世界の団体交渉・労働協約の動向
―団体交渉に関するILOハイレベル三者会合レポートより

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2009年12月

2009年は国際労働機関(ILO)が1949年に団結権及び団体交渉権条約(98号)を採択してから60周年に当たる。ILOは2009年11月19日、20日の両日、ジュネーブ本部で「団体交渉に関するハイレベル三者会合」を開催した。本稿では、世界各国・地域の概況を把握し、団体交渉の最近の動向を検証し、社会的パートナーによる経済危機への対応方法を含めた画期的な対策を浮き彫りにすることを目的に同会合に提出され、議論の前提となったレポートの要約を紹介する。

1.概況

労働協約は現在数多くの国々で労働条件を改善し、社会正義を前進させる主な手段となっている。団体交渉の主要な論点は賃金と労働時間であるが、そのほかにも年次休暇、労働安全衛生、職業訓練、均等待遇、生産性、家庭責任など多様なテーマが含まれることが多い。団体交渉は労使関係を制度化し、対話を通じて職場での紛争を解決する手段でもある。これは職場での信頼と協力を築くことに役立ち、健全な労使関係を築く基盤となっている。意思決定権限のバランスをとる団体交渉は、経営者または経営者団体と労働組合の間に真の「社会的パートナーシップ」を構築するために不可欠なツールでもある。社会的パートナーは、現在の経済危機のような経済社会の変動において、労働者と経営者双方の関心に応えるような対処法を探るためのプロセスとして団体交渉を利用することができる。

市場のグローバル化は企業に柔軟性を求める圧力を強めた。企業はこれに対応して新しい形態の作業プロセスを導入することとなり、雇用慣行は変化を余儀なくされた。このことが、より柔軟性の高い労働時間の取り決めと、非正規雇用の増加につながった。新技術やより柔軟性の高い作業プロセスは、労働者により高次のスキルや訓練を要求する。この競争力向上の追求には、雇用関係の個別化と、一部の国々における団体交渉の後退が伴った。また、全雇用に占める製造業の割合の減少とサービス業が占める割合の増加を伴う産業構造の変化は、多くの国々で労働組合運動の基盤を侵食した。こうした変化は、団体交渉に重要な課題を突き付けることになった。すなわち、団体交渉の慣行と構造が機動性を維持するためには、現状に順応することと、交渉事項の幅を広げて新たな関心事に対応することが必要となっている。

多くの国で労働組合員が減少している一方、労働協約の対象労働者の数は一部の国では比較的に安定を維持している。ILOは2008-2009年に労働組合の組織率と労働協約の適用率に関する調査を実施した。(注1)この調査の中間集計は、社会的パートナーの努力を支援することの必要性を浮き彫りにした。調査データは、労働条件を規制する上で団体交渉が果たす役割が高所得国と低所得国で大いに異なっていることを示している。高所得国においては、労働協約の適用対象労働者の占める割合が、労働組合の組織率に等しいかこれを上回っている。対して発展途上国は、労使関係を支持する制度が弱体で、労働協約に携わりその協約の適用対象となっている労働者の占める割合が依然としてきわめて低く労働組合の組織率を下回ることが多い。インフォーマルセクターの労働者が含まれる場合にはそれが顕著である。

2.世界各国・地域の動向

世界各国・地域の動向に目を向けると、団体交渉の方法は依然として実に多様である。ここでは、グローバルなレベルにおける重要な動向のいくつかを明らかにする。多くの国では企業レベルにおける団体交渉活動が増えているが、少数の国では産業レベルでの交渉へのシフトも観察されている。共通する特徴の一つは、柔軟性を可能にする条項が多く導入されていることである。

(1)アフリカ地域

アフリカ地域における多くの国では、団体交渉の法的、制度的な枠組みに大きな進展があった。制限的な登録政策を廃止し(ボツワナ、ウガンダなど)、労働組合の独占に対する国の支援に終止符を打ち労働組合の多元的共存を認め(ガーナ、タンザニア、エチオピア、モーリタニア、ナイジェリアなど)、団結権を公的部門に拡大(ボツワナ、ナミビア、ガーナ、モザンビークなど)などによって団結権を強化した国があった。

