労働法典改革と労組や学生組織による反対運動
―39万人が参加する全国的な抗議に発展

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2016年6月

企業の競争力強化と雇用促進を目的とした労働法典改革の議論がすすんでいる。エル・コムリ労働相は、2016年3月24日、改正法案を閣議に提出した。法定労働時間(週35時間)、最低賃金(SMIC)制度、無期雇用契約の原則などに関しては現行法のままとするものの、詳細な労働時間に関して個々の企業における労使合意を最優先にすること、解雇補償金の上限を示す指標を設定すること、経済的な理由による解雇の条件を具体的に示すことなどが法案に盛り込まれている。今回の改正の趣旨は、労働に関する規制の緩和を通じて、企業が採用を増やそうとする環境を作り、雇用創出を図ることであると政府は主張している。しかし、労組を中心として、企業側の自由度が高まることへの批判があり、将来の雇用不安を危惧する若年者も参加して、改正に反対するストやデモが全国に広がった。

コンブレクセル報告書の提案に基づく法案

2015年4月、ヴァルス首相は、国務院社会部門のトップのコンブレクセル氏に対して、「労働協約(労使合意)と労働」の関係見直しをテーマとする委員会を設立し、フランス戦略庁(France Stratégie)の報告書として作成するよう指示した。これを受け、同年9月9日、いわゆるコンブレクセル報告書、『労使交渉・労働・雇用』が、ヴァルス首相に提出された。この報告書では、個々の企業が経営状況に応じて労働時間などの労働条件を決定するために、企業レベルでの労使合意を産業レベルよりも優先する法改正が必要であるとした(注1)

コンブレクセル報告書に基づき、政府は企業の競争力向上と雇用促進を目的とした労働法典の改正法案の作成を進め、2016年2月に改正法案を公表した。しかし、改革が急激すぎるとして、与党の一部が反対、労働組合がデモ行進やストライキを行うなど、全国規模で法案の修正や撤回を求める動きが広がった。

この反対運動を踏まえて、政府は法案の閣議への提出を当初予定の3月9日から2週間延期し、ヴァルス首相やエル・コムリ労働相が、労働組合や経営者団体、学生団体(注2)の代表と直接、意見交換を行った。それを受けて法案を一部修正し、3月24日に「企業及び就業者の新自由・新保護確立法案(注3)」(以下、エル・コムリ法案)として閣議へ提出のうえ、正式に決定された。その主な内容は、下記の通りである。

企業レベルの労働時間や賃金に関する労使合意の強化

第一に企業内の労使合意を重視するために、労働法典における労働時間に関する規定を改正することが盛り込まれている。繁忙期など企業経営上の喫緊の理由があれば、使用者は企業内の労使合意で、労働時間を1日12時間まで、1週間では46時間(ただし、最高で12週間)まで、延長が可能となる(注4)。合意がない場合は、当局の許可がない限り、週44時間(最高で12週間) と現行どおり。企業内の労使合意があれば、労働時間を現行法の1年から、最長で3年で計算することが可能となる。割増賃金は週の平均労働時間が35時間を超えた場合にのみ、支払われる。

次に、企業内の労使合意が雇用の維持又は拡大を目的とする限り、賃金や労働時間などを含む労働条件が雇用契約に対して優先される強制力を持つようになる。つまり、事実上の雇用契約の変更が強制されることになる。ただし、月額賃金の引き下げは認められない。労使合意に基づいて行われる雇用契約の変更を従業員が拒んだ場合、個人に起因する解雇となり(注5)、解雇補償金が高額になる経済的な理由の解雇に該当しない(注6)

法案には、企業における従業員投票制度の導入も盛り込まれた。企業レベルの合意には、過半数の従業員を代表する労働組合の署名が必要となる。労働組合が過半数の従業員を組織していない場合、投票で従業員の過半数が合意すれば、従業員の30%以上を組織する労働組合が代表して、労使合意を有効にすることができる。

中小企業では、労働組合の代表者がいない場合が多い。そのため企業側は労働組合によって委任された従業員代表と交渉する。これにより、労働組合の影響力が拡大する可能性がある。

外国企業参入促進の期待

今回の改正法案では、経済的な理由による解雇(licenciement économique)、つまり経営不振による解雇の定義を明確化する条項が盛り込まれている。現行法では、「経営状態の悪化」や「競争力を維持するための組織再編成の必要性」(注7)などに該当した場合、経済的解雇として認められる。しかし、この判断基準が明確ではないという指摘が少なくなかった。そのため、法案は次のように判断基準を示した。「4四半期連続で受注や売上高が減少している場合」「2四半期連続で営業赤字となっている場合」「財務状態が大幅に悪化している場合」「競争力を維持するために企業の再編成(再構築)が必要な場合」である。また、国際的な企業グループの場合、国内企業の財務状況のみで、経済的な理由による解雇を判断できるようになる。現行法では、国際的な企業グループの場合、グループの経営状態が悪化していない限り、国内の経営悪化だけでは、経済的な理由による解雇はできない。企業の経営判断の自由度が上がる。今回の改正によって外国企業の参入を促すことが期待される(注8)

