海外派遣労働者の権利保護に関する法律案

カテゴリー:外国人労働者労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2012年5月

欧州委員会は3月、域内の他の加盟国に一時的に派遣されて就労する労働者(海外派遣労働者)の権利保護に関する法律案を公表した。従来の海外労働者派遣指令における労働者保護に関する規定内容は変更せずに、その適正な実施に関する体制強化などを定める指令と、ストライキなどの団体行動権を企業の経済活動の自由と同等に位置づける規則を新たに設けて、制度の整備をはかる。

海外派遣労働者(posted worker)は、通常就業する加盟国(送出し国)の企業に雇用され、他の加盟国(受入れ国)に限られた期間だけ派遣されて就業する労働者を指す。受入れ国における請負業務に従事する場合や、複数の加盟国に事業所を有する企業内での国境を越えた異動、あるいは派遣事業者が他の加盟国に人材派遣を行なう場合がこれに該当する。現在、域内でおよそ100万人(EUの労働力人口の1%未満)がこうした形で就労しており、うち25%が建設業に従事しているほか、サービス業や金融業、運輸通信業、農業などの比率が高いと推定されている。

海外派遣労働者については、1996年に施行された海外労働者派遣指令(注1)によって、現地労働者との間の平等な待遇などの権利保護が図られてきた。受入れ国で就労する労働者に現地の労働法制の適用を義務付けるほか、地域あるいは職種・業種の全ての企業に適用される(注2)労働協約等の適用による労働条件の保障がなされるべき領域を、次の通り挙げている。すなわち、労働時間の上限、休憩期間や有給休暇、賃金率(割増率含む)等に関する最低基準のほか、派遣事業者による労働者供給に関する条件、職場における安全衛生、妊婦や出産直後の女性、児童・若者等の保護、男女間の均等待遇などである。

しかし、旧東欧諸国が2004年にEUに加盟し、他の加盟国と相互に事業活動や労働者の就労が自由化されるに伴い、低賃金の海外派遣労働者の増加が問題となるに至った(注3)。背景には、労働協約の全般的な適用が制度化されていない国では企業毎の協約締結が基本となることから、他の加盟国の企業が派遣した労働者に関して、送出し企業に労働協約の締結やこれに基づく労働条件の遵守を義務付けられないという問題があった。任意に適用されている協約の条件を義務付けることは、域内での開業やサービス提供の自由に反しており、公正な競争を阻害するというのがその理由である。

欧州司法裁判所はこの問題に関する複数の判決で、海外派遣労働者に対してこうした労働条件の適用を義務付けるべきであるとする主張を斥け、労働協約が全般的な拘束力を持たないものである場合、法律の定める下限(例えば最低賃金)の遵守のみを義務付けることが出来るとの判断を示した。さらに、協約締結を求めて労働組合が起こしたストライキなどの団体行動について、EU法により保障された基本権の行使であると認めつつも、サービス提供の自由を阻害しており制限されるべきであるとした(注4)。これに対して、EUレベルの労組の連合体であるETUCは、ソーシャル・ダンピングを是認し、海外派遣労働者の権利保護や差別的取扱いの是正を妨げる判断だと批判、指令の改正を求めていた。

欧州委が今回示した二つの法律案は、こうした批判を受けたものだ。海外労働者派遣指令の実施に関する指令案(注5)は、既存の指令における規定内容は改正せずに、実施面における強化をはかる内容となっている。欧州委は、EUの目指す単一市場の実現に向けて、加盟国間の人の移動や他国でのサービス提供の自由を阻害することのない範囲で、海外派遣労働者に対する保護の適正な実施を求めており、指令を通じて、意識啓発や規制体制の改善などを図りたい意向だ。指令案は、以下の内容を柱としている。

  • 労働者及び企業の権利と義務についての情報提供に関する改善
  • 海外派遣労働者の問題を所管する各国監督機関の間の協力に関するルールの構築
  • ペーパーカンパニーを利用した規制回避の防止など、海外派遣に関する概念の明確化
  • 監督機関の責任や適正と認められる規制手段の定義
  • 権利保護の実施や申し立ての取り扱いに関する改善

加えて、こうした状況において団体行動を取る権利に関する規則案(注6)も公表した。ストライキを含む団体行動の実施の権利を、EU法(欧州の基本的な機能に関する条約)が保障する基本権として改めて認めたうえで、他の加盟国における開業やサービス提供の自由とのバランスに配慮し、目的に対する適合性や相応性に照らして判断するべきことを確認する内容だ。さらに、裁判以外の紛争処理制度(斡旋、仲裁など)を提供している加盟国については、これを通じた解決を提案、その手順などに関してEUレベルの労使が協定の締結やガイドラインの作成を行うよう求めている。

ETUCは、今回の法案は依然として争議権を制限する内容に留まっており、労働者の権利を弱体化させるものであるとして、これを拒絶するとしている。また経営者団体のBusiness Europeは、既存の指令の適切な実施については強く支持するとしつつも、その責任や追加的な義務を企業に負わせることについては、単一市場の発展を阻害し競争力を弱めると批判的だ。また、団体行動権をめぐる問題はEUレベルで扱うべき範疇を超えており、各国の労使関係システムに一任すべきだとしている。

参考資料

  • European Commissionリンク先を新しいウィンドウでひらくEuropean Court of Justiceリンク先を新しいウィンドウでひらくETUCリンク先を新しいウィンドウでひらくBusiness Europeリンク先を新しいウィンドウでひらくEurActiveリンク先を新しいウィンドウでひらくEuobserverリンク先を新しいウィンドウでひらく ほか各ウェブサイト
  • Supiot A., "Viking-Laval-Ruffert: Economic freedoms versus fundamental social rights - where does the balance lie?" (2008)
    Hoek, A and Houwerzijl, M., "Comparative study of the legal aspects of the posting of workers in the framework of the provision of services ini the European Union" (2009)
  • Ewing K., "The Draft Monti II Regulation: An Inadequate Response to Viking and Laval" (2012)

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