「高齢者権益保障法」が7月に施行
―「喜憂半々」の受け止め、期待と不安と
「高齢者権益保障法」が7月1日に施行された。少子高齢化に伴って増加し続ける「独居老人」対策などをうたった基本法ともいうべきもので、見舞休暇の権利保障、専門人材の育成など介護サービス体制の構築、戸籍の種類を問わないサービスの提供などを主な内容としている。期待が高い一方で、実効性について不安の声も少なくなく、「喜憂半々」の受け止め方をされている。
背景に、「一人っ子政策」と出稼ぎの増加
同法は、旧法からの改正されたもので、昨年12月28日に公布されていた。旧法の6章50条から新法では9章85条に構成が変わった。第9条で、旧暦の9月9日を「高齢者の日」として祝日に新たに定めた。
中国では、65歳以上の人口は、高齢化社会に突入した年といわれる1999年の約8687万人から2012年末には約1億2000万人に増えて、人口の9.4%を占めている(図表1)。2020年には1億7000万人を突破して、総人口の11.7%を占めると推計されている。
「独居老人」(中国では「空巣老人」という)の増加が、法律制定の背景にある。1970年代後半からの「一人っ子政策」や出稼ぎ労働者の増加などで、独居老人の問題は深刻化している。都市部では、例えば広州出身の子供が北京で就労しているため、親は広州で一人住まいで、子供も見舞いにままならない、といったケースが多く見られる。農村部では子供が都市部に出稼ぎに出かけ、帰郷は年に数えるほど少ないといったケースはざらだ。
高齢工作委員会弁公室によれば、都市部に居住する高齢者の独居老人の割合は49.7%に達している(2012年)。高齢者向けのサービス需要は多様化・拡大しており、新たな事態に対応した基本法の制定が求められていた。
図表1:65歳以上人口とその割合
出所:統計局
見舞休暇の権利保障
「高齢者権益保障法」第18条は、「家族は高齢者の精神状態に重視すべきであり、高齢者に対して無関心・冷遇をしてはならない。別居している家族は、頻繁に高齢者の見舞いをすべきである。雇用主は国家規定に基づき、従業員見舞休暇の権利を保障しなければならない」と規定している。
実は両親の見舞いについて定めた法律は、1981年に既に「国務院の従業員見舞休暇に関する規定」として施行されている。この法律は、家族間での別居によって生ずる問題の解決を目的としており、条件に合致する労働者は見舞休暇を享受できる(図表2)。
対象者: | 国家機関・人民団体と全民所有制企業・私営企業の従業員 |
適用条件: |
|
待遇: |
|
出所:国務院
独居老人の増加に伴い、最近は「孤独死」が増加しているほか、「老人の精神面での世話を規定する法律」を求める声も高まっている。競争の激しい中国社会においては、一般的に、子女が親を見舞うために見舞休暇を取得することは少ない。そもそも1981年施行のこの法律について、従業員の間には「存在を知らなかった」「取得出来ない」「取得すれば、職位が奪われるかもしれない」という声が少なくない。他方、会社側も見舞休暇の取得を積極的には勧めてこなかった。
そのため、今回の新たな法律についても、その実行可能性に対しては疑問視する声が挙がっている。
介護人材の育成などサービス体制強化
「高齢者権益保障法」第46条は「介護分野の専門人材の育成、職員の賃金引き上げ、専門職・兼業職・ボランティアと組み合わせたサービス体制を構築する」としている。
中国国内では高齢者向け介護施設が不足しており、また介護分野の専門人材も大幅に不足している。2012年末時点で高齢者向けサービス関連企業は44,304社存在するが、そのほとんどが小規模・零細企業である。介護用のベッドは約416.5万床あるものの、「高齢者総数の約5%の介護用ベッド数が必要」とされる国際水準からすると、約200万床の介護用ベッドが不足している状況だ。また、資格を有する介護の専門人材も本来は1,000万人程度必要であるが、わずか数万人に留まっているのが現状だ。
介護産業には巨大な潜在需要が存在しているものの、その進展は需要に対して大きく立ち遅れている。供給面から見ても、設備の不十分・専門人材の不足・不完全な政策支援・法制度の整備不足などにより、介護産業自体が総じて脆弱である。
そのため、今回の法案により専門人材の育成が進み、状況が改善することが大きく期待される。
都市部で非戸籍保有者に同等待遇
「高齢者権益保障法」第52条は「県以上の人民政府およびその関連部門は、経済社会の発展状況や高齢者の必要に応じて、高齢者優遇に関する規則を定め、その水準を適宜引き上げる。また、本地域の戸籍を持たない常住者に対しても、同等な待遇に与えなければならない。」と規定している。
図表3は昨年12月の「高齢者権益保障法」公布から本年7月の施行までの間に各市が公表した高齢者(戸籍保有者と非戸籍保有者)に対する政策である。今回の法律施行により、当地の非戸籍保有者に対しても、当地戸籍保有者と同等のサービスが提供されることが期待されるが、実際には財源の問題もあり、現状では完全な同等待遇には至っていない。
地域 | 地元高齢者 | 常住高齢者(地元戸籍なし) |
---|---|---|
北京 | 11項目の優遇政策。例えば
|
北京市高齢者優遇カードへの申請により、高齢手当、在宅ケア以外の優遇を享受できる。 |
天津 |
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団地施設の利用、公園の入園料金無料以外は享受できない。 |
広州 |
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なし |
成都 |
|
|
出所:各市政府
「高齢者権益保障法」の施行により、当地の戸籍を有さない常住高齢者は、戸籍保有者と同等の優遇を享受できることとなったが、その一方で心配の声も出ている。常住高齢者が当人の地元で納付していた医療保険や養老保険などに、現在の常住地域で対応できるのかどうか、つまり社会保険制度の地域間統一という課題が浮かび上がってきている。
「高齢者権益保障法」には期待が高い一方で、その実施にあたっては心配も多く、喜憂半々といった状況である。
参考文献
- 中国政府網、国務院、統計局、高齢工作委員会弁公室、各市政府、北京晨報、中国新聞網
2013年7月 中国の記事一覧
- 働く中国の女性に変化の兆し―背景に「仕事と家庭の両立」重視
- 出稼ぎ労働者、高齢化の様相―統計局、2012年の状況公表
- 最低賃金、平均引き上げ率20%―2012年労働統計
- 医療保険制度、都市と農村を統合へ―政府、経済体制改革の重点として指摘
- 「高齢者権益保障法」が7月に施行―「喜憂半々」の受け止め、期待と不安と
- 上海市が「居住証管理弁法」を施行―ポイント制に賛否両論
関連情報
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