またいくつかの国は、団体交渉とその円滑な運用を助長するために新たな労使関係の制度を設けた。例としてはセネガルの国家社会対話委員会(National Social Dialogue Committee)のような三者の社会対話制度、南アフリカにおける公的部門調整交渉審議会(Public Sector Coordinating Bargaining Council)のような新たな交渉メカニズム、タンザニアにおける調停仲裁委員会(Commission for Mediation and Arbitration)のような新たな紛争解決機関などがある。(注2)

法律と制度の枠組みには進展が見られたものの、この地域の多くの国において団体交渉は依然として発展が遅れている。理由はいくつもある。多くの国が構造調整プロセスの結果として、フォーマルセクターの雇用と労働組合員の激減を経験した。正規の賃金雇用が雇用に占める割合はほとんどの国で極めて小さく、労働者の大多数はインフォーマルセクターまたは農村部門において無償労働に従事している。この中で労働組合は細分化され、弱体化する傾向にある。

団体交渉の構造は地域全般を通じて多様で、交渉は様々なレベル(企業、セクター・産業、中央・国家レベル)で行われるか、同時に複数のレベルで行われている。タンザニアでは公的部門の労働者の団体交渉は集中化されているが、民間部門では企業ごとに行われている。ガーナでは、国家三者委員会(National Tripartite Commission)が最低条件を定め、それが企業レベルにおける交渉基準としての役割を果している。産業内部における「パターン交渉」という伝統もあり、例えば大学教員協会(University Teachers Association)はガーナ医師会(Ghana Medical Association)と大学付属病院(Teaching Hospitals)による合意をモデルとしている。ナイジェリアでは、経営者団体と複数の労働組合が産業全般にわたる協約の交渉を行い、それが企業レベルで交渉され補足される。カメルーンでは、国が産業・セクター協約交渉の円滑化に関与する。ニジェール、セネガル、トーゴやコンゴ民主主義共和国におけるように、三者による社会対話の制度が健全な労使関係を促進し、インフォーマルセクターの労働者を包含する上で重要な役割を果している国もある。

正規の賃金雇用が比較的多い南アフリカでは、交渉審議会が労働条件を調整する上で重要な役割を果す。交渉審議会の協約は、同審議会の範囲に属する非当事者(経営者団体に加盟していない企業)にも拡大適用することができる。交渉審議会そのものが、自身の労働協約の執行とモニタリングに責任を負っている。社会的パートナーは交渉審議会を介して本質的に「自己規制」を行っているため、国は雇用条件委員会(Employment Conditions Commissions)を通じて他の部門における雇用の基本的条件を定めることに専念している。

労使紛争が増加している国がいくつかあるが、団体交渉のプロセスが民間部門におけるほど発展しておらず、労使関係が相対的に未成熟な状態にある公的部門ではそれが特に著しい(南アフリカ、ナイジェリアなど)。これに対してガーナは労使紛争件数の減少を見たが、その原因の一部は、新設の国家労働委員会(National Labour Commission)が予防的で先見的な役割を果したことであった。多くの国で紛争解決のための新たな機関が数多く設けられたにもかかわらず、その効果的な資金調達は依然として大きな課題である。一部の国々では政治情勢が依然として不安定なため、健全で生産的な労使関係の発展を促進し、労働条件を改善するための手段として団体交渉が利用されることに有望な見通しはない。

(2)南北アメリカとカリブ海諸国地域

南北アメリカとカリブ海諸国にも、法的、制度的な進展が数多くあった。米国では新たな法案(注3)で労働組合に対する認識と交渉権を強化しようとする試みが行われている。カナダでは最高裁が、労働組合員はカナダの人権自由憲章によって団体交渉に携わる権利を保護されているという判断を示した。カリブ海諸国のいくつかは、新たな団体交渉促進手続きを制定し、誠実に交渉を行う義務を導入した(ジャマイカ、バミューダ、グレナダなど)。南米における問題の一つは、従来型のものにとって代わる労働者組織による団体交渉の促進である。ILOの結社の自由委員会(Committee on Freedom of Association)は、既存の代表組織に注意を払わない直接交渉は国際基準に逆らう可能性があるという認識を示している。一部の国々は団体交渉を促進する手続きを改変し新たな手続きを制定した。ウルグアイは団体交渉権を強化する規則を採用し、公的部門において団体交渉権を拡大する法案を可決した。アルゼンチンは誠実に交渉を行う義務の範囲を広げ、様々なレベルで交渉を復活させた。

