控訴院、就業体験プログラムに違法判決
―求職者手当支給停止の制裁措置などに

カテゴリー:雇用・失業問題労働法・働くルール

イギリスの記事一覧

  • 国別労働トピック:2013年4月

控訴院は2月、政府が失業者向けに提供する複数の就業体験プログラムに関する司法審査の結果として、違法性を認める判決を示した。各種プログラムの法的規定が不明確であること、また対象者に十分な情報を与えずに参加を義務付け、参加を拒否・中断した場合には求職者手当を停止する制裁を科していたことが理由だ。政府は判決を受けて、これまでに同種のプログラムに関連して給付停止を受けた受給者が、遡及的支払いの申し立てを行うことを防止する法律を急ぎ成立させた。

就業促進の効果に疑問符

就業体験は、失業者の就業支援策として近年政府が促進している手法の一つだ。求職者手当や雇用・生活補助手当の受給者を対象に各種のプログラムが提供されており、ジョブセンター・プラスやワーク・プログラム(長期失業者向け就労支援プログラム)のアドバイザーが、個々の給付受給者について参加の適否を判断する。長期失業者に対する義務的就労活動プログラムおよび2013年中に導入予定のコミュニティ・アクション・プログラム以外は、基本的に参加は任意だ(表参照)。いずれも、非営利団体や民間企業での一定期間の就業を内容とするもので、参加中は各種給付の支給が継続されるが、就業に対する賃金は支払われず、最低賃金も適用されない(注1)。各種プログラムが雇用に結びついた実績は明らかではないが、一部の雇用主は就業体験を積極的に活用した上、働きが良好な参加者を採用しているという(注2)。しかし、全体としては就業体験からの雇用実績は限定的とみられ、むしろこうしたプログラムが無料の労働力を提供することで、未熟練労働者の雇用を圧迫しているとの見方や、本来受け入れ企業が支払うべき賃金を結果として国民が負担しているとの議論もある(注3)。

対象者への情報提供不足、根拠法にも不備

こうしたプログラムを巡って、過去の対象者2名が2012年1月に司法審査の申し立てを行っていた。原告は、直接の根拠法である2011年求職者手当(雇用・技能・企業スキーム)規則(注4)における規定内容が不十分であること、プログラムの実施に際して対象者に必要な情報提供が行われていないこと、また無給での労働を強制しており人権侵害にあたる(欧州人権条約に反する)ことなどを理由に、プログラムと2011年規則の無効を主張していた。

原告の一人は、博物館への就職を志望する24歳の大卒者で、2010年6月に大学を卒業後、前政権が導入した若年失業者向け就業支援プログラム(Future Jobs Fund)により、博物館で6カ月間の就業体験に参加し、プログラムの補助により最低賃金を受け取っていた。その後も就業経験を積むため、同博物館でボランティアとして働いていたが、ジョブセンターのアドバイザーから小売業企業での雇用につながりうる就業体験の機会があるとして、業種別ワーク・アカデミーへの参加を勧められた。原告によれば、アドバイザーは当初、1週間の訓練の後に採用面接が行われると述べ、無給の就労を要することや、不参加の場合に被る不利益に関する説明はなかった。小売業は第一志望ではないものの、求職者協定(求職者手当受給者とアドバイザーの間で合意される取り決めで、希望する職種や求職活動の内容が盛り込まれる)には小売業も含まれていたことから、原告は参加を承知した。しかし、その後に出席した説明会の場で、実際には所要期間が最長6週間にも及ぶことが明らかとなった。原告は、これまでどおり博物館でのボランティアを続けながら求職活動を行いたいとして、アドバイザーに不参加の意向を伝えたが、アドバイザーは同プログラムへの参加は義務と説明(実際には任意参加)、拒否する場合は求職者手当が停止または減額されると述べたという。このため、原告はボランティアを辞めてプログラムに参加、2週間にわたり週5日・1日5時間、小売業企業の店舗で商品陳列や清掃などに従事した。プログラムは訓練を目的とするものと説明されていたが、原告によれば、前後1週間の訓練期間を含めて内容のある訓練は行われず、実質的には単なる労働であった。期間中、求職者手当の支給は継続されたが、店舗での就業は無給で行われた。また、プログラムの一環として本来実施されるはずの採用面接は実施されなかった。

