パートタイム・有期労働契約法 改正草案
―復帰権の導入に向けて
労働社会省は4月、パートタイム・有期労働契約法(TzBfG)の改正草案を公表した。同法に基づいてフルタイムからパートタイムへ移行後、再びフルタイムに戻れないという「パートタイムの罠(Teilzeitfalle)」に陥る者が多い現状を改善するのが主な目的だ。
改正草案の背景
ドイツでは「両親手当・両親時間法(BEEG)」や「介護時間法(PfZG)」、「家族介護時間法(FPfZG)」に基づき、一定の要件を満たす労働者は、「育児や介護」を理由とした労働時間短縮請求権と、その後、元の労働時間に戻って働くことができる「復帰権(Rückkehrrecht)」が認められている。
他方、2000年に制定された「パートタイム・有期労働契約法(TzBfG)」では現在、この「復帰権」が認められていない。同法(TzBfG)に基づき、労働者は理由を問わないフルタイムからパートタイムへの労働時間短縮請求権は認められている。しかし、再び元の労働時間への復帰を希望した場合、使用者の義務は「企業内に空きポストがある場合の情報提供(TzBfG7条2項)」と「優先考慮(同9条)」のみで、復帰そのものは義務付けられていない。そのため「両親手当・両親時間法」や「介護時間法」、「家族介護時間法」の要件に該当しない労働者が、パートタイムへ移行したままフルタイムに戻れない状況が続き、課題となっていた(図表1)。
図表1:パートタイム移行に関する現行法の概要
資料出所:BMAS(2018)
このような事態を改善するため、第3次メルケル政権(2013-2017)では、パートタイム・有期労働契約法(TzBfG)に基づいてパートタイム(労働時間短縮)に移行した労働者にも、法改正で「復帰権」を認めることが予定されていた。しかし、最終的に使用者の強い反発で閣議決定には至らず、第4次メルケル政権へ持ち越された。
その後、2017年9月の総選挙を経て、2018年3月に、前政権と同じく「キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)」と「社会民主党(SPD)」による連立政権(第4次メルケル政権)が発足。新たに就任したフベルトゥス・ハイル労働社会相は、就任100日以内に制度改正に着手することを宣言し、予告通り4月17日に、労働社会省から新たな改正草案が発表された。
“理由を問わない”パート移行とフルタイム復帰の可能性
草案の概要は以下の通りである。
当該労働者が6カ月を超えて雇用関係にあり、45人を超える従業員を擁する企業で働いている場合、一定期間(1年~5年以内)、元の労働時間(注1)を短縮してパートタイムで働き、期間満了後に再び元の労働時間に復帰することができる。この新たな権利は、「育児や介護」といった特定の事由が存在する場合に限らず、「理由を問わず、請求することが可能」である。
ただし、従業員数が46人以上200人以下の企業については、その規模に応じて、以下の通り、申請の最大許容人数が定められている。
企業規模別の最大許容人数
- 46人以上、 60人以下の場合、 最大4人
- 61人以上、 75人以下の場合、 最大5人
- 76人以上、 90人以下の場合、 最大6人
- 91人以上、 105人以下の場合、最大7人
- 106人以上、120人以下の場合、最大8人
- 121人以上、135人以下の場合、最大9人
- 136人以上、150人以下の場合、最大10人
- 151人以上、165人以下の場合、最大11人
- 166人以上、180人以下の場合、最大12人
- 181人以上、195人以下の場合、最大13人
- 196人以上、200人以下の場合、最大14人
最大人数以上の申請がある場合には、使用者はこれを拒否することができる。
また、使用者の人事計画の確実性を担保するため、同法に基づいて期限付きでパート労働(労働時間短縮)をする場合、当該期間中のさらなる時間短縮、あるいは元の労働時間への早期復帰に関する請求権は存在しない。
なお、期間満了後、再び労働時間の短縮を希望する場合は、12カ月後から改めて請求可能となる。
今回の改正の主な特徴は、使用者に対してより大きな説明・立証責任を負わせることで、労働者が希望する元の労働時間への復帰を容易にしようとしている点である。
現行法では、パートタイム労働者が労働時間延長を希望した場合、使用者は、空きポストの配置を優先的に考慮する必要があるだけだ。しかし、改正後は、これに加えて、労働時間延長を希望するパートタイム労働者(労働時間短縮者)に対して、「相応する空きポストがないこと」、「当該労働者の適性が不十分であること」に対する説明・立証責任も使用者が負うことになる。