米国では、ストライキ中の恒久的代替要員の利用と、雇用問題を個別化しようとする経営者の戦略に関する裁判所の判決が、労働組合の組織率と労働協約の適用率に劇的な影響を及ぼした。(注4)最近のデータによると、労働者の大多数が組合に賛成の投票をした後で協約締結に成功しているのは新たに認定された交渉ユニットのわずか56%である。興味深いことに健康保険と年金給付は、すべての団体交渉協約の半数近くに含まれている。労働条件の規制において団体交渉が果たす意義は、労働協約が賃金労働者の31.5%をカバーすると見られるカナダにおいてより安定している。

他方、南米の多くでは、団体交渉は発展が遅れたままである。ウルグアイとアルゼンチンを除くと、労働協約の適用対象労働者の割合は低く、その幅はエルサルバドルにおける賃金・有給労働者の4.1%、コスタリカの16.2%となっている。公的部門でも労働協約の適用率が下がっており、民営化または再組織化が特定サービスの外注化につながった分野ではそれが特に顕著である。この地域では一般に企業レベルでの交渉が重視されており、中米およびアンデス地域では特にそれが強い。またこの地域では、労働組合結成の基準が労働者20名から40名であり、インフォーマル経済が大規模であることと零細企業が支配的であることが団体交渉を妨げていると見なされる。

ブラジルでは、団体交渉は主に州・市町村レベルで行われる。州・市町村レベルの労働協約は一般に最低基準を定め、それが企業と労働組合との交渉によって引き上げられる場合がある。ブラジルの銀行部門において興味深い進展があった。交渉戦略と官民両部門の銀行労働者を拘束する労働協約を調整するために、経営者団体と労働組合が業界全般にわたる全国的な協会を結成した。

ウルグアイでは2005年に賃金審議会(Wage Council)が強化され、農村労働者と家内労働者を扱う新たな審議会が設けられたため、団体交渉が再活性化された。賃金・有給労働者の89%が労働協約の適用対象となっていると推定されている。賃金審議会が実現した部門協約はある程度の柔軟性を認めている。例えば、一部の部門では協定当事者が経済が苦境にある場合には契約の期間を短縮する「安全条項」が含まれている。

(3)アジア太平洋

アジア太平洋地域では、労使関係の制度的枠組の発展段階が非常に異なる。その一極にあるのが、オーストラリア、ニュージーランド、日本やシンガポールなど、労使関係が比較的発達している国々である。他方、カンボジア、中国、モンゴル、ネパールやベトナムなどの移行経済国は新たな労使関係の枠組を設けつつある段階にある。この地域における法改正には、こうした異なる発展段階が反映されている。インドネシアのように、より民主的な統治に転換した国では、団結権の強化と承認手続きの制定が大きな焦点となっている。(注5)移行経済国は、新たな労使関係制度の構築を目指す一連の法的、制度的なイニシアチブを導入している。交渉の構造・慣行を形作る上で国が重要な役割を果しているマレーシアとシンガポールでは、より手続き的な性質の強い法改正が行われた。ただし、公的部門の労働者が今なお団体交渉権を享受していない国は数多い。オーストラリアとニュージーランドでは集団的労使関係の規則と手続きに関する規制が大幅に緩和された後、最近の改革により団体交渉に対する支持が再確認され、ニュージーランドでは公的部門における団体交渉のシステムが拡大された。

この地域のほとんどの国では、企業レベルでの交渉が引き続き交渉の主流である。その例外には、スリランカにおけるプランテーション部門と、インドにおける木綿、繊維、プランテーション部門などの部門協約がある。ネパールで進行中の労働市場改革も、部門レベルでの団体交渉の強化を目指している。非正規雇用の急増に直面した韓国のいくつかの労働組合は、これまで企業を基盤としてきた労働組合を産業基盤の組合に再編するための全国的なキャンペーンに着手した。韓国における団体交渉はまだなお主に企業レベルで行われているが、銀行・医療保険・金属などの部門では、交渉がある程度部門レベルへと移行しつつある。