もう一人、2008年にリストラで職を失った41歳の元重量貨物車(HGV)運転手は、失職以降失業状態にあり、政府の長期失業者向けプログラムにも参加したが、職を得ることができていなかった。アドバイザーから、当時パイロット実施されていたコミュニティ・アクション・プログラムにより、就業体験として廃品家具のリノベートを行う非営利団体で家具(ソファ)を洗う仕事に週30時間・最長6カ月従事するよう促されたが、希望職種と全く関連せず、技能の向上も望めず、また将来的な仕事につながる展望もない労働に長期にわたって従事することはできないとして、これを拒否したため、給付が停止された。アドバイザーは原告の参加を重ねて促すにあたり、本来段階的に適用される制裁措置(2週間・4週間・26週間)について、初回から26週間の制裁措置が科されると理解される内容を通知していた。また、本来示されるべきプログラム終了後の就職への筋道や、参加を拒否した場合の制裁措置(注5)に関する正確な情報は、原告に提供されていなかった。

申し立てを受けた高等法院は、運用上の問題(情報提供の不十分さ)に関する原告側の主張は認めたものの、人権侵害その他の主張は却下し、プログラム及び2011年規則は適法であるとした。原告側は判決を不服として上告、控訴院は一転して根拠法に関する原告側の主張を認め、2011年規則を無効とする判決を示した。1995年求職者法は、各種プログラムに関する具体的な規定を規則に盛り込むことを定めているが、2011年規則には個別のプログラムに関する具体的な規定がなく、一次法の規定する要件を満たしていないことが理由だ。

就業体験を含む就労支援プログラム
プログラム 概要 期間
就業体験(Work experience) 就業経験のない16~24歳層で、13週間超の求職者手当受給者が対象。受け入れ先企業で週25~30時間就労、参加中は求職者手当を受給する。参加は任意だが、参加者の不正などで受け入れ先から継続を拒否された場合は、求職者手当の支給停止の制裁措置が適用される。 最長8週間
業種別ワーク・アカデミー(Sector Based Work Academy) 求職者手当受給者(年齢制限なし)が対象。小売、ホスピタリティ、介護などの業種における基礎的な資格の取得を目標に、官民の教育訓練機関(継続教育カレッジや民間訓練プロバイダ等)による訓練と就業体験が提供され、終了時には実際の求人の面接機会が提供される。交通費・託児費用の支給がある。参加は任意だが、一旦参加を決めた後は継続が義務付けられ、中断に対しては給付停止の制裁措置あり。 最長6週間
義務的就労活動(Mandatory Work Activity) 3カ月を超えて求職者手当を受給している者(年齢制限なし)が対象。ジョブセンタープラスのアドバイザーが必要と認めた(受給者が就職や仕事を維持する上で必要な行動に関する理解を欠いていると判断した)場合、「地域コミュニティの利益になる活動」への参加を義務付けることができる。具体的には、住宅の保守作業、古い家具の補修、非営利団体での補助的活動のほか、明確にコミュニティの利益になる場合は、営利団体での就労も含まれる。受け入れ先は、政府からの補助金を得て参加者を支援する。参加者は週30時間まで就労、求職者手当のほか、交通費・託児費用の支給が受けられる。適切な理由なく参加を拒否または中断する場合は、制裁措置の対象となる。 最長4週間
ワーク・プログラム(Work Programme) ワーク・プログラム参加者(18-24歳層は通常9カ月超、25歳以上層は12カ月超の求職手当受給者、このほか就労困難者など。プログラムへの参加は最長2年。)のうち、就労支援の一環として、プロバイダーにより就業体験が提供された者。 最長4週間
ワーク・トライアル(Work Trials) 求職者手当受給者(年齢制限なし)が対象。雇用主と参加者(受給者)の間で試用期間が合意される。参加は任意で、参加期間中は求職者手当等のほか、交通費等が実費で支給される。 最長6週間
(通常2週間)
コミュニティ・アクション・プログラム(Community Action Programme) 4地域での試行の後、2013年から全国での実施が予定されているプログラムで、2年間のワーク・プログラムが終了しても仕事を得られていない求職者手当受給者が対象。週30時間のコミュニティ・ワークに従事する。参加は義務で、離脱者には給付停止措置が適用される。 最長6カ月

参考:Centre for Economic and Social Inclusionリンク先を新しいウィンドウでひらくDepartment for Work and Pensionsリンク先を新しいウィンドウでひらくUK Parliamentリンク先を新しいウィンドウでひらくウェブサイト

制裁措置適用でノルマの可能性

規則が無効となったことで、これに基づく複数のプログラムに関連してこれまで制裁措置を受けた受給者には、返金の申し立てが認められる可能性が生じた。しかし、政府はあらゆる法的手段を講じてこれを回避する意向を示しており、3月には、返金申し立ての無効化を目的とする法案(注6)が議会に提出された。控訴院による無効判決までの2011年規則の効力の再規定(施行から判決までの間に実施された制裁措置の適法性の確認)が主な内容だ。政府の推計によれば、申し立てを行う可能性のある受給者は最大で23万人、1億3000万ポンド(一人当たり570ポンド)の支払い義務が生じうる。このため、「制度違反により制裁措置を受けた受給者が、制度を順守した受給者に対して不公正なアドバンテージを受けること」を防止し、多額の財政負担から「経済を保護する」ことが法案の目的に掲げられている。さらに政府は現在、最高裁に上告の許可を求めており、上告が認められないか、最高裁で敗訴した場合には、一次法(1995年求職者法)を改正してでも支払いを回避するとしている(注7)。同法案には審議期間の短期化が適用され、提出からわずか12日後の3月26日に成立した。野党労働党は賛成票こそ投じなかったが、多くの議員が議会での投票を棄権し、結果的に法案を追認する形となった。