職業訓練を受ける権利の拡充

2015年7月に成立したレブサメン法(社会対話及び雇用に関する法律)(注9)で導入が決定された「活動個人口座制度(Compte personnel d'activité)」を2017年に実施することも明記された。この制度は、職歴によって発生した様々な権利(職業訓練を受講する権利や重労働に従事したことにより生じた権利)を、ポータビリティーを確保しながら生涯にわたって保持するものである。現行の職業訓練個人口座制度(Compte personnel de formation)(注10)と重労働予防個人勘定制度(Compte personnel de prévention de la pénibilité)(注11)を統合すると共に、社会奉仕活動(bénévolat ou volontariat)に従事した者を対象として、職業訓練の権利獲得につながるようにする(注12)。この制度は、公務員や自営業者なども対象となる(注13)。これに対して、職業訓練などの権利を保有する労働者の採用を企業が控えるのではないかとの懸念の声もある。様々な権利を保持する労働者が、その権利を行使することで、就労時間が減少したり、直接的・間接的な出費が増えるかもしれないからだ。これに対して経営者側は、職業訓練を受ける権利行使を無職の期間にのみ有効となることを求めて適用範囲を狭めようとしている。

若年者支援対策

無職で職業訓練を受けていない18歳以上26歳未満の若年者(学生を除く)に対して個別指導や金銭的支援を行う若年者補償制度(Garantie jeunes)をフランス全土に拡大することも法案に盛り込まれた(注14)。これは、1年間に渡って個別指導や研修を行うと同時に、月額461.72ユーロ(現行)の手当を支給するものである。政府は、2017年までに対象者が10万人になるとしており、条件に当てはまる若年者全員に拡大した(注15)。学業修了証を持たない雇用労働者に対して、職業訓練個人口座の上限を、150時間から400時間に引き上げることも盛り込まれた(注16)

解雇補償金の改正

改正法案では、正当な理由がなく、解雇権の乱用と労働裁判所(調停所)(注17)が判断した場合に支払われる解雇補償金の上限額の目安が新たに設定されることになった。法案が2月に公表された時点では、上限額が設定されることになっていた。しかし、労働組合の反発が強く、目安・指標とされた。この上限額は、在職期間に応じて3カ月から15カ月分の賃金を上限として政令により決定される(注18)

労組による強い反対と法案修正に否定的な使用者

法案の目的は、企業が経営をしていく上での柔軟な判断ができるようにすると同時に、労働者の保護も確保するとされている。労使交渉を重視する理由として、「社会的な規則の定義(決定)の際、労使交渉に、より重い役割を果たさせ、フランスが、対立(衝突)から、妥協や交渉の文化へと変わるため」(法案の提出理由)を挙げる。ヴァルス首相は、「我が国で、長い間、慣れてしまっている大量失業に対処するために、賢明で、大胆で、必要な」改革であると高く評価している。

しかし、この法案は2月の草案発表以来、与野党や労働組合から、改革が急激すぎるため、雇用労働者に対する保護が十分ではないとの批判が続出していた。労働組合のうち、労働総同盟(CGT)、 労働総同盟・労働者の力派(FO)、統一労働組合連合(FSU)、連帯(Solidaires)などは、「雇用労働者の権利を縮小させ、特に、若年者の雇用の不安定さを拡大」させる法案だとして、大学生・高校生組合(UNEF、UNL、FIDL)などへも呼びかけて、反対運動を展開した。3月9日に行われた抗議活動には、警察発表で22.4万人が参加し、2週間で100万人分もの反対署名が集まった。与党内からもオブリ元大臣が「行き過ぎ」と発言するなど、批判の声があがり、草案内容の一部が修正された。その内容は、日給制(forfait-jours)の導入に関して、雇用主による一方的な決定を認めるとした条項が削除されたといったことだ。

だが、完全撤回を求めている労働組合の一部は、3月31日にストライキを含めた新たな抗議活動を全国に呼びかけ、警察発表で39万人が参加した(注19)

使用者側は、改正法案に対して賛意を示していたものの、修正には否定的な見方をしている。フランス企業運動(MEDEF)、中小企業経営者総連盟(CGPME)などの使用者団体は、3月22日、首相に対して「公式声明」を出し、「当初の目的である雇用の創出」が可能となるよう求めた。

法案は、4月5日から国民議会(下院)の社会問題委員会で審議された後、4月終わりから5月初めまで国民会議での審議が続く見通しである。ただ、国民の58%の国民が反対しているという報道も見られる(注20)など、今後、法案の成立までには紆余曲折が予想されている。

(国際研究部)

(ウェブサイト最終閲覧:2016年6月23日)

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