在宅介護労働者、最低賃金違反で雇用主を提訴

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2016年11月

ロンドンの在宅介護労働者17人が9月半ば、最低賃金違反をめぐって雇用主の介護事業者と委託元の自治体を雇用審判所に提訴した。賃金支払いの対象とすべき、訪問先間の移動時間を労働時間としていなかったことなどが理由だ。申し立てを支援した労組は、過去最大の最低賃金違反となる可能性を示唆している。

訪問先間の移動は労働時間

介護業は、国内でも代表的な低賃金業種の一つで、これまでも最低賃金制度違反の横行が指摘されてきた。監督機関である歳入関税庁(HMRC)が国内の主要介護事業者を対象に実施した調査では、対象となった事業者(注1)の約半数が最低賃金違反を行っていたとされる。また、シンクタンクのResolution Foundationは、介護労働者の1割強(16万人)がこうした違反の対象となっており、未払い賃金の総額は1億3000万ポンド(1人当たり815ポンド)にものぼるとみている(注2)

今回、原告となった介護労働者は、ロンドン市ハリンゲイ区からの委託を受けて在宅介護サービスの提供を受託していたセヴァケア(Sevacare)社の労働者で、いずれも待機労働契約(zero hours contract:事業主から求められた時間だけ働き、時間数に応じて賃金が支払われる)に基づいて在宅介護に従事していた。申し立て内容の一つは、訪問先間の移動時間が賃金支払いの対象とされていなかったという点だ。移動時間を労働時間に含めて計算した場合、時間当たり賃金は最も低い労働者で3.85ポンドであったという。

加えて、原告側の一部の労働者は、住み込み型の介護サービスに関する最低賃金違反を申し立てている。雇用主は、介護対象者の自宅に1日24時間、1週間常駐して介護サービスを行う労働者の賃金について、みなし労働時間に関する取り決め(daily average agreement)(注3)に基づき1日当たり10時間分を賃金支払いの対象としていた。原告側は、実際には常駐先から外に出ることも許されず、24時間勤務状態にあったとしている。これを労働時間として含める場合、時間当たり賃金額は3.25ポンドであった(注4)。これに対して、経営側は取り決めに基づく時間数(10時間)による場合、労働者には時間当たり7.85ポンドが支払われており、違反には当たらないとしている。

原告側の申し立ての支援を行った公共部門労組Unisonによれば、これらの介護労働者は契約上の立場が弱く、仕事が与えられなくなることを恐れてこれまで申し立てを行えなかったという。また、こうした問題はハリンゲイ区にとどまらず国内の多くの自治体で見られ、原因の一端は介護サービスに関する政府の予算削減により、自治体が低価格の委託先を選ばざるを得ないことにあると指摘している。Unisonが実施した調査では、国内の自治体の大半が、委託先事業者における最低賃金の順守を確保する何らの措置も講じていないという。Unisonは、最低賃金以上の賃金支払いなどを宣誓する「倫理的介護憲章」(ethical care charter)を作成、これに署名するよう自治体に求めているが、現在のところ、参加自治体は全体の152カ所中、19カ所に留まる。

介護労働者の賃金は改善傾向

今年4月の「全国生活賃金」の導入により、25歳以上層に対して新たな最低賃金額が設定された(注5)ことで、介護業にも大きな影響が生じるとみられている。Resolution Foundationによれば、25歳以上層の介護労働者の5分の4が全国生活賃金による賃金引上げの対象となったとみられるが、この層の実際の賃金上昇率は9.2%と最低賃金の上昇率(7.5%)を上回っている。結果として、最低賃金額で就業する介護労働者の比率は従来の5分の1から3分の1に増加しているという。Resolution Foundationは、雇用主による処遇改善を通じた人材調達・維持の努力は積極的評価できるとしている。介護サービスの予算削減やサービス需要の拡大、さらにEU離脱以降に想定されるEU労働者の減少などから、人材調達・維持が困難さを増すと予想されるためだ。ただし、全国生活賃金の引き上げは今後も続くことから、2020年には賃金コストの増加が23億ポンドに達すると推計、介護事業者が今後も賃金引上げで対応することは難しくなるとみており、介護サービスへの財源を拡大するよう政府に提言している。

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