 国別労働トピック:2020年9月

新型コロナウイルスの感染拡大防止と経済活動再開の両立は米国でも大きな課題になっている。経済活動を段階的に再開していく中で労働者の復職は進むが、職場で感染することへの警戒感は強い。一方、会社側には従業員等から感染対策の不備を理由に、訴訟を起こされることへの懸念もある。

ロックダウン解除と経済活動の再開

米国疾病予防管理センター(CDC)によると、米国の9月2日時点の新型コロナウイルス感染者数は604万7,692人で、死者数は18万4,083人にのぼる。1日あたりの新規感染者数は5月下旬以降おおむね2万人前後で横ばい・漸減傾向にあったが、6月下旬から、感染拡大当初の4月をしのぐ水準へと増加。7月中~下旬には7万人台へと高まったが、9月上旬時点では減少に向かっている(図1)。

図1:米国の新型コロナウイルス新規感染者数の推移
図1:画像

出所:米国疾病予防管理センター(CDC)

人口10万人あたりの感染者数を見ると、州により感染状況のバラツキが見られる。全米1,845人に対し、フロリダ州2,930人、テキサス州2,151人など南部の高さが目立つ。ニューヨーク州は1,804人、カリフォルニア州は1,789人となっている(9月2日時点)。

感染者数が横ばいの傾向になった5月中旬から各州は、ロックダウン(都市封鎖)を段階的に解除し、経済活動を段階的に再開させ始めてきた。トランプ大統領とCDCは4月16日、「経済活動再開のためのガイドライン(Opening up America Again)」を発表した。各地の感染・収束の状況を踏まえ、三段階で対応する方針を設定。雇用主に対しては、まず、すべての段階において、従業員の手洗い、マスク等保護具の着用、対人距離の確保、検温、職場の消毒、従業員の健康観察と有症状者の出勤停止の徹底、出張対策等を求めた。そのうえで、第一段階では「人が密集する場所の閉鎖」「出張の制限と移動後の隔離」「テレワークの推奨」「出張の制限」に言及。第二段階では出張を解禁し、第三段階では職場で自由に人員を配置できるなどとした。CDCは5月20日、新型コロナの新規感染者数や緊急外来患者数などが14日連続で減少傾向、またはゼロに近い状態が続くといった基準をクリアすれば、次の段階に進めるなどの判断を示した。

実際の具体的な経済活動再開のプロセスは、各州の判断に委ねた。たとえばニューヨーク州は5月11日、新規感染者数、死亡者数、病院の収容力など7つの基準を設定し、地域別、業種別に4つの段階で営業活動を再開させる方針を示した。第一段階で建設業、製造業、卸売業、小売業の一部(オンラインで注文した商品を、自動車に乗ったまま受け取れる「カーブサイド・ピックアップ」方式の店舗のみ)、農林水産業、第二段階でサービス業、金融・保険業、小売業、第三段階で飲食店、第四段階で娯楽・教育関係をそれぞれ解禁していった。

カリフォルニア州は4月28日に経済活動再開まで4つの段階を踏むロードマップを公表した。第一段階では、必要不可欠な仕事の職場環境を安全な状態に保つ、第二段階では製造業や小売業の一部などの「低リスク」の事業、第三段階で理髪店やジムなど「高リスク」の事業を、第四段階でコンサートなど、観客を集める「最高リスク」の事業を含め、公衆衛生環境に配慮しながら、徐々に再開させていくとした。

両州とも9月2日時点で第四段階への移行を進めているが、レストランでの店内飲食などの営業制限は続いている。

「エッセンシャル・ワーカー」の感染

新型コロナ禍が拡大するなか、医療や小売り、配達など日常生活に欠かせない業務に従事する「エッセンシャル・ワーカー」の感染者やその親族らが、会社の安全対策の不備を告発し、裁判に訴えるケースが生じている。

ブルームバーグ通信によると、小売大手ウォルマートでは、イリノイ州シカゴ近郊の店舗の従業員が、体調不良で自宅待機になった後、新型コロナの感染に伴う合併症のため死亡。職場の同僚もその後、亡くなった。親族らは、感染症状の出ていた従業員がいたことを知りながら、感染情報の提供、対象者の隔離、対人距離の確保、消毒などの措置をとらなかったとして、4月6日、会社に損害賠償を請求する訴えを州裁判所に起こした。これに対し、会社側は適切な措置をとっていたと反論している。

自宅待機の生活を物流で支えるアマゾン・ドット・コムでも、ニューヨーク市スタテン島の流通センターで働く3人の労働者らが6月3日、会社側に公衆衛生規則の遵守を命じるよう、ニューヨークの連邦地裁に提訴した。原告の1人は3月に新型コロナウイルスに感染し、同居するいとこが死亡した。原告側は「会社は公衆衛生に反し、労働者に過酷で危険な労働(手洗いや消毒が十分にできない状態での勤務)を強いており、従業員の安全に関する法律に違反している」と主張。親族の死亡や病気への損害賠償は求めていない。

