労使紛争の行方

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2010年8月

中国で労使紛争が多発している。ストライキが起きたのは、沿岸部を中心に日系企業を含む外資系メーカー工場など。5月中旬のストで南海ホンダなど複数の自動車部品工場が操業停止にまで追い込まれた。この余波はトヨタ系の部品工場、さらには電子部品工場や物流、スーパー・小売など他業種にも飛び火した。相次ぐ労働争議で中国に進出する外資系企業は不安の渦に巻き込まれている。

自動車部品工場でスト発生

広東省南海に位置するホンダ自動車部品工場でストライキが発生したのは5月17日。南海のホンダは、広州ホンダの部品供給業者で、ホンダの中国における全額出資の子会社である。2007年3月に生産を開始した。

当日午前中、組み立て工場の一部労働者が賃金問題に言及して「現在の待遇が低すぎる」など口々に不満を述べていたという。次第に人が集まり100名余りの労働者が工場の敷地内の運動場で座り込むなどしてストライキを始めた。その後も参加者は増え続けあわせて150名程度の労働者が座り込みに参加した。彼らの要求は、現在の賃金をもとにさらに800元の基本給を上乗せすることであった。会社側は事態の打開を図り一週間後に回答することを約束したため、座り込みは当日の午後1時すぎに一旦は終息した。

従業員の賃金アップの要求に対して、当初南海ホンダの経営側が提示した案は、職能賃金から一部を取り出して基本給に算入するというものであった。こうすれば労働者の基本給部分が新しい最低賃金920元/月の基準に達する。しかし、これでは手にする収入の実質的な増にはならないため労働者はこの案に同意しなかった。

南海ホンダの再提示は5月21日、「賃金を上げることはできないが、食費を50元アップする」としたものであったが労働者はこれにも満足せず、事態は二回目のストライキへと発展した。

複数の工場が操業停止へ

この動きはさらに他工場へも伝播していく。24日の遅番からホンダの増城と黄埔の工場が生産を停止。さらに、26日の遅番から湖北省武漢の工場も生産停止に陥った。

南海ホンダは26日午後、新たな案を提示する。それは、各従業員に対して320元の賃金アップを行うというものであったが、この提案も不満として拒否された。その後労働組合、労働保障部門各レベルの調整を経て、南海ホンダは31日、正規従業員の最低賃金をそれまでの水準から366元(24%)引き上げる案を打ち出した。結局従業員はこの新しい和解案を受け入れストは終結、労使紛争による生産停止に追い込まれた南海ホンダは当日より生産を再開した。

労使紛争はなぜ起きたか

ストライキの背景は何だったのか。佛山市では2010年5月1日から最低賃金基準額が770元/月から920元/月に引き上げられている。中国の最低賃金は全国統一のものではなく、省・自治区・直轄市の地方政府がそれぞれ定める。昨年は経済危機の影響から引き上げが全国的に見送られたが今年はその分大幅な引き上げが相次いでいた。広東省の最賃引き上げもこうした動きに呼応したものであるが、これが今回の紛争とまったく無関係であるとは言い切れないだろう。

南海ホンダの賃金は政府が定めた最低賃金基準を上回るものとなっている。この意味では法律に違反しているわけではない。事実、事件発生当日、南海区労働観察部門と区の労働組合が組織した関係者が現場に直行し状況を把握したが、その報告は「関連の条例に照らして、工場側には何の違法行為も見つからなかった」というものであった。関係者によると、「職能賃金または手当ての形式で支給される賃金も賃金の構成部分であり法律に反しているわけではない。ただ労働者の考えは違っていた」という。従業員が考える最低賃金とは基本給の部分のみであり、これが経営側との溝となった。従業員たちは、最低賃金引き上げを機会に賃金アップの実現を願ったわけである。そして行動にうつした。さらに今回の紛争では、中国人従業員と日本人従業員の賃金待遇の差が極めて大きいとの情報が一部で流され、これが労働者の不満に一層拍車をかけたとの見方もある。先進国駐在員と現地従業員間の報酬格差は以前から存在するものであり、これまで特に問題視されることはなかった。では何故いま?という疑問がわくが、これについては中国人労働者の権利意識の変化があげられよう。

中国では2008年、二つの重要な労働関係の法律が施行された。一つが1月1日に施行された「労働契約法」であり、もう一つが5月1日施行の「労働紛争調停法」。この二法が施行されて以降、労使紛争の訴えが行政や裁判所に受理される件数は急増している。紛争の中身は残業代など賃金の未払いや社会保険料の未納などが多いが、個別労働紛争の受理件数は、07年の35万件から08年69万件へと1年で約2倍に増加した。中国労働者の権利意識は次第に高まっている。もの言わぬ労働者はもの言う労働者に変貌しつつあるのだ。

政府はストライキの拡大を否定

陳徳銘商務部長は6月20日、外資系の工場で起きた一連の労使紛争について、「ストライキは個別に発生した出来事であり、全国的な風潮となってはいない」と述べ紛争の拡大を否定した。複数の都市の外資系企業で労働者がストライキにより賃金アップを要求した事件について、中国の政府側関係者が公式に初めて言及したもの。

同部長は香港の衛星放送鳳凰テレビの取材に対し、「広州ホンダ、富士康(注1)などいずれの事例も個別の事象であって全体性を呈しているわけではない。ただ、この一連のストライキは労働者の賃金をめぐって起きた新しい問題であり、これに目を向け、慎重に対処すべきことを政府や企業に気づかせる出来事であったことは確かだ」と語った。

