2020年までに2000万人の雇用増を
―欧州委、新たな中期プラン発表
欧州委員会は4月、経済成長と雇用拡大に向けた中期的な計画「Towards a job-rich recovery」(豊富な仕事を伴う景気回復に向けて)を発表した。失業者等の雇用に対する助成や社会保険料の軽減、またグリーン経済や医療・介護、ITなどの成長分野における雇用創出策などで、2020年までに2000万人の雇用増を目指す。また、域内の労働市場の一体性や柔軟性を維持しつつ、低賃金・不安定雇用の対策を図ることなどを盛り込んでいる。
ユーロスタット(EU統計局)によれば、2012年2月の失業率はEU加盟27カ国平均で10.2%と前月から0.1ポイント増加、失業者数は2,455万人となった。中・北欧諸国の低失業率とは対照的に、スペインやギリシャ、ポルトガルなど南欧の各国やアイルランド、旧東欧諸国などで高い失業率が記録されている。若年層(25歳未満)の失業率も、EU27カ国平均で22.4%と上昇が続いており、スペインやギリシャでは50%を超えた。多くの国で景気が減速していることを受けて、2011年第4四半期のEU27カ国の経済成長率はマイナス0.3%、2012年にもゼロ成長(ユーロ圏はマイナス0.3%)が予測されている(注1)。不況期に各国で拡大した財政赤字や累積債務の削減のため、EUでは既存の財政規律に関する枠組みを強化する議論が進められているところだ(注2)。既に各国では、社会保障給付や公共サービスなどの予算削減、公共部門における人員削減や賃下げ、また雇用規制の緩和など多様な施策が実施されており、財政状況は全体として若干改善している。しかし、歳出削減策の影響もあり景気や雇用状況は悪化の傾向にあり、結果としてむしろ債務削減を阻害しているとの指摘も見られる(注3)。また、歳出削減に抗議する大規模なデモや、公共部門を中心に労組によるストライキが各地で頻発、政治的・社会的な状況の悪化を招いている(注4)。
EU各国の失業率と若年失業率 2012年2月(単位:%)
注:ギリシャ、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、イギリスは、全体の失業率ならびに若年失業率のいずれも、またキプロス、ルーマニア、スロヴェニアについては若年失業率のみ、11年12月時点のデータ。
出典:Eurostat
財政赤字と累積債務の対GDP比 2010年~2011年(単位:%)
出典:Eurostat(各年)
記録的な失業率の悪化と景気低迷の予測をうけて、欧州委員会は4月、雇用創出や労働市場改革、加盟国間の一層の政策協調などを柱とする中期的な政策パッケージ案「Towards a Job-Rich Recovery」を発表した。中心となる雇用創出策は、グリーン経済(資源・エネルギー効率の向上等に関する分野)や医療・介護、ITといった成長分野への人材育成やインフラ整備で、欧州委は2020年までに2000万人以上の雇用拡大を見込んでいる(注5)。また、失業者などの雇用に対する助成、社会保険料の引き下げと環境税へのシフト、社会的企業や起業支援などで労働需要を喚起するとともに、ヤミ労働の取り締まり強化や、低所得就労者向けの所得補助による就労を通じた所得の増加などを提案している。加えて、賃金決定手法の改革により、生産性に応じた柔軟な賃金水準の調整を可能とし、競争力の維持を図るべきであるとしている(注6)。
労働市場改革としては、従来から提唱している労働市場の柔軟化の促進と、失業者に対する訓練等の施策の充実を組み合わせた「フレクシキュリティ」をベースとしつつ、不況期に広く行われた操業短縮等による雇用維持への公的補助や、労働時間口座制度など、企業内部での柔軟性を活用した施策の有効性も認めている。一方で、就労しているにもかかわらず低賃金が理由で貧困状態から抜け出せない層を縮減するため、最低賃金制度などを通じて適切な賃金水準を保証するよう各国に求めているほか、適正な雇用契約の普及のため非正規雇用契約の濫用を防止すること、また教育訓練の質的向上などを提言している。
