「労働市場における差別」を初めて分析
―2008年版OECD雇用アウトルック

カテゴリー:労働法・働くルール労働条件・就業環境統計

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  • 国別労働トピック:2008年9月

OECD(経済協力開発機構)が7月に発表した『雇用アウトルック2008』は、特集の一つとして人種・民族、性などによる差別とその解消に向けた各国の法制・政策効果を取り上げている。このうち男女間の分析をみると、加盟国平均では女性は男性よりも就業率が20%低く、賃金水準は17%低い(注1)。OECDは1994年に、失業の克服を主眼として雇用戦略を策定した。その再評価では、人口の減少や高齢化に備え、女性、若年層、高齢者など低就業率グループの雇用障壁を除去することが今後の優先課題のひとつに掲げられた。これを踏まえ2006年にOECD新雇用戦略が打ち出され、加盟国は、労働力不足の解消のカギを握る手段として、低就業率グループの雇用および所得の拡大に向けて様々な政策を講じている。しかし、根強い差別意識がこうした政策効果を妨げる可能性があるとして、OECDは今回のアウトルックで、初めて「差別と雇用」の相互関連などについて分析した。このうち、日本でも関心の強い性差別問題に焦点を絞って内容を紹介したい。

差別的慣行の要因、賃金格差の約30%

戦後の女性の労働力参加は教育水準の向上に伴い著しい拡大を遂げたが、OECD加盟国平均では女性は男性より就業率が約20%(2005年)低く(図1)、時間あたり賃金は約17%(2001年)低い。また、男女間の格差は雇用・賃金ともに縮小傾向が続いているのもの、近年そのスピードが鈍化しつつある。

図1

  • 注:男女間就業格差は、男性就業率との対比でみた男女間就業率の差異。(※)日本は2003年データ。
  • 出所:OECD Employment Outlook 2008

格差の背景について、男女で学歴、職歴が違うというわかりやすい理由をまず指摘できる。従事している職種、就業形態、企業、産業の違いも原因だ。さらに、教育の質、専門分野、期待度などの相違も見逃せない。しかし、こうした要因ではなく、同じ生産性を有し、同じような仕事をしていても、例えば女性という「特定グループ」に属しているために不平等な扱いを受ける「労働市場における差別」も格差要因として存在する。OECD加盟国全体の男女間の就業格差の約8%、賃金格差の約30%が労働市場の差別的慣行に起因するとアウトルックは説明している。

規制緩和に加え、法的な政策介入を

アウトルックは、製品市場の規制緩和が差別的行動を軽減する役割を果たし、少数派グループの雇用見通しを改善する可能性が高いと分析する。規制緩和によって競争が激化すると、差別的行動によるコストを負担する企業の参入、存続、成長が制限されるためだ。実際、OECDの分析では、近年の製品市場における競争圧力の増大が就業・賃金格差の縮小に貢献していることが明らかになっている。最も競争促進的な規制を有する国のレベルに製品市場を自由化した場合、男女間の就業格差と賃金格差がそれぞれ、少なくとも平均1ポイント、3ポイント低下するという推計もある。規制緩和を推進すれば、生産性や成長が強化され、同時に労働市場における差別や格差が解消される可能性がある。

だが、労働市場の差別解消には規制緩和だけでは不十分だ。製品市場以外の市場(とりわけ労働市場)の不完全性によって、偏見や先入観に基づく差別が存続する。また、規制改革によって市場の競争条件が改善されても、非効率な企業が市場から完全に排除されるわけではない。そこで重要な役割を果たし得るのが、法的アプローチによる政策介入だ。ここ数十年間にOECD諸国は、差別禁止法制を徐々に整備しつつあり、その法制が優れた設計であれば、労働市場における格差の縮小に効果を発揮する。

差別禁止法制の履行強化へ4つの柱

差別禁止法制をめぐる最大の課題は、履行確保が被害者の権利主張の有無に左右され、被害者に対する保護の徹底が難しいことだ。そこで多くのOECD加盟国は、差別に関する全般的な国民意識の向上を目指すとともに、差別禁止法を補完する制度的枠組を構築し、より効果的な履行確保に向けて取り組んでいる。アウトルックでは、各国のこうした取り組みや好事例を、(1)国民意識の啓発・向上(2)差別を受けた労働者が提訴するインセンティブ(3)差別禁止法を遵守し、平等政策に従う使用者のインセンティブ(4)裁判外紛争解決(ADR)の活用――の4つに整理し、分析を試みている。