同部長はまた、「現在、世界規模で見ると経済危機はまだ収束しておらず、企業はいまだ厳しい状況におかれている。われわれは労働者の賃金を適度に増やす努力をしなければならないが、しかし一方で企業の受容力にも注意し危機を乗り切っていかねばならない。企業がなくなってしまえば雇用もなくなる」と慎重な対応が必要との考えを示した。今回のような事件を嫌気した外資が海外へ流出することを恐れ、企業にも一定の配慮を示した格好だ。

ただし、「労働力コストの上昇はベトナムなど他のアジアの国々から中国の現在の地位を奪われることにならないか」との質問に対しては、「外資の一部は労働力がより安い国へ向かう可能性があるが、それはほんの一部だろう。中国は依然として労働力面での競争優位を失ってはいない」と述べた上で、「なぜならわれわれにはなんと言っても豊かな労働力がある。人口がピークに達するのは2030年代のことで、人口はそのとき15億人ほどになる。人口増はまだ続くと見られておりわれわれの優位性は変わらない」と強気の姿勢を見せた。

また、同部の姚堅スポークスマンは6月12日の会見で次のように語っている。「現段階の中国の外資環境をどう見るかだが、賃金水準、または廉価な労働力は現段階において中国が外資をひきつける第一の利点ではない。外資に対する中国の最も重要な優位性は、政治環境が安定し、経済が急速な成長を続けていて、法治環境もさらに整備されつつあることである。第二に、中国の市場規模の大きさの優位性。統計によると、中国で運営される約29万社あまりの外資系企業が生産する製品の約63%前後は中国の国内市場で消費されるものであり、輸出されるのはわずかに37%に過ぎない。つまり、外資系企業は中国の市場潜在力に注目しているのである。第三に、中国は産業を体系化し整備する力も整っている。ノートパソコンを例にとると、電子制御製品から付属の包装製品に至るまで一連の関連産業のリンケージが非常に整っている。第四が労働力の優位性である。労働力の優位性では、中西部の膨大な労働力市場が企業のために十分な労働力を提供し、また労働力コストの面でも優位なものとなっているが、これ以上に中国労働力の質が普遍的に向上していることがあげられる。中国では毎年600万人の大卒者および職業教育の卒業生が労働市場に新規参入する。これが企業にとっての良質な人材プールとなっている」。

先富論の先へ

文化大革命で疲弊し貧困に喘いでいた中国経済を立て直すべく鄧小平が唱えたのが「先富論」。経済を外国に開放し、市場経済を導入して、「先に豊かになれる者から豊かになれ」と説いた。1978年の第11期三中全会(注2)以降、その後の中国は改革開放路線を突き進み、沿岸部を中心に目覚ましい経済発展を遂げたのは誰もが認めるところ。先ごろ行われた北京オリンピック、上海万博ではその驚異の発展ぶりを改めて世界に見せつけた。年率10%近い成長率で発展し続けた中国経済は今世紀に入り激しい競争社会へと突入した。外資はインフラの整った沿岸部に集中し、内陸部の農村から農民工が都市部へ流入して現在の究極の格差社会が形成されていった。

ところで、鄧小平の先富論で一般的によく知られているのは「先に豊かになれる者から豊かになれ」という部分であるが、実はこれには先がある。「落伍した者を助けよ」というのが続く後半部分であり、「先に豊かになれる者から豊かになれ。そして落伍した者を助けよ」というのが全文となる。富める者が先に富めば貧乏人にも富が滴り落ちるように分配されるという理論を説いたものだと言われるが、前半部分は鄧氏の描く理想に近付いたものの、後半部分はその意に反して達成できていないというのが現在の中国の姿だといえよう。むしろ、前半部分の予想以上に早いテンポの成功が、後半部分の達成を遅らせてしまった。今後の中国の発展は、先富論の後半部分をいかに達成していくかが課題となる。

前出の姚堅スポークスマンはこう述べている。「これまでの30年を振り返ってみると、外国の投資によって中国経済の発展、就業水準の向上が促進されたが、同時に中国の外資吸収の構造にも著しい変化が生じた。市場経済化が進み、中国が国際経済にますます深く組み込まれていくことに伴い国内の市場規則の整備も進んでいる。工場の流れ作業による生産ラインにも質的な変化が生じ、それと同時に雇用環境、労働者の待遇も著しく向上した。富士康などの事件は中央の行政機関ならびに現地政府の調整により大部分の問題がすでに解決を見ている。これらは、労働の法的枠組みの中に、適切な解決のメカニズムが整いつつあることを証明した」と。しかし同様の紛争が再発しないという保証はどこにもない。

改革開放から30年。南巡講話(注3)で改革開放路線の推進を指示した鄧小平も現在の沿岸部の発展振りにはきっと目を見張るのではないか。しかし中国が正念場を迎えるのはこれからだろう。先富論の後半部分の達成を目指していかに貧富の格差を是正していくのか。政府は非常に難しい舵取りを迫られている。労働者の待遇を向上させ、同時に外資には魅力的な投資環境を提供し続けることはそうた易いことではない。鄧氏は南巡講話において「社会主義の道を歩むのは、共に豊かになることを逐次実現するためである」と述べている。

資料出所

  • 政府プレスリリース、主要地元各紙、海外委託調査員

参考レート

  • 1中国人民元(CNY)=12.52円(※みずほ銀行リンク先を新しいウィンドウでひらくホームページ2010年8月25日現在)

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