自社株提供の従業員に対し解雇規制を緩和
―成長促進策の一環で新提案

カテゴリー:非正規雇用労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2012年11月

ビジネス・イノベーション・技能省(BIS)は10月、雇用権の規制緩和に関するパブリック・コンサルテーションを開始した。従業員に対して2000~5万ポンド相当の自社株式を提供する代わりに、不公正解雇の申し立て権などを放棄させることを認める制度を提案している。政府は成長促進策の一環と位置づけており、経営側の一部は賛同しているものの、関係者からは実現可能性などを含め、批判的な意見が多い。

不公正解雇の申し立て権など放棄

今回提示された新たな政府案は、10月の保守党大会で財務相が明らかにしたものだ。直後に開始されたコンサルテーションにおける政府文書によれば、雇用主は従業員に対して2000~5万ポンド相当の自社株式を提供(注1)、従業員が離職等に際してこれを売却する場合、売却益に係るキャピタルゲイン税が免除される。従業員は株式の提供を受ける代わりに、不公正解雇の申し立て(差別による場合を除く)や解雇手当、柔軟な働き方の申請権、訓練休暇の取得権を放棄するほか、出産休暇中に当初予定よりも早く復帰を望む場合に雇用主に対して通知を義務付けられる時期が従来の8週間前から16週間前に早められる。雇用主は、制度導入時に既に雇用している従業員については、持株制への参加の有無を選択させなければならないが、新たに雇用する従業員に対しては参加を義務付けることができる。制度の適用について企業規模等の限定はないが、政府は急成長の途上にある小規模企業による利用を見込んでいる。

政府は、雇用権の一部が除外となるこうした労働者を、共同所有被用者(ownership employee)と呼んで雇用法制上の新たなカテゴリ(別表)と位置づけており、2013年4月の導入を目指して早期に立法手続きを行なう意向を示している。

政府は従来から、解雇規制の緩和を通じて雇用主が労働者を雇用し易い環境を作りたい意向を示しており、昨年には首相からの諮問を受けたベンチャー・キャピタリストが、雇用法制の規制緩和に関する提案の一環として小規模企業に対する解雇規制の適用除外などを答申していた(注2)。しかし、労組はもとより経営側からも思わしい支持を得られず、またビジネス・イノベーション・技能相もこれに難色を示したため、結果として採用されなかった。パブリック・コンサルテーションで寄せられた主な反対意見は、提案の求める「過失に基づかない解雇」(no fault dismissal)を認めても新たな雇用の創出には結びつきにくいこと、また小規模企業の負担軽減に必ずしも寄与しないばかりか、むしろ成長を阻害しかねないこと(注3)などを理由とするものだったという(注4)。

労働側「さらなる雇用権弱体化」と反発

先の解雇規制緩和案に反対したビジネス・イノベーション・技能相は、新提案を受け入れる意向を示している。従前の案とは異なり、「全ての企業に適用されるわけでも、従業員に強制されるわけでもない」というのが基本的な立場だ(注5)。従業員持株制を含む従業員共同所有制度については、従来からBISが促進を検討していたが、従業員の意欲を高める仕組みとして打ち出された側面が強く、これまでは雇用権の放棄と関連付けて提案されていなかった。

労働側は同案について強く反対している。イギリス労働組合会議(TUC)は、既に先進国でも雇用規制が最も緩やかな国のひとつであるイギリスにおいて、さらに雇用権を弱めようとしている財務相は、存在しない問題を解決しようとしていると批判している。また公務・製造・運輸部門などを組織するGMBは、共同所有制度を偽装した雇用権の弱体化は、雇用も創出しなければ成長も生まない、と述べている。シンクタンクのCIPDも、持株制は雇用権や良質な人材管理の代わりにはならないとして、政府案に反対している。

経営側は賛否分かれる

経営側の間でも、賛否は分かれている。経営者協会(IoD)は、革新的な提案であり雇用主と従業員双方の利益になりうるとして、普及促進を政府に求めており、複数の雇用主が同様に政府案に賛同する声明を発表している。一方、イギリス産業連盟(CBI)やイギリス商業会議所(BCC)は、政府案に一定の意義は認めつつも、ニーズはごく一部の新規企業に限られるだろうとの見方を示している。このほか企業からは、雇用権を売買することによって一般からの信頼を低めかねないとの懸念や、本来は従業員との信頼関係が前提であるべき共同所有と雇用権の放棄は矛盾している、といった指摘がなされている。共同所有を導入している企業の連合体である従業員共同所有協会(Employee Ownership Association)は、共同所有の普及に雇用権や労働条件の引き下げは必要ないとコメントしている。

このほか法曹関係者などからは、新規採用者に強制を可能とすることへの違和感や、手続きやコストなどとの兼ね合いから実現可能性に関して懐疑的な意見がみられる。また、そもそも2000ポンドの株式は放棄する雇用権と見合うのか(注6)など、従業員の利益にはなりにくいとの指摘も多い。

なお、起業支援等を行なう団体Preludeの調査では、8割近くが雇用法制の緩和を求めるものの、今回の政府案には28%の企業が賛同するに留まっている。また、調査会社Yougovによる一般向けの調査では、20%が制度に賛成、63%が反対している。

新たな労働者カテゴリの雇用法制上の位置づけ
  雇用法制適用 適用外
被用者 労働者
(派遣、請負等)
共同所有
被用者
自営業者
(請負等)
不公正解雇申し立て権
(勤続2年後に付与)
× × ×
不公正解雇申し立て権
(差別による場合-自動的に不公正解雇となる)
× ×
解雇予告期間 × ×
整理解雇手当 × × ×
整理解雇に関する労使協議 × ×
事業譲渡における雇用保護 × ×
出産・両親・養子休暇の取得 × ×
柔軟な働き方の申請 × × ×
有期被用者の均等待遇 × ×
全国最低賃金の適用 ×
賃金の違法な減額の禁止 ×
年次有給休暇 ×
休憩 ×
差別禁止
パート労働者の均等待遇 ×
訓練休暇の申請 × × ×

出典:"Consultation on implementing employee ownerstatus", BIS

参考資料

参考レート

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