1.国民意識の啓発・向上――普及活動と法制の簡素化へ

一つ目は、差別(差別禁止法)に対する国民意識の啓発・向上に関する取り組みだ(各国の状況は表1を参照)。職場における差別に関する法的権利への認識度は労使ともに低く、国民全体の認知度はさらに限られたものであることが明らかになっている。大半のOECD加盟国では、「差別禁止・平等機関(equality body)」(以下、EBと略す)が主体となって、キャンペーンによる普及活動や、統計情報の公表といった情報提供活動を展開している。事業主に対し好事例あるいはガイダンス文書を公表している国もある。

また、差別禁止や均等処遇に関する法的枠組が複雑に入り組んでいる場合(例えば、改正が繰り返される、関連規定が異なる法律にまたがっているなど)、認知度を高めるには、単一の法律に統合するなどの簡素化・単純化に向けた措置を講じることも有益だ(注2)。法的枠組が包括的なものとして整理された国は少なく、改善の余地が十分ある。法的枠組を取り巻く制度的枠組が複雑な国もあり、見直しに値する。差別禁止の推進や執行を司る機関が複数にまたがっている場合や、関連機関が機能していない場合がこれに該当する。

2.差別を受けた労働者が提訴するインセンティブ――挙証責任の軽減や事業主の報復抑制措置へ

訴訟は高コストで、時間を要し、敵対的なプロセスを伴うため、差別の被害者の提訴は容易ではない。加えて、復職または未払い賃金請求だけでなく金銭補償を明文化している国は少なく、提訴によって得られる利益が不確実であることも提訴の抑制要因として働く。アウトルックは被害者側のインセンティブを向上させる幾つかの措置を挙げている(各国の状況は表2を参照)。一つは、「挙証責任の転換」による原告側の立証責任の軽減だ。これは、通常挙証責任は原告側にあるが、直接または間接の差別が存在すると推定される事実を提出する場合、均等待遇原則に違反していないと証明する責任を被告側にシフトさせるというものだ。EU諸国は、「雇用および職業における均等処遇の一般的枠組みに関する指令」(2000/78/EC)に沿って何らかの立証責任の軽減措置を講じている。

二つは、EBやNGO、労働組合による法的助言・相談サービスの提供である。三つ目は、差別に係るEBの調査権限の強化。例えば、差別の被害者による申立がない場合でも、企業への調査を実施し、制裁を課す権限を付与することだ。四つは、復職あるいは未払い賃金補償に加え、追加的金銭補償を導入し、効果的な救済を図ること。

最後に、差別に関する苦情申立や証人(他の従業員)に対する使用者の報復的行動の可能性を抑止する必要性を挙げている。アウトルックは、差別禁止法の履行を確保するうえで、苦情申立を行ったこと自体に対する報復的行動が深刻な障壁となっていると分析している。苦情申立が原因で転職を余儀なくされる場合や、仮に職場に留まっても仕事上何らかの不利益を被る場合が多く、証人になり得る職場の同僚も不利益を恐れて証言を拒否する。こうした報復的行動から個人を保護する規定を設けている国もある。

3.差別禁止法を遵守し、平等政策に従う使用者側のインセンティブ――企業名の公表や認証も

次に使用者側が差別禁止法を遵守し、均等処遇政策に従うインセンティブをみてみよう(各国の状況は表3を参照)。被害者の行動だけに依存していては、差別禁止法の履行の確保は難しい。多くのOECD諸国のEBは、必要に応じて独自に法的措置を採る権限を有している。こうした措置は差別の被害者を直接支援するものではないが、差別に対する価値観の構築や人々の行動を是正することで、間接的に差別の被害者にも役立つものだ。もっとも、こうした措置も、違反企業に対する効果的な制裁や処分を伴うものでなければ効果が薄れる。大半のOECD諸国は、差別案件の公表を行っている。また、少数ではあるが、公的給付の撤回や公契約の解消などの行政処分を課す国もある。罰金や懲役を科す国もあるが、効果はさほど大きくないようだ。全般的に、EBに行政処分を課す直接的権限がある場合、より効果的で時間も節約できる可能性が高い。

こうした強制的なアプローチに加え、各国は使用者側のポジティブアクションを奨励し、好事例を宣伝する認証・ラベルなどのインセンティブを提供している。ポジティブアクションを法的義務とする国や、使用者に対する金銭的支援を提供する国もある。

