公正労働基準法、行政規則改正
―残業代支給対象から除外されていた労働者の年収が大きく増加

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2015年9月

残業代支給の対象とならない労働者、いわゆるホワイトカラー・エグザンプションの規定に関する行政規則を改正する動きが佳境を迎えている。労働省は、7月6日、米国官報(Federal Register)に改正案(Proposal)を掲載した。この案は60日間の意見聴取期間を経たのち、連邦議会での審議や議決を経ずに成立する。聴取期間は9月4日に締め切られ、24万7,068件の意見が寄せられた。これらを吟味する時間が必要だが、労働省の提案どおりとなれば、およそ500万人の労働者の年収が2万6000ドルから5万400ドルへと倍増する。

残業代支給対象から除外されていた低賃金労働者

公正労働基準法(FLSA)は、雇用主に対して、連邦最低賃金を上回る賃金を雇用労働者に支払うことや、一週あたり40時間を超える労働について通常の5割増しの賃金を支払うことを義務付けている。このうち、残業代支給の対象とならない労働者についてFLSA第一三条(a)1が規定しており、真正な管理職(executive)、運営職(administrative)専門職(professional)の資格(capacity)で雇用される被用者が除外される。

具体的な判断基準は、行政規則によって行われるが、そこでブルーカラー等の労働者が残業代支給の対象からは除外しないことが示されていることから、ホワイトカラー・エグザンプションといわれる。

行政規則では、残業代支給の対象から除外される労働者かどうか、俸給水準、俸給基準、職務要件の三つの判断基準が示されている。俸給水準は一定以上の俸給額、俸給基準は一時間あたりの賃金で支払われるものではないこと、職務要件は管理や経営および専門知識を必要とすること、というものである。これら三つの要件をすべて満たした労働者のみが残業代支給の対象から除外されることになる。

行政規則の改正は、連邦議会の審議や議決を経ることなく行うことができる。これまでも何度か見直しが行われてきたが、現在は、ブッシュ政権下の2004年に改正されたものを運用している。1974年に改正されてから、俸給水準や職務要件に変更がなく、実質的に機能していなかったことが2004年の改正の理由である。

具体的には、週155ドルと低すぎるために意味を失っていた俸給水準を週455ドルへと引上げるとともに、職務要件における適用範囲を拡大し、年収10万ドル以上の労働者を残業代支給の対象から除外した。

この改正は、1970年代と比べてホワイトカラー労働者が増えている実態に対応するとともに、実効性を失っていた第一三条(a)1に関する行政規則を見直すという意図があったものの、労働側を代表する全米労働総同盟産業別組合会議(AFL・CLO)から強い反対があった。その理由は、適用範囲の拡大により、新たに600万人が残業代支給の対象から除外されるとともに、その大半がこれまでは実質的に用いられることがなかった最低の俸給水準が現実に適用されてしまう可能性が高いことだった。

今回の労働省による2004年の行政規則改正案は、オバマ大統領が2015年3月に行った指示に基づく。その背景は、週455ドルという俸給水準で残業代支給に対象から除外され、年収が2万6000ドル程度に留まってしまう低賃金の労働者の数が無視できないほど多くなり、AFL・CLOが懸念した通りになったことがある。また、俸給水準が行政規則の改正が行われない限り変更されず、物価上昇等の連動がないこともあった。これらのことは、今回の改正案で指摘されている。

低賃金層の年収が増加

改正案の第一は俸給水準の明確化である。フルタイムで働く俸給労働者すべての標準俸給のうちの下位40%を分岐点とする。この金額は2013年換算で週給921ドル、年収では4万7892ドルである。

また、年収10万ドル以上としてきた高額報酬を得ていた労働者に対する残業代支給対象からの除外基準は、フルタイムで働く俸給労働者すべての標準俸給のうちの下位90%を分岐点とする。つまりは上位10%以上の労働者が対象から除外されるわけである。

俸給水準を将来にわたって実態にあわせたものとするために、フルタイムで働く俸給労働者すべての標準俸給に百分位数における分岐点を変更することや、都市部の消費者物価指数と連動して俸給水準を変更することも提案している。

現在、週給455ドルで残業代支給の対象から除外されている労働者の数は460万人、年収10万ドル以上で除外されている労働者の数は3万6000人である。行政規則が改正されれば、週給455ドルで除外されていた労働者の年収が、2013年換算で4万7892ドル、2015年換算で5万400ドルに、年収10万ドルで除外されていた労働者は2013年換算で12万2148ドルになる。

この結果、行政規則改正から10年間で、年平均11億7800万ドルから12億7140万ドルの範囲で労働分配が高まることになる。2004年の改正に反対していたAFL・CLOをはじめとして、労働者側にたつ権利擁護団体、シンクタンク、および民主党は今回の改正を歓迎している。

そのほか、女性政策調査研究所および女性権利擁護団体マムズ・ライジングは今回の改正で影響を受ける労働者を590万人とし、そのうちの320万人が女性だと試算して、女性労働者にとって重要な改正だと評価している。また、リベラル系シンクタンク、アメリカ進歩センターは今回の改正により、低賃金の状態にあった35歳以下の通称ミレニアルズの労働者470万人の年収が上昇するとしている。

一方で、共和党連邦議員や負担が増すことが想定される小売業界やアメリカ商業会議所などは改正に反発している。

(山崎 憲)

参考資料

  • Federal Register, Vol.80, No.128, Part 2, Department of Labor, July 6, 2015.

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