呼出労働の処遇改善も
草案はまた、同法12条でパートタイムの特殊な労働形態の1つとして規定されている「呼出労働(オンコール/Arbeit auf Abruf)」についても改正を予定している。呼出労働は従来から同規定に基づき、1日単位や週単位の所定労働時間を取り決める必要がある。しかし、取り決めがない場合には、1日最低連続3時間、週10時間の所定労働時間の定めがあるものとみなされている。これを今後、改正によって週20時間に引き上げ、週労働時間の一定確保を図る。
また、使用者が一方的に呼び出せる追加労働時間の割合は、今後、取り決めた週の最低労働時間の25%以内とする。最高労働時間の取り決めがある場合には、その割合は20%以内となる。
約56万人が労働時間の延長を希望
労働社会省によると、今回の改正は、ライフステージによって異なるニーズに合った労働時間を、労働者が自ら決定できるための追加手段となる。また、パートタイム労働を行うのは主に女性である。2016年のマイクロセンサス(小規模国勢調査)によると、雇用されて働く女性全体の47.8%はパートタイムだが、男性のその割合は10.8%に留まっていた。したがって、政府は今回の改正で女性の労働時間が増加し、男女間における労働時間の不均衡を改善する手助けにもなると考えている。
また、同じく、2016年のマイクロセンサスと公務人事統計によると、約56万人の労働者が労働時間延長を希望しながらそれを実現できていない。今後改正が実現した場合、相当数の労働者が時間延長を申請する可能性がある。
2019年1月1日からの施行を予定
これらは、政府の初期の草案概要であり、今後、他省庁との協議や関係諸団体へのヒアリング、閣議決定、その後の連邦議会の審議等を経て、法案の内容がかなり変わる可能性もある(図表2)(注2)。
同改正は、2019年1月1日からの施行を目指している。
時系列 | 主な流れ | 補足 |
---|---|---|
1. | 省内の関係担当課で草案を作成する(所管部局案)。 | ほとんどの場合、担当課のイニシアティブで草案作成が始められ、大臣・政務次官・事務次官のいわゆる「政治的管理職(die politische Führung)」から法案作成の指示があるのは稀である。 |
2. | 省の幹部会議で承認を得る。 | |
3. | 他省庁と調整を行い、是認を受ける。 | 法令の形式面を検討する法務省、法令の実施可能性を吟味する内務省、財源の裏付けをとる大蔵省をはじめ、関係各省との協議・調整を経て主管省案(Ressortentwurf)としてまとめられる。 |
4. | 外部の諸団体(連邦州、労使ほか)へ草案を送付する。 | 他省庁が是認後、初めて第三者へ草案(必ず閣議未決定である旨を明示)を送付する。 |
5. | 諸団体(連邦州、労使ほか)は、必要があれば修正提案を省へ返送する。 | |
6. | 諸団体(連邦州、労使ほか)の意見が大きく異なる場合にはヒアリングを行う。 | 労使同時にヒアリングを行うこともあれば、別個にヒアリングを行うこともある。 |
7. | 省内で諸団体から出された修正意見を考慮しつつ、最終案としてまとめる。 | |
8. | 主管大臣(労働社会大臣)から内閣(閣議)へ草案を提出する。 | 草案目的、当初草案、草案を送付した省庁・団体情報、諸団体からの修正提案、諸団体の修正提案を拒否した場合はその理由などの諸情報を含めて最終草案を内閣へ提出する。 |
9. | 内閣(閣議)で了承されると正式に「政府法律案(Kabinettsvorlage)」となり、連邦議会に提出される。 | 内閣(閣議)の承認が得られた場合は、連邦参議院に提出して、諸手続きを経た後、連邦議会提出となる。 |
- 資料出所:労働社会省、ドイツ使用者連盟におけるヒアリング(2009 年 12 月)、服部高宏(1995)「ドイツの立法過程にみる政党と官僚」『議会政治研究』No.34, 議会政治研究会,p.56 に基づき作成。
注
- 草案によると、「元の労働時間(vorherigen Arbeitszeit)」は、フルタイムでも、パートタイムでも、さらなる時間短縮請求と復帰が可能とされる。(本文へ)
- 脱稿後の6月13日に同草案は閣議決定された。今後連邦議会で審議される予定。(本文へ)
参考資料
- BMAS (19. April 2018, 13. Juni 2018), 改正草案 (17.04.2018)ほか。
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