この物流センターなどでは、3月30日に安全対策の実施を求めるストライキが発生し、主導者が「防疫ルール違反」を理由に解雇される事件も起きていた。会社側は「衛生管理、社会的距離の確保、消毒など、従業員を保護するための150以上の(安全衛生の)プロセスを更新」「安全対策費として40億ドル以上を投資」「ウイルス感染と診断された労働者には、最大2週間の有給休暇を付与」などの対策をとっていることをウェブサイトで公表した。

「感染リスク」への警戒感

経済活動の再開が拡大するにつれ、職場での「感染リスク」の回避、安全対策の徹底を求める従業員の声は高まっていく。マクドナルドのイリノイ州シカゴの店舗で5人の従業員が5月19日、会社に安全対策措置の徹底を求めて州裁判所に提訴した。原告側は「感染の可能性のある同僚や顧客に接近して働くことを余儀なくされており、会社側はウイルスを封じ込めるための重要な措置(従業員への保護具、手指消毒剤、安全衛生訓練の提供、安全プロトコルの実施)を講じていない」と主張。会社の行為は公衆衛生に反すると訴えた。これに対し、会社側は「健康チェック、防護壁、顧客と店員の社会的距離のガイドラインの遵守、手袋とマスクの使用、手洗いの頻度の増加、非接触型操作への移行など、50ほどの安全手順を更新した」と反論した。州裁判所は6月24日、原告側勝訴の判決を下した。

米国労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)は5月18日、「数万もの労働者が職場で、同僚、患者、顧客らから感染している」と問題視し、連邦労働省労働安全衛生局(OSHA)が「新型コロナウイルスからの労働者保護に関する緊急臨時基準(ETS)」を発令するよう、連邦裁判所に訴えた。OSHAは「事業再開におけるガイダンス」をはじめとする、さまざまな感染予防措置を公表し、企業にそれら実施を求めている。AFL-CIOの要求する「緊急臨時基準」は、各職場でOSHAの規則に基づく「職場安全計画」の策定を義務づけ、安全対策の実効性をより追求したものとなっている。ブルームバーグ通信によると、スカリア労働長官は、職業安全衛生法の一般義務条項(General duty clause)に基づき、違反企業の雇用主に対し、安全な職場の維持を命じることができると主張。現行法制度の枠組みで、労働者の安全確保をことは可能との立場をとっている。

連邦裁判所は6月11日、現時点でETSを発令する合理的理由はないというOSHAの主張を認め、AFL-CIOの要求を拒否する判断を示した。OSHAは同日、「裁判所は、既存の法的措置や規制によりアメリカの労働者を保護し、現時点でETSは不要であるとのOSHAの主張に同意した。OSHAは引き続き法律を管轄し、アメリカの職場を安全に保つために雇用主と従業員にガイダンスを提供していく」との声明を発表した。同通信によると、AFL-CIO側の弁護士は「前例のないパンデミックの状況下で、現在のOSHAによる規制は、使用者に何の要求もできない」と述べ、強制力の伴うETSの必要性を改めて強調した。

「訴訟リスク」への懸念

労働者が感染した場合、企業はどこまで責任を負えるのか。従業員の感染の経緯、感染した場所を特定するのは難しく、企業にとっては、職場の安全対策の不備などを理由に、従業員から訴訟を起こされることへの懸念がある。こうした「訴訟リスク」から免れるため、業界団体や各地の商工会議所などから、一定の条件の下で、企業が「免責」できる法的措置の制定を求める声があがっている。全米商工会議所(U. S. Chamber of Commerce)や業界団体は5月27日、「パンデミック対応としての賠償責任救済立法(Liability Relief Legislation in Response to the Pandemic)」の制定を求める連邦議会あて書簡を発表した。

それによると、(1)公衆衛生ガイドラインに準拠して活動している企業・非営利組織・教育機関、(2)医療機関、(3)ワクチン開発、製薬、医療機器製造・販売の業者等、保護具や消毒剤の供給者、(4)不公平な証券訴訟の対象になる株式公開企業、などについて、「一時的な賠償責任の保護」を迅速に実施するよう求めた。悪質な行為からの救済手段は維持すべきだとしている。こうした内容は「Safe to Work Act」として法案化され、共和党上院議員により7月27日、連邦議会に提出された。法案に対しAFL-CIOや権利擁護団体などは「労働者保護を弱体化させるもの」だと批判している。

参考資料

  • アマゾン・ドット・コム、カリフォルニア州、日本貿易振興機構、ニューヨーク州、ブルームバーグ通信、米国疾病予防管理センター、米国労働総同盟・産別会議、マクドナルド、連邦議会、連邦労働省、The Leadership Conference on Civil & Human Rights 各ウェブサイト

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