中国では、特に2000年代初期から団体交渉の慣行に大きな変化が生じている。公式統計によれば、2008年には1億4,900万人の労働者が労働協約の適用対象となっている。政府と社会的パートナーは三者メカニズムを用いて団体交渉の適用対象の拡大を進めてきた。こうした労働協約と団体交渉のプロセスの質については疑問が残るものの、その質が着実に向上していることを示す若干の兆しがある。地域・部門交渉も、徐々に広がってきた。この進展は、労働組合が企業レベルで個々の経営者に依存しているという慣行的な問題を克服する上で重要なものだと見なされている。一部の地方ではこのことが、強制的な地方の最低賃金を上回る最低賃金の交渉を行うことへとつながった。

この地域では企業レベルでの交渉が支配的であることから、経済全般にわたって賃金の妥結を調整するに当たっては特定のメカニズムが重要な役割を果している。例えばシンガポールでは、企業レベルでの交渉で採用される全国的なガイドラインを出す上で、三者による国家賃金評議会(National Wage Council-NWC)が重要な役割を果している。スリランカでは経営者団体が団体交渉の調整において中心的な役割を担っており、セイロン経営者連盟(Employers’ Federation of Ceylon)以外で労働協約の締結に達することはない。

日本では、春闘が伝統的にこの点において重要な役割を果してきた。春闘とは、部門組合が調整する形で賃金交渉をリードするメカニズムである。しかし近年は景気の低迷が定期昇給を勝ち取る労働組合の力を制限してきたため、春闘は弱体化してきた。このことは、個々の企業交渉が競争力を維持するために、春闘の賃金妥結を敬遠し始めるという結果にもつながった。このように伝統的なシステムの役割が弱体化したため、春闘が果すべき新たな役割が探られており、このメカニズムは再活性化の時期を経つつある。全国レベルでは連合(Japanese Trade Union Confederation)が、大企業で働く労働者と中小企業の労働者の間や、正規労働者と非正規労働者の間の賃金不均衡を縮小する手段として春闘を活用するようになった。部門レベルで見ると、電機連合(Electrical Electronic & Information Unions)は2007年の春闘で、企業が異なっても等価の業務に同一賃金を勝ち取るために、新たな賃金要求算式を用いた。

この地域において団体交渉に対する最も顕著な制約の一つは、社会的パートナーの力の弱さである。カンボジア、インドネシア、パキスタンやフィリピンでは、労働組合の乱立が団体交渉の進展を妨げてきた。さらに、カンボジア、中国、モンゴルやベトナムなどの移行経済国においては、経営者団体が出現したのはつい最近のことである。こうした地域の多くでは、労使関係がきわめて敵対的である。インドでは、2009年に航空部門で行われた2件の大型ストライキでこのことが明らかになった。スリランカでは、公的部門で集団的労使紛争が増えてきている。紛争解決システムの発展が遅れているネパールでも、労使関係はきわめて敵対的である。中国とベトナムでも、市場を基盤とする新たな雇用関係から生じる緊張を原因とする紛争の激増が見られ、労働法の整備と労使関係制度の発展が待たれる。

(4)欧州と中央アジア

他の地域と同様に欧州でも国ごとに大きな相違が見られる。団体交渉の枠組と制度の発展に関しては、大きく三つのグループに分けることができる。第一のグループにはEU指令が法的・制度的な進展を形成する拡大欧州連合(EU)諸国が含まれる。第二のグループにはモルドバと西バルカン諸国が含まれ、第三のグループはロシアを含む独立国家共同体(CIS)によって構成されている。

第一のグループに含まれるEU15ヵ国(旧加盟国)(注6)については、比較的よく整った労使関係システムによって手続き上の修正が導入され、労働協約の適用対象をより弱い立場の労働者へと拡大している。フランスが代表に適用される規則を変更し、企業レベルの交渉の範囲を広げる改革を導入したのもその一例である。(注7)ノルウェーでは、新たな法律が移民労働者の割合の多い部門における労働協約拡大の有効性を高め、下請業者の雇用する労働者に労働協約を適用できることを確保しようとしている。

EUの新規加盟国においては状況は若干異なる。多くの国が団体交渉の範囲を拡大し、団体交渉の手続きを定める労働法を採択した。チェコ共和国は労働協約を拡大適用する手続きを定め、(注8)ブルガリアは認定の基準と様々なレベルにおける団体交渉の実施を規制する法改正を導入した。(注9)

