労使合意に関する審議会の報告書の提出
―労働協約のあり方見直し提案

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2015年12月

バルス首相の指示により4月に労働協約(労使合意)の見直しをテーマとする審議会(Commission accords collectifs et travail)が設立された(当機構国別労働トピック・フランス・7月参照)。その審議会による報告書『労使交渉・労働・雇用』(注1)がまとめられ、9月9日に政府に対して提出された。労使交渉に関する44項目に上る改革を提案しており、特に企業・事業所レベルでの労働協約締結を促すための方向性が提示されている。

企業の経営環境に適した労働法改革

フランスでは近年は、個々の企業が経営状況に応じて柔軟な経営判断が可能となるように、労働法典の条文を簡素化して労使双方にとってより解りやすいものにするための、労働法制、特に労使関係制度に関する改革の必要性が議論されている。また、企業レベルの労使交渉を通じて、労働条件等を柔軟に変更できる法制度の枠組みを構築する改革が求められている。企業の国際競争力の向上が経済成長および雇用拡大に繋がると考えられている。

改革の具体的な方向性を明確化するために、審議会が4月に設立され、このほど報告書がとりまとめられた。審議会の座長はコンセイユ・デタ(Conseil d'Ètat、行政最高裁)の社会部門のトップのコンブレクセル氏である。

企業レベルでの合意の優先、週35時間労働制の見直し提案も

報告書の概要は以下の通りである。まず、産業レベルよりも企業レベルの労使合意を優先させる提案である。具体的には「労働時間」「賃金」「雇用」「労働条件」の4項目で、企業レベルの労使合意を優先できるようにする。例えば、労働時間については、変形労働時間制の細目などを企業内の労使交渉で決定できるようにすべきであるとしている。企業内の労使合意が無い場合は、当該の産業で決められた合意が適用されるべきとしており、さらに産業別の合意も締結されていない場合は、労働法典の規定が適用されるべきとしている。

労働時間についてはこの他にも、割増賃金の発生する時間外労働の見直しの可能性について指摘している。フランスでは週35時間を超えれば、割増賃金率10%以上の超過勤務手当を労働者に支払わなくてはならない。報告書は割増賃金の発生する時間を労使交渉に委ねる可能性に触れている。つまり、事実上、右派政権も手を付けなかった35時間労働制の見直しを提案したとも言える。

過半数代表労組の賛成が条件

企業内合意は、従業員の過半数を代表する労働組合の賛成が条件となることも提案している。現在の法制度下では、従業員の30%を代表する労働組合の賛成とともに過半数の従業員の反対がなければ、企業内の合意が有効となる。従業員の過半数を代表する労働組合の賛成を必要とすることで、労働者の意思が一層反映された合意になり、経営者の従業員に対する圧力を抑制する効果があるとしている。合意には有効期限を設定することで企業の経営環境の変化に柔軟に対応できるようにすることを提案している。

さらに、現在700とも1000以上とも言われている産業(部門)別の労働協約(労使合意)を統合し、100程度に絞る提案も盛り込まれている。具体的には、合意の対象となる労働者が5000人未満の産業レベルの合意を、3年以内に統合する。

規範としての労使合意の位置づけについても触れている。全ての雇用労働者に共通する基本原則と、その他の業種や職種の違いによって労使交渉に委ねる部分に区別することが必要であると指摘しており、そのための労働法典の再編成を求めている。法典には、週労働時間を最長48時間とすることや、雇用契約の締結義務や法定労働時間、最低賃金支払い義務など、基本的な労働規則を中心として、同法典の簡素化を図ることを提案し、改革の実施に際して労働組合や使用者団体との十分な協議が必要であることとされている。

労働法典の極端な簡素化には否定的な与党・社会党

与党・社会党は、この報告書の内容に関して一定の評価はするものの、全面的には肯定していない。「労使交渉や労働組合の活動を補強する良い方向性を持っているものもあるが、法定労働時間や最低賃金、雇用労働者の雇用契約を企業内の合意により決定することは、大統領や首相も否定しており、党として拒否する」との表明を出した(注2)。その上で、この報告書を受けて実施する協議には参加するが、労働法典が「企業規模や業種を問わず、全ての雇用労働者に同等の保証を提供するためのものという趣旨を鑑み、極端な簡素化には否定的な考えを示している。その上で、「社会党は、労使交渉により企業の競争力を維持しながら、失業問題を解決できると考えている」ことを強調している。

