ハルツIVの改正をめぐる議論が活発化

カテゴリー:雇用・失業問題

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  • 国別労働トピック:2019年8月

2000年前半に実施された労働市場改革(ハルツ改革)は、失業者を早期に再就職させる就労促進策が、失業率の改善につながったと評価されている。他方、就業人口(15~65歳)において困窮する長期失業者等が手当を受給する割合は、逓減もしくは横ばいで推移しており、改善があまり見られない。そのため、制度改正等をめぐる議論が活発化している。

ハルツIVの導入とその後

「ハルツIV(ハルツ4)」の通称で知られる「求職者基礎保障制度」は、2000年前半に実施された労働市場改革が源になっている。就労促進を目的とした規制緩和や失業手当の見直し案等を提示したのは、当時フォルクス・ワーゲンの労務担当役員で、シュレーダー首相の顧問も務めたペーター・ハルツ氏だ。同氏の名にちなみ、「ハルツ改革」と呼ばれ、ハルツ第Ⅰ法からハルツ第IV法の4段階に分けて広範囲に行われた。現在はドイツの労働・社会制度の大部分が改革の影響を受けているといっても過言ではない。

ただ、ハルツ改革は、当初から市民団体や労働組合などが「社会的格差を招く恐れがある」として強い懸念を表明していた。特に2005年1月に施行された「ハルツ第IV法」による失業手当の大幅な引下げと給付期間の短縮、「社会扶助」と「失業扶助(注1)」の統合については、強い反対が出され、最も激しい議論が交わされた。

ハルツIV(求職者基礎保障)は、以上の経緯を経て2005年に導入された。従前の「社会扶助(生活保護)受給者」から、「1日3時間以上の就労が可能な要扶助者」を抜き出して「失業扶助受給者」と統合し、本人には「失業手当Ⅱ(注2)」を、その家族で就労可能でない要扶助者には「社会手当」を支給する。なお、2019年の標準給付月額は、図表1の通りである。

図表1:ハルツIVの標準給付月額(2019) (単位:ユーロ)
受給資格者 2019年
単身者(成人1人あたりの標準月額)、
単身養育者(ひとり親)の受給資格者
424
家計を一にして同居するパートナー(満18歳以上)それぞれに対して 382
その他の就労可能な満18歳以上の受給資格者/ジョブセンターの保証なしに転居する満18歳以上25歳未満の受給資格者 339
14歳以上 18歳未満の青少年 322
6歳から14歳未満の子供 302
6歳未満の子供 245

出所:BMAS(2019).

ハルツ改革によって、失業者はより積極的に新たな職を探すなどプラスの効果が見られたが、その反面、失業手当Ⅱの受給者には、通常の就職支援だけでは単独で生計を維持できる正規職に就く機会や能力に乏しい者が相当数いることも明らかになった。図表2を見ると、2008年から2017年にかけて失業率は改善しているのに、同期間中の失業手当Ⅱの受給率(15~65歳の就業人口に占める割合)はあまり改善していない。そのため、この層に対する支援の在り方や制度改正等の議論が近年活発化している。以下に、公共職業安定組織(連邦雇用エージェンシー)付属の研究機関である「ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)」の見解を交えてその概要を紹介する。

図表2:失業手当Ⅱの受給率と失業率の推移(2008-2017年)
画像:図表2

1.助成金付き雇用の大幅拡大論

「失業手当Ⅱの受給者の多くは、そのままでは支援なしの正規雇用に就くことが難しいため、助成金付きの雇用を現状より大幅に増やすべきだ」という主張がある(ベルリン市参事会、左派党)。これについてIABは否定的な見解を示している。そのような政策を一律かつ大規模に導入すると、支援なしで雇用され得る者にも税金を拠出する可能性があるためだ。ただし、明確に支援が必要な特定層に対しては、長期の伴走型就職支援の強化が必要だとしている。IABのこのような見解に沿った政策が、ドイツでは今年1月から具体化されている。それが「参加機会法(Teilhabechancengesetz)」であり、2019年1月1日施行された。失業手当Ⅱを過去7年間に6年以上受給していた者は、今後、最長5年間、最大100%までの賃金助成金を受けて就労することが可能になった。これにより、助成対象者の労働契約を長期にわたり安定させ、将来的には助成のない雇用へ移行することを目指している。