さらに、失業の要因であるスキルや地理的なミスマッチの解消に向けて、域内の労働市場の統合を進めて人の移動の促進をはかるとしている。具体策として、現在一部の加盟国が行なっているルーマニア、ブルガリアからの移民労働者の就労制限の撤廃のほか、公務部門の一部について自国労働者にのみ就業を認める規制の縮小、専門資格の相互承認、他国で就業する労働者に対する社会保障や年金の権利の保障(一環として、他国での求職活動中に自国の失業給付を3カ月以上受給することを認める制度改正)や権利の周知などを各国に求めている。同時に、EUレベルの求人・求職や就業体験などの情報を集約しているウェブサイト「EURES」(注7)のマッチング機能を大幅に改善する方針を示している。
欧州委は、加盟国におけるこうした施策の実施状況を監視し、各国間の政策協調を強化するため、その進捗に関する点数制度を2013年より導入することを提案している。また、EUならびに各国レベルの労使などの政策立案への関与を強化する方策として、既存の三者構成による定期的な会合に加えて、新たに賃金に関する議論を行なう場を設けるとしている。併せて、雇用政策などの実施を財政的に支援する既存の制度(社会基金など)の活用を各国に呼びかけている。
注
- 経済・財政総局の中期予測は、2012年には17カ国がプラス成長、1カ国が横ばい、9カ国がマイナス成長すると見ている。高い成長が見込まれているのは、ポーランド(2.5%)、リトアニア(2.3%)、ラトヴィア(2.1%)など。逆に大幅なマイナス成長が予測されているのは、ギリシャ(マイナス4.4%)、ポルトガル(マイナス3.3%)など。
- 1997年に締結された「Growth and Stability Pact」は、財政赤字のGDP比について3%、累積債務について同60%の上限を設け、これを超えてかつ有効な改善の取り組みが行なわれない場合には、GDPの0.2%相当以上の罰金を科すことを定めた。しかし、金融危機以降の各国における急速な財政悪化などから、財政規律に関する制度を強化する必要が議論されてきたところだ。2012年からは、毎年の各国の予算案や経済政策等に関して、事前の調整や各国間の協調をはかる「European Semester」制度が導入されたほか、2011年末に加盟25カ国(イギリス、チェコを除く)が締結した「Euro Plus Pact」に基づき、構造的予算の均衡の各国における法制化や、欧州委による各国予算案の監視強化などが目指されているところだ。
- 例えばIMFは4月の「世界経済見通し」で、先進国は中期的には財政緊縮策を進める必要があるが、景気回復を阻害する手法は取るべきではない、と述べている。またILOも4月末に公表した報告書「労働の世界」の中で、歳出削減による財政危機の悪化を指摘している。さらにOECDも、ユーロ圏の経済情勢に関する3月のレポートにおいて、歳出削減策が景気の下ぶれリスクとなる可能性を示唆、財政状況に余裕のある国は、景気の状況に応じてそのペースを緩和する選択もありうるとの見方を示している。ただし、現在財政支援プログラムの適用を受けている国や、市場に注視されている国は、設定された目標値の達成に専念し、必要に応じた追加的な歳出削減策を実施すべきであるとしている。
- 昨年から今年にかけて、財政危機の対応策をめぐる政治的な混乱から、多くの加盟国で政権交代や、引責辞任に伴う首長の交代などが生じている。
- EUは2010-2020年の中期目標「Europe 2020」の一環として、就業率を75%に引き上げるとしている。欧州委によれば、その達成には2020年までに1760万人分の雇用創出が必要となる。
- 例えば欧州理事会は2011年7月の文書で、スペインにおける州別・業種別労働協約が支配的な賃金決定システムの硬直性を批判している(Council recommendation of 12 July 2011 on the National Reform Programmes)。
- http://ec.europa.eu/eures/
参考資料
- European Council、European Commission、Eurostat、Euractive、Euobserver、BBC、The Guardian、ILO、OECD ほか各ウェブサイト
2012年5月 EUの記事一覧
- 2020年までに2000万人の雇用増を―欧州委、新たな中期プラン発表
- 海外派遣労働者の権利保護に関する法律案
関連情報
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