慣行に関しては、EU加盟国のいくつかに、労働協約の拡大適用を特徴とする労使関係制度がある。この制度を持つ国々では労働協約の適用率が労働組合の組織率より高くなる傾向がある。これらの国々の多くでは団体交渉は主に部門レベルで行われている。その他の国々では団体交渉は集中化されたレベルで行われるが、その後に行われる部門交渉が全国的な部門間協約の実施または拡大適用に大きな役割を果している。部門間交渉は、フランスにおける労働災害や職業病に関する個別の問題点ごとの二者協定などのように、特定の問題を調整する上でも役割を担っている。

また逆に団体交渉のほとんどが企業レベルで行われる一群の国々もある。これらの国々ではある程度の分権化が歴然としている。フィンランドでは、中央の所得政策協定の時代が長く続いた後、2007年になって団体交渉が部門レベルへと移った。デンマークでは部門の新たな枠組協約が、保険部門における企業レベルの交渉の発展へと道を開いた。反対の進展もある。スペインでは細分化された交渉慣行が団体交渉の集中化へと転じた。明らかなのは、企業の柔軟性を求める圧力の高まりに応じて、部門間レベルであれ部門レベルであれ、より高次の協約が企業レベルでの団体交渉の幅を広げ、より高次のレベルで合意された問題点がより低いレベルで明確に表現されることである。たとえばドイツにおける2008年11月の金属産業の労働協約に、一般的な給与引き上げ実施交渉を企業レベルで行うことを認める条項が含まれていた。フレックスタイムの詳細を決定する上で、企業レベル交渉も重要な役割を果たすようになっている。

こうした変化は、団体交渉構造の順応性を現すのか、それとも団体交渉の侵食を現しているのかという論議につながった。この点については、団体交渉の枠組みの変更にもかかわらず、労働協約の適用率は依然として比較的安定しており、そのことはこうした取り決めが弱体化しているのではなく、むしろ順応性を示唆していると考えるべきであろう。異なるレベルでの交渉は、多様な方法で調整されている。中には、特定の状況のもとであれば合意された手続きに従って、より低いレベルでの協約がより高次な協約によって定められる基準を下回ることを認めている国がある(フランスなど)。他方、低次の協約が高次の協約に定められる労働基準を踏まえてそれ以上になることはかまわないがそれよりも低くなってはならない(好ましさの原則)を適用するという国もある(スロベニアなど)。

EUの拡大に伴い、団体交渉のもつ国境横断的な側面の重要性が増しつつある。これに関しては二つの重要な動向がある。一つ目は、多国籍企業(MNE)による人件費・柔軟性・業績のクロスボーダー比較の増加と、労働組合による交渉議題についての情報交換と調整の高まりである。二つ目は、欧州企業労使評議会(European Works Councils-EWC)の発案によって欧州の産業連盟と多国籍企業の間に国境を越えた交渉が行われ、それが欧州枠組協定(European Framework Agreements-EFA)につながることである。これらの協定は、団体交渉の中核的問題点と見なされている賃金と労働時間は取り上げず、企業の社会的責任、企業の雇用方針の原則、事業再編、安全衛生などといった企業方針全般に関わるテーマを取り上げている。

他方モルドバや西バルカン諸国を含めた第二グループの国々については、団体交渉と紛争解決に適用される手続きを含めて、社会対話のための法律的、制度的基盤を確立するために多大な努力がなされた。モルドバ、セルビア、マケドニア、旧ユーゴスラビア共和国、モンテネグロにおいては、最近の改革の主眼は社会対話のための全国的な三者機関の調整である(参加するための代表性など)。その結果、経済・社会評議会や類似の機関が数多く設立された。これらの国々における団体交渉は様々なレベルで行われているが、社会的パートナーが弱体化し細分化されているために、団体交渉の発展は遅れている。加えて、EUへの加盟の予備作業の一部として社会対話の三者機関の設立が優先されているために、社会的パートナーの資源と関心の多くがそのことに向けられてきた。

第三のグループの国々(CIS)でも、多くがこの10年間で団体交渉と紛争解決のための手続きを含む労働法を採択した。ただし実際には、社会的パートナーの権能の弱さが団体交渉の発展に歯止めをかけている。団体交渉は主に、大企業(旧国有企業)の内部で行われているに過ぎない。