2.稼得による減額率引下げ論

失業手当Ⅱの受給者の多くは、短い時間しか働いていない。手当を受給しながら働く場合、給付の減額を免除される控除額が月額100ユーロのみだからだ。また、ハルツIV以外に、その他の追加的な社会保障給付を受給している場合、状況により8割以上、手当が減額される可能性もある。これは所得税の最高税率をはるかに上回る。そのため、「減額率を下げ、別途支給されている住宅手当、子ども手当、社会保険、各種税金等の相互関係を見直すべきだ」とする主張がある(同盟90/緑の党、FDP)。IABはこれに賛同した上で、受給者の労働時間を延ばし、より高い所得を得るインセンティブをつくるため、「住宅手当」と「子ども手当」をなくし、「就業補助金(Erwerbszuschuss)」に1本化することを提案している。

3.長年の就業者に対する優遇論

ハルツIV(失業手当Ⅱ・社会手当)は、受給者の就業年数や職業履歴を考慮せずに給付される。そこで、長年働いて労働市場に貢献した者には、期限付きの給付加算をしたり、通常の失業給付(失業手当Ⅰ)期間を延長したりする優遇策を実施するべきだとの主張がある(同盟90/緑の党、SPD、FDP)。この主張に対してIABは、「ハルツIVは基礎的な生活保障給付である。請求時点で当該者が経済的に困窮しているかどうかが重要なポイントで、長年就業した者は、短い就業期間しかない者より、経済的に安定し、正規雇用に復帰しやすい可能性もある。加えて、長期就業経験がある者を優遇すると、失業期間がより長引き、求職への熱意や職業選択に譲歩する姿勢が低下する可能性がある」として、反対している。

4.減額・停止措置の緩和、廃止論

失業手当Ⅱには、紹介された仕事を受給者が正当な理由なく断り、自ら失業期間を引き延ばす等の義務違反をした場合、初回は給付額の3割減、2回目は6割減、3回目は給付そのもがなくなるという厳しい「制裁(Sanktionen)」が設けられている。このような給付の減額や停止は、失業者のより早い就業復帰に寄与することが明らかになっているが、同時に労働市場から受給者を完全に撤退させる事も多く、当該者の生活状況を著しく悪化させる可能性がある。そのため、このような措置の見直しに関する議論が盛んに行われている。

例えばSPD(社会民主党)は、厳しすぎる措置を緩和して、「ハルツIV=何らかの問題があって長期間失業しており、手当を受けながら働かない(働いても短時間)者とその家族」という侮蔑的なイメージがつきまとう現在の通称を廃止して、「市民手当(Bürgergeld)」という新たな名称への変更を提案している。

この他に、給付の減額・停止措置そのものを完全に撤廃して、「無条件のベーシックインカムを導入すべき」との主張もある。これは、就労可能性や資産調査等をせず、無条件で全ての人に最低所得保障金を給付するもので、“無条件の給付”という点が、スティグマ(負の烙印)を負いがちな「ハルツIV」とは異なる。実際にこの案を主張するベルク大学のウィーランド教授と非営利組織「制裁からの離脱(Sanktionsfrei)」は共同で、2019年5月から「ハルツ・プラス」と名付けたベーシックインカムの実証実験を開始している。しかし、IABは、「このようなベーシックインカムは、労働や教育に対する人々の意欲を失わせる恐れがあり、結果としてフリーライダー(便乗者)を大きく助長し、国家予算に致命的な結果を引き起こす可能性がある」として懐疑的な見解を示している。ただし、現在の厳しすぎる措置には何らかの緩和措置が必要だという点については賛同している。

さらなる議論の深化と制度改正へ

以上のように、ハルツIVは制度の導入から十数年が経過し、支援の在り方等をめぐる議論が盛んに行われている。いずれにせよ、「何らかの制度改正が必要」という点で関係者の認識は一致しており、今後は、さらなる議論の深化と制度の改正が進むものと思われる。

参考資料

  • Zukunft der Grundsicherung (21. März 2019, IAB), BIENサイト、厚労省『海外情勢報告(2018)』ほか。

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