最大野党、共和主義者党(レ・レピュブリカン、旧UMP民衆運動連合)は、この報告書を「フランスが近代化するための最後のチャンス」(フランソワ・フィヨン元首相)と評価する一方で、オランド大統領により内容が骨抜きにされることを懸念している(注3)

提案の実行を求める使用者

経営者団体は概ね賛成の意向を表明している。経営者団体・フランス企業運動(MEDEF)は、「労働法典の改革の現状に異を唱え、労働法典の改革の必要性に関して、報告書の作成に参加した全員が一致していることは朗報である」とし、歓迎の意向を示している。MEDEFは、以前から労働法典が「経済成長と雇用創出を妨げている」という見解をもっており、労働法規の簡素化や実用主義化等を求めてきた。企業レベルでの交渉を拡大すべきであるという考えをもち、労働時間を含む全ての労働条件に関して、企業内の労使交渉で議論できるように改革する今回の提案を評価している。MEDEFは、「これらの提案が実行に移されるかを最大限に警戒(監視)」するとともに、今後の議論でMEDEFの意向が反映されるよう主張し続けるとする。

中小企業経営者総連盟(CGPME)は、報告書の提案が全て実行に移されれば、「明らかな進歩」(注4)であると歓迎の意を示した。しかし、35時間労働制の見直しをバルス首相が否定したことについては遺憾の意を表明するとともに、小規模企業で労働組合の力が増すことに対して警戒感を隠さなかった。

労組間で賛否両論

それに対して、労働組合は報告書の評価について賛否が分かれている。労働総同盟(CGT)のフィリップ・マルティネーズ委員長は、労働法典の役割の変更に関して、「断固として」反対する方針を表明した。同氏は「政府は、法の下の平等を体現する労働法典の適用除外の可能性を拡大しようとしている」とし、警戒感をあらわにした。35時間労働制に関しても「労働組合が存在しない小規模企業では、35時間労働制が終わる」とした(注3)。また、独立組合全国連合(UNSA)は、割増賃金の支払われる対象となる労働時間が、企業内の交渉で短くされることは「受け入れられない」としている。

一方で、フランス民主労働同盟(CFDT)は、雇用労働者にとって、より実効的な保護が受けられることを条件に、この労使交渉の強化に反対していない。フランスキリスト教労働同盟(CFTC)や管理職組合総連盟(CFE-CGC)も同様である(注3)。労働者の力(FO)は、法律の適用除外に関する合意は、雇用労働者の労働条件や生活水準などを改善する場合のみ賛成としている。

大幅な改革は見送りか?

ちなみに、調査会社CSAが行った週35時間労働制に関する世論調査によると、国民の4分の3近く(71%)が、35時間労働制の廃止に反対していない。この割合は右派政党支持者では83%に上っているが、社会党支持者でも69%という高い水準にある。また、職位別の結果では、一般事務職の72%、中間管理職では73%が賛成しているのに対して、管理職では58%となっておりそれほど高くない。この結果から見れば、国民の多数が35時間労働制の見直しに賛成しているが、実際の改革は極めて困難が予想される。2005年3月や2008年7月に成立した法律によって歴代政権が35時間労働制の適用除外の範囲を拡大してきたが、実際にはそれほど利用されていない。

報告書の内容を反映した法案が2016年から準備される予定となっている。バルス首相は、9月9日、法案の国会審議を2016年の夏前までには終わらせることを表明した。首相は、労働法典が「複雑すぎて、時として読むに絶えない」ものになっており、今回の提示を受けて「労使の合意の機会を拡大したい」としている。その一方で、労働組合の警戒心が根強いことから、その改革には紆余曲折が予想されている。11月4日に発表された労働法改革の骨子では、法定労働時間や労働契約、最低賃金といった基本的な労働者保護に関しては改革の対象とはしておらず、小幅な改革にとどまることになりそうである(注5)

(ホームページ最終閲覧:2015年12月10日)

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