法案に対する労働党の協力には、並行して顕在化した受給者に対する制裁措置をめぐる問題が影響している。全国紙ガーディアンによれば、求職者手当の受給者に対する制裁措置の適用(支給停止)に関して、ジョブセンター・プラスに非公式のノルマが課されている可能性があるという。内部告発者からの情報として明らかにされたところでは、求職者手当受給者に対する制裁措置の発行件数が個々のジョブセンターの業務実績としてモニターされ、件数の少ないジョブセンターに対しては地域の統括組織が警告し、改善が見られなければ責任者の解雇の可能性(業績見直しプロセスの適用)も示唆されるという。またジョブセンター内部でも、職員に対して制裁措置の件数増加を奨励する連絡文書が回付され、非公式な了解事項として受給者数の6%という目標水準が設定されている、などの状況が報告されている(注8)。同様の内部告発は2011年にもあり、雇用年金省は当初これを否定したものの、最終的には事実と認めて即刻停止すると約束していた。

労働党の影の雇用年金大臣は、制裁措置に関する調査委員会の設置を認めさせる交換条件として、法案を支持したと述べている(注9)。

なお、求職者手当受給者に対する制裁措置の適用件数は、2010年の政権交代と前後して急増している(図参照)。大きな要因は、同年に導入されたアドバイザーとの面談に関する制裁措置(十分な理由なく欠席した場合に適用)だが、2011年6月のワーク・プログラム導入以降、プログラムの受託事業者からの制裁措置の申請件数が増加している。

求職者手当受給者に対する制裁措置の適用件数

求職者手当受給者に対する制裁措置の適用件数 2008-2012年

参考:雇用年金省ウェブサイトリンク先を新しいウィンドウでひらく

  1. 就業体験に関する議会図書館の資料はその理由として、給付受給者に対する支援策の一環である就業体験は給付受給の条件、最賃制度が前提とする雇用主と被用者・労働者の間の契約関係に相当しないため、と説明している。
  2. シンクタンクのCIPDリンク先を新しいウィンドウでひらくによれば、運輸業のTNT Postや宿泊業のJurys Innが有名だという。
  3. 事実、安売り店Poundlandの元店長はガーディアン紙への寄稿の中で、こうした労働力が店舗運営の一環として組み込まれている状況にあったと述べている。
  4. 1995年求職者法に基づいて施行された二次法。義務的就労活動(MWA)以外の多様な就業体験プログラムが、同規則に基づいて実施されていた。
  5. 従来は、自己都合退職など多様な理由により給付の停止期間が判断されるvaried length sanction(1~26週)と、給付受給中に義務付けられた活動を怠った場合などに適用されるfixed length sanction(1・2・4・26週)に分かれていたが、2012年10月の制度改正により統合の上、最長期間が3年間に延長された。新たな制度は、一定期間内の違反回数などに応じて給付停止の期間が延長される仕組みで、面談等への参加を怠るなど、違反が軽-中度の場合は1回目が4週、2回目が13週、3回目が13週、また紹介された仕事を拒否するなど重大な違反(あるいは自己都合の離職)の場合は、13週・26週・156週となる。
  6. Jobseekers (Back to Work Schemes) Act 2013
  7. 法案に付された説明文書(Explanatory Note)及び影響評価文書による。
  8. アドバイザーに対するこの結果として、英語が不得意な者や学習困難者など、立場の弱い受給者が制裁措置のターゲットになっているとの声や、受給者が求職活動や面談など義務付けられた活動を怠るように仕向けて、制裁措置の対象としているといった声も、ジョブセンター職員から聞かれるという。
  9. ただし、調査委員会の設置に関する貴族院での動議は否決されており、今後の進展については不明。

参考資料

  1. UK Parliamentリンク先を新しいウィンドウでひらくJudicial Officeリンク先を新しいウィンドウでひらくDepartment for Work and Pensionsリンク先を新しいウィンドウでひらくCIPDリンク先を新しいウィンドウでひらくCESIリンク先を新しいウィンドウでひらくThe Guardianリンク先を新しいウィンドウでひらく ほか各ウェブサイト

参考レート

関連情報