揺らぐマイスター制度
―EUの自由開業原則と技術革新への対応で

カテゴリー:人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2011年11月

ものづくり大国を支えてきたドイツのマイスター制度が大きく揺らいでいる。ドイツでは、手工業の41業種に開業前のマイスター資格取得を義務付けている。しかし、EUでは、そのような義務付けはなく、欧州裁判所はドイツ国内での他国の労働者への義務付けはEU指令違反との判決を下している。加えて、技術革新の進捗にマイスター制度が果たして対応しきれているのかという疑問の声もあがっている。同制度は「内」と「外」から、いま強い風を受けている。

EU判決、他国手工業者への義務付けは違反

欧州裁判所(EuGH)は2003年、「他国の手工業者に対して、ドイツ国内でマイスター資格の取得を要求するのはEUのサービスの自由に違反する」との判決を下した。この判決以降、EU加盟国からドイツに来る手工業者は、他国で3年間独立して事業を営んでいる者であれば、国内での開業が許されるようになった。ただし、このルールはドイツ人の手工業者には適用されないため、差別ではないかと疑問視する声がある。さらに、ドイツ人手工業者に対してのみマイスター資格がない場合の開業を禁じることは基本法で保護された「職業の自由」を制限していると主張する声も上がった。

ドイツではこの判決と同時期、マイスター資格の取得義務に関する議論の高まりや高失業率を背景に、マイスターの職業リストが整理され、資格取得義務を要する業種数が大幅に削減された。2004年1月に施行した新手工業法(HwO)によって、開業にマイスター資格が必要な業種はそれまでの94業種から41業種へ半減。同時に41業種に該当する場合でも、一部を除き、職人として6年間経験を積み、そのうち指導的地位に4年間就いていた場合は、マイスター資格が無くても開業できるようになった(職人頭規定による例外)。

連邦裁判決、現行制度を支持

グローバル化の流れの中で近年大きく変更したマイスター制度だが、今般さらに規制緩和が進むかどうかで注目された裁判の判決が、2011年8月31日に連邦行政裁判所で出された。訴えを起こしたのは、美容師の女性1人と、屋根ふき職人の男性1人。2人は手工業者リストに登録せずに独立開業することを求めていたが、裁判所はどちらの訴えも退け、「開業にマイスター資格は必要」と現行制度を認める判決を下した。

判決では、マイスター制度は基本法で保護されている「職業の自由」を侵害することはなく、EU加盟国からの外国人に対しても不利益を被ることはない、としている。この判決によって、「危険性のある」41業種に対するマイスター資格の取得義務は、存続されることとなった。41業種には、「足場組み職人」、「左官職人」、「食肉業者」をはじめ、今回、審理対象となった「屋根ふき職人」や「美容師」も含まれる。連邦行政裁判所は、これらの職業に対する参入制限は、手工業の遂行に伴う危険から第三者を守るために「適切であり、必要である」との判断を示した。そして「マイスターの称号および長年の職業経験は、手工業者がきちんとした安全な仕事を提供することを保証するものである」とした。

会議所「マイスターは最高の資格」

マイスター制度を主宰する手工業会議所(ZDH)は、こうした訴訟への警戒を強めている。ZDHのアレクサンダー・レゴフスキ広報担当は「ドイツの大工、足場組み職人、パン職人などは、マイスター資格の取得義務によって差別されるどころか、優遇されている」と現行制度を擁護する。同氏は地元紙の取材に「マイスターは我々が提供する最高の資格だ。多くの手工業者は、マイスター資格が国外で高い評価を受けているのを知っている」と答えた。

技術革新への対応などで疑念も

今回の裁判で原告(屋根ふき職人)の弁護を務めたヒルケ・ベッチャー氏の目には、こうした手工業会議所の「マイスター」に関する見解は、「高慢な身分意識とかなりの時代遅れ」に映る。ベッチャー氏によると、マイスターは今日ではむしろ管理運営の業務に携わっており、建設現場で実際に働いているのは従業員や職業訓練生である。さらに、技術職では特に多くの技術革新が生まれており、1970年代や80年代に資格を取得したマイスターに、今日の職人と同レベルの知識があるのかについても疑問視している。「30年前にマイスター資格を取得した自動車機械工が、最新の自動車のコックピットを修理できるとは思えない」とベッチャー氏は言う。

これに対して建設関連法が専門のフランク・ディアカー弁護士は、ドイツの厳しいマイスター制度は将来も固持することが正しいと考える。ディアカー氏は、「マイスターがいる建設現場では粗雑な仕事をすることが少なく、資格取得にいたる訓練制度も優れていると思う」と述べる。しかし、それでもディアカー氏は、マイスター資格の取得義務は長期的に見れば時代の流れの中で解除されていくと見込んでいる。

参考資料

  • Bundesverwaltungsgericht  Pressemitteilung(31/08/2011)、The Court of Justice of the European Union(11 December 2003 C-215/01)、Financial Times Deutschland(30.08.2011)

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