悪質な賃金未払いに厳罰化の動き(広東省)
広東省高級人民法院(裁判所)は「労働報酬未払いの刑事事件化金額基準」を2015年3月3日に施行した。これは、賃金未払いに対する罰則を強化しようとする中国政府の一連の施策に従ったものである。
多発する広東省の賃金未払い訴訟
広東省は労働集約型産業の集結地で豊富な労働力が提供されているが、近年、特に賃金未払いをめぐる労働紛争が多発している。2013年の広東省での労働紛争仲裁委員会の賃金に関する案件の受理件数は3万1039件で、全国(22万3351件)の14%を占めている。
2012~2014年に広東省の裁判所が受理した賃金未払いによる訴訟事件はわずか277件で、被告人295人に判決を下したにとどまる。そのうち、2012年の受理件数は50件で52人に判決を下し、2013年は77件で80人、2014年は150件で163人だった。この間、判決を下した件数、人数はそれぞれ年平均174%、177%と急激に増加しているが、紛争の増加の伸びにはとても追いつかない。その原因は、司法のプロセスにおいて、賃金未払いを刑事事件化する際の「金額が比較的大きい」という概念に対する基準の認識が異なっていることにあった。
広東省で「解釈」の内容を厳密化
中国最高人民法院はその「解釈」(労働報酬未払刑事事件への法律適用に関する若干の問題の解釈)を示していたものの、詳細については各地域の経済発展の状況の違いを考慮して、基準の詳細は定めていなかった。広東省高級人民法院には、「解釈」が出されて以降、かなりの数の省内の中級人民法院から、その金額の具体的な基準がつかみにくいとの意見が寄せられていたという。 そのため、広東省高級人民法院は独自に、省内各地の経済発展の状況を把握したうえで、刑事事件になる金額の基準(定罪基準)を2つのグループに分けて示した(表1)。
地域区分 | 都市 | 定罪基準 | |
---|---|---|---|
賃金未払い 期間+金額(1名の労働者あたり) | 人数+金額 | ||
第1グループ(6都市) | 広州、深圳、珠海、仏山、中山、東莞 | 3カ月以上+累計金額2万元以上 | 労働者10名以上+累計金額10万元以上 |
第2グループ(15都市) | 汕頭、韶関、河源、梅州、恵州、汕尾、江門、陽江、湛江、茂名、肇慶、清遠、潮州、掲陽、云浮 | 3カ月以上+累計金額1万元以上 | 労働者10名以上+累計金額6万元以上 |
また、賃金未払いの行為があっても、「重大な結果(注1)をもたらしておらず、公訴を提起する前に労働者に賃金を支払い、かつ法律に基づいて賠償責任を履行した場合、処罰を軽減、また免除することができる」とした。具体的には以下のとおりである。
- ①捜査を始める前に、労働者に賃金を支払い、かつ法律に基づいて賠償責任を履行した場合、犯罪と認めない。
- ②公訴が提出される前に、労働者に賃金を支払い、かつ法律に基づいて賠償責任を履行した場合、刑事処罰を軽減し、または免除することができる。
- ③一審判決を言い渡す前に、労働者に賃金を支払い、かつ法律に基づいて賠償責任を履行した場合、処罰を軽減することができる。
- ④賃金支払拒否の行為があり、「重大な結果」をもたらしたが、判決の前に労働者に賃金を支払い、かつ法律に基づいて賠償責任を履行した場合、情状酌量して寛大な処罰にすることができる。
賃金未払い、深刻な社会問題に
中国では、肉体労働者(特に農民工=農村出身の出稼ぎ労働者)への賃金未払いが大きな社会問題になっている。特に、春節(中国の旧正月)の前に、賃金未払いをめぐる紛争が多くみられる。使用者側が支払い義務を逃れるために、資産移転を行なう、雇用関係証明書を廃棄する、姿をくらますといったかたちで問題がはじまり、労働者側が抗議のために使用者の自宅前に座り込んだり、飛び降り自殺をはかるといったことまでエスカレートすることがある。
こうした状況に対して、2011年5月1日に、中国政府は刑法修正案(八)で「悪意のある賃金未払い」を刑罰の対象にすることを規定し、労働報酬支払拒否罪(注2)(刑法276条の1)を刑事事件に追加した。
さらに、中国最高人民法院は2013年1月に前述の「解釈」を発表し、労働報酬支払拒否罪に定められた対象となる賃金未払いの「金額が比較的大きい」場合についての解釈を示した。これにより、以下のいずれかに当てはまる場合、「金額が比較的大きい」と認定され、「刑事事件」として扱われることになった。
- ①1人の労働者に対して、賃金未払いが3カ月以上かつ、金額が5000元~2万元以上の場合
- ②10人以上の労働者に対して、賃金未払いが3万元~10万元以上の場合
※上記①②で示された金額は、各省、自治区、及び直轄市の高級人民法院が当該地域の経済発展状況によって、具体的な基準を設定できる(注3)。
出稼ぎ労働者にとって高い訴訟のハードル
中国人力資源・社会保障部によると、2014年第1~第3四半期に、全国の労働保障監察機構 は1,718件の賃金未払い事件を公安部門に送った。そのうち公安部門での立件数は945件、裁判所の一審で審理されたのは553件にとどまった。
低学歴の出稼ぎ労働者にとって、立件のために必要な証拠を収集することが難しく、それが最大の課題になっている。労働契約書、出勤リストなどがないままに働いていることが多く、出稼ぎ労働者にとって起訴のために必要な証拠を提出することが難しい。また、裁判手続きの複雑さや期間が長期化することにより訴訟をとりやめることを余儀なくされる出稼ぎ労働者が少なくないことも課題となっている。
注
- 最高人民法院の「解釈」により、「重大な結果」とは、①労働者またはその扶養家族の基本的な生活に深刻な影響を及ぼすとき、重病の治療を受けることできないとき、あるいは就学ができなくなったとき、②労働報酬を求める労働者に暴力を振るったり、威嚇したりした場合、③ほかの重大な結果をもたらした場合、とされている。(本文へ)
- 刑法276条の1の内容は、財産の移転や、逃げ隠れなどによって労働者に賃金を支払わない、または支払能力があるのに労働者の賃金を支払わず、その「金額が比較的大きく」、政府の関連部門から支払命令を受けても従わない者に、3年以下の懲役もしくは拘役(日本の拘留に当たる)、罰金を科す。「重大な結果」をもたらした場合には、3年以上7年以下の懲役に処し、罰金を科すというものである。(本文へ)
- これにより、刑事事件として扱われる未払い賃金の下限が、各省、自治区、直轄市の高級人民法院によって、①の場合は「5000元以上」~「2万元以上」、②の場合は「3万元以上」~「10万元以上」の基準に基づき、それぞれ具体的に設定できることとなった。(本文へ)
参考資料
- 人民網、中国経済導報、中国人力資源・社会保障部、中国青年報、中国法院網、中国網、「中国労働統計年鑑2014年」
参考レート
- 1中国人民元(CNY)= 20.04円(2015年6月1日現在 みずほ銀行ウェブサイト
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