透明で予見可能な労働条件指令、ワークライフバランス指令が成立
5月の欧州議会選挙と前後して、EU法が相次いで成立した。労働関連では、書面による労働条件の提示に関する労働者の権利強化を図る「透明で予見可能な労働条件指令」や、育児休暇など子供を持つ親の権利拡充を図る「ワークライフバランス指令」、など。加えて、デジタル・プラットフォーム利用者の保護に向けた「規則」も成立。いずれも7月末から8月初めにかけて発効した。
透明で予見可能な労働条件指令
その一つ、透明で予見可能な労働条件指令(注1)は、雇用主に労働条件の通知を義務付けた1991年の指令(注2)に替わるものだ。同指令が従来、必ずしも保護対象としてこなかった各種の非典型労働者(注3)に適用範囲を拡大するほか、雇用主に新たに提供を義務付ける情報として、試用期間や訓練の提供の有無や内容、時間外労働に関する制度や報酬などの事項を追加、さらに提供時期についても従来の2カ月以内から1週間以内へと短縮している。このほか、雇用主の求めに応じて就業が変動的になる労働者については、より安定的な雇用を求める権利や、直前に仕事がキャンセルされた場合に補償を受ける権利などが盛り込まれている。加盟国には、指令の発効から3年以内に、これに対応する国内法の整備が求められる(2022年8月から実施)。
旧 | 新 | |
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雇用主が提供すべき情報 | 契約当事者の氏名等 就業場所 仕事の詳細 開始日 期間(一時的な契約の場合) 有給休暇 解雇の際の通告時期 報酬額と内訳 仕事日または仕事週の長さ 適用可能な労使協定 国外居住の被用者に関する追加的情報 |
以下を追加: 試用期間(あれば) 提供される訓練 雇用主により提供される訓練 時間外労働に関する制度と報酬 派遣労働者に対して、派遣先企業の情報 シフトが変動的な労働者の労働時間に関するより詳細な情報 社会保険料の支払い先機関 |
情報提供の期限 | 雇用関係の開始から2カ月以内 | 重要な情報については就業初日から7日目までの間、補足的情報は1カ月以内 |
権利 | なし |
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執行 | 労働者が雇用主から情報の提供を受けなかった場合の結果については、加盟国が決定する。労働者は長期にわたる裁判で、情報提供を受けられなかったことにより生じた損害の(ほぼ不可能な)証明を行わなければならない。 | 加盟国の対応には二通りの選択肢がある:労働者が既に雇用主との間で合意したよりも保護的な契約を与えるか、労働者が専門機関に提訴できるようにして、時宜を得た十分な是正措置が行われるようはかる。 加えて、コンプライアンス、是正措置に関する権利、利益に反する扱いの予防、解雇に関する立証責任、罰則について、既存の社会法に基づく制度を実施する。 |
出所:European Commission "Towards transparent and predictable working conditions"
ワークライフバランス指令
一方、同時期に成立したワークライフバランス指令(注4)は、子供を持つ親や介護者について、休暇取得やより柔軟な働き方に関する権利の拡充をはかるものだ。前身となる妊産婦の保護に関する1992年指令を改正する2008年の指令案が、各国政府や欧州議会の立場の相違により議論が膠着した末、2015年に廃案となったことを受けて、欧州委が新たに指令案を示した。父親休暇に関する最低基準(最低でも10日間、休業期間中は法定傷病手当相当の手当を支給)の設定のほか、介護休業の制度化(年5日間まで)、両親休暇に関する権利拡充(柔軟な取得の権利、一定の手当支給等)、さらに柔軟な働き方を保障される権利(最低でも8歳までの子供を持つ親、介護者)が盛り込まれている。
旧 | 新 | |
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父親休暇 | 最低基準に関する規定なし。 | 就業する父親は、子供の出産時期に最低10日間の休暇取得が可能。休業期間中は最低でも法定傷病手当レベルの手当が支給される。 |
両親休暇 | 両親1人当たり最低4カ月の休暇取得の権利、うち1カ月分は譲渡不可。 | 両親1人当たり最低4カ月の休暇取得が可能、うち2カ月分は譲渡不可。柔軟な方法での取得申請が可能(フルタイム、パートタイム、細切れの取得等)。 |
休業中の手当に関する最低基準の規定なし。 | 少なくとも譲渡不可の2カ月間について、各国が設定する水準での所得補償。 | |
介護休業 | 最低基準に関する規定なし(緊急かつ予見できない事態に対する短期的の休暇取得を除く)。 | 全ての労働者に年5日間までの介護休業の取得の権利を付与。 |
柔軟な働き方 | 両親休暇からの復帰に際して、短時間または柔軟な労働時間の申請権あり。また全ての労働者に、パートタイム労働の申請権あり。 | 最低でも8歳までの子どもを持つ全ての親、および介護者に対して、以下の柔軟な働き方の申請権を付与。
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出所:European Commission "A New start to support work-life balance for parents and carers"
欧州労働機関、10月から運営開始
加えて、域内他国で働く労働者の権利保護に関して、各国の監督機関との協力や情報提供を担う「欧州労働機関」(European Labour Authority)の設置規則(注5)も、同じく6月に成立している。スロヴァキアのブラティスラヴァに設置が予定され、10月からの運営開始に向けて設置が進められている同機関は、域内他国で就労する場合の権利等のルールの啓発や、求人、職業訓練等の情報提供のほか、国をまたいで行われる就労に関する各国監督機関の支援、あるいはそうした状況における紛争の仲裁などが目的として掲げられている。
注
- Directive of the European Parliament and of the Council on transparent and predictable working conditions in the European Union(本文へ)
- Council Directive 91/533/EEC of 14 October 1991 on an employer's obligation to inform employees of the conditions applicable to the contract or employment relationship(本文へ)
- オンデマンドの臨時雇い労働者、契約期間が1カ月未満の短期被用者、週労働時間が8時間未満の被用者、家事労働者、プラットフォーム労働者、バウチャー式労働者など。欧州委の試算によれば、およそ200万人に相当。(本文へ)
- Directive (EU) 2019/1158 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on work-life balance for parents and carers and repealing Council Directive 2010/18/EU(本文へ)
- Regulation (EU) 2019/1149 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 establishing a European Labour Authority, amending Regulations (EC) No 883/2004, (EU) No 492/2011, and (EU) 2016/589 and repealing Decision (EU) 2016/344(本文へ)
参考資料
- European Commission
、European Parliament
ほか各ウェブサイト
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