(5)中東

団体交渉権の実効的な承認に関する前進は、中東では限定的であった。加えて、移民労働者を保護する制度が弱いことが目立つ。一部の国は結社の自由と団体交渉権を保証する法的枠組を確立するための努力を行っているが、こうした権利に対する障害が多く、かつ社会的パートナーの権能が弱いために権利の確立は実際には限られている。その例外はおそらく、ヨルダンとバーレーンが共同で管理運営するターミナルで労働協約が締結された運輸部門である。このケースでは運輸産業の国内労組をサポートする上で国際労働運動が不可欠な役割を果した。ヨルダン、オマーン、バーレーンでは、三者による社会対話を奨励するための努力も進行中である。

3.国際労働運動の現状

国際的な労使関係については、多国籍企業(MNE)と国際産業別労働組合組織(GUF)との間に国際枠組協定(International Framework Agreements-IFA)が締結される件数が増えてきたことがあげられる。これは団体交渉権の実効的な承認を含めて、職場における基本的な原則と権利を促進する原則の枠組みを定めるものである。海運部門では、国際運輸労連(International Transport Workers’ Federation-ITF)と国際海事使用者委員会(International Maritime Employers’ Committee-IMEC)との間にユニークな協約締結があった。この協約には、賃上げ・労働時間・休暇の権利・産休手当・医療手当など労働協約の特徴の多くが含まれている。交渉は経済危機の影響を受けたが、協約はITFとIMECの間の強力なパートナーシップの基盤となった。

4.拡大する団体交渉の範囲

労働協約は、適正な労働条件と健全な労使関係を保証するための重要な手段である。団体交渉の範囲については、二つの所見を示すことができる。第一は、一部の発展途上国においては、労働協約の条項が最低賃金と労働時間に関する法律の基本条項の反復以上のものにはなっていないことである。このことは、より質の高い協約を実現する社会的パートナーの権能の弱さ、そして労使関係の未熟さを反映している。ただし同時に、労働行政が弱体でありまたは発展が遅れている国においては、労働法規の実施とモニタリングに際して団体交渉が重要な役割を果し得ることをも示唆している。また団体交渉は、基本的な労働基準についての知識を高める役割も負っている。

第二には、団体交渉の交渉議題が世界の多くの国々で拡大していることである。今日労働協約には、訓練・人口統計上の変化・親の権利など多岐にわたる問題が含まれる。社会的パートナーはこの拡大により、競争力維持を目的とした柔軟性を高めるという企業のニーズばかりでなく、雇用保障、労働条件の向上や公正な処遇に対する労働者のニーズにも対処した協約の交渉を行うことが可能となる。

この中で賃金と労働時間は依然として団体交渉の主要なテーマである。ただしこのアプローチには、賃金と業績を連動させるための手段やフレキシブルな労働時間の取り決めを実施するための手段が多く含まれるようになってきている。生産性に連動した賃金の導入と測定基準の問題は、多くの国の公的部門における交渉議題の重要な問題でもある。

生産性の向上を確保し、それを賃金に結び付ける交渉には、労働時間をよりフレキシブルなものにするための努力が伴う場合が多い。この点における画期的な協約は、企業ニーズのバランスを取り生産変動に対する労働時間の順応性を高めると同時に、労働者が家庭生活と職業生活を一体化できるように労働時間に対するある程度の選択権を労働者に与えようと努めている。このことは、帰省休暇をとるために蓄積した労働時間を利用することを望む移民労働者にとって特に重要である。ワーク・ライフ・バランスを考慮した結果、フレックスタイム制度や労働時間貯蓄制度など、自らの労働時間に対するある程度の裁量を労働者に認めるような、従業員指向のより高い制度を含む協定が誕生した。経済が危機的状況にある現在において団体交渉は、労働時間短縮とワークシェアリング制度を導入するための手段として主に用いられているようである。

(注)本稿は、ILOレポート「団体交渉に関するハイレベル三者会合―社会正義のための交渉(High-level Tripartite Meeting on Collective Bargaining – Negotiating for Social Justice)(19-20 November 2009)」をJILPT国際研究部が仮訳したもの。なお、本資料の詳細については、国際労働機関(ILO)事務局新しいウィンドウのウェブサイトを閲覧されたい。

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