4.裁判外紛争解決(ADR)メカニズム――雇用継続に効果的

被害者が差別事案を訴訟に持ち込まない原因の一つに、雇用関係の修復が極めて困難であることが挙げられる。雇用関係の継続を望む被害者は、提訴を選択しない。このため、大半のOECD諸国のEBは調停をはじめとするADRを運用している(各国制度は表4参照)。ADRは、迅速かつ低コストで紛争が解決できることも大きな利点だ。ADR制度は多様であり(表4)、法的拘束力の有無や、EBの中立性の度合、あるいは両当事者の参加の自主性の程度――などによってその効果は異なっている。調停の場合、(1)非敵対的プロセスである(2)中立的な第三者の支援が得られる(3)両当事者の自主性の自主的参加を重んじる(原則)(4)秘密保持が可能である――などの特徴がある。このため、訴訟に比べ、雇用関係の継続が期待できる場合が多い。また、カナダやアメリカにみられる仲裁では、両当事者の参加が義務付けられ、EBに中立性はないため、準司法的な色彩が濃い。ADRは個別救済が目的であるため、体系的な解決を目的とする差別禁止法を代替するものではないが、全般的に訴訟によるリスクに対する被害者の恐怖を軽減する効果が高い。

今後の分析課題――ポジティブアクションの効果など

このようにOECD諸国は、ここ数十年間に差別禁止の法的・制度的フレームワークを段階的に整備してきた。では、その効果はどのように評価されているのだろうか。残念ながら、差別禁止法制をめぐる国際比較や、労働市場への影響に関する評価を試みた分析は、反差別の取り組みで長い歴史のあるアメリカを除いてほとんどない。アメリカについては、差別禁止法制が、男女間賃金格差の縮小や男性が主流であった職種における女性の雇用拡大に貢献したことを明らかにする分析がみられる。また、今回のアウトルックでOECDは、国際条約の批准状況(同一報酬に関するILO第100号条約、差別待遇(雇用及び職業)に関するILO第111号条約、国連女子差別撤廃条約)と男女間就業・賃金格差との相関に関する分析を試みている。これによると、3つの条約全ての批准が、男女間就業格差の0.5~1.3ポイント、賃金格差1.3~2.1ポイントの低下と相関していることが明らかになった。

差別禁止法制のメリットは、被害者に対する直接的な救済だけでなく、間接的に、文化的な変化を促し、社会的に容認できる慣行を再定義する可能性にもある。法の履行確保が強化され、国民意識が変化していくと、直接的・間接的チャネルを通じて徐々に効果が顕在化していく。こうした効果の度合を評価するのは容易なことではない。

しかし、差別禁止法制は、設計によっては、立法趣旨に反して差別の対象になりやすいグループに逆作用を及ぼす可能性もあるため、今後、差別に対処する多様な法的・制度的枠組みと差別的行動との相関が雇用・賃金格差に及ぼす影響に関する分析を深める必要がある。例えば、雇用保護(採用や解雇に関する差別禁止)を伴わない男女同一賃金規定を導入したアメリカの初期の法制は、男女間就業格差の拡大を招いたことを示唆する分析がある。現在OECD諸国が取り組みを進めている最低賃金法制は、賃金の不平等を是正するが、差別的採用慣行を拡大するかもしれない。逆に、雇用保護法制は解雇に関する差別的アプローチを抑制するが、逆に不利なグループの採用自体が抑制される可能性を孕む。また、差別的慣行は労働市場からのリターン(見返り)に影響を及ぼすため、労働市場参加を妨げる。リターンが異なると、教育・訓練への投資インセンティブ、専門分野の選択、ひいては業種・職種の選択にまで影響を及ぼす可能性がある。こうした相関メカニズムも差別的行動の全体的な影響を形成する上で重要かもしれない。さらに、平等や多様性を推進する政策との相関に関する調査も必要だ。ポジティブアクションやインセンティブスキームなどに関する調査がこれに含まれる。

こうした分析を深めることによって、賃金・就業格差の背景にある諸要因への理解が深まり、低就業率グループの労働市場参加を促す戦略設計に役立つだろう。

参考資料

  • OECD(2008)Employment Outlook 2008.
  • OECD (2006) Employment Outlook 2006: Boosting Jobs and Incomes.
  • OECD (2006) Boosting Jobs and Incomes: Policy Lessons from Reassessing the OECD Jobs Strategy.
  • 明石書店(2007)『世界の労働市場改革OECD新雇用戦略:雇用の拡大と質の向上、所得の増大を目指して』(OECD2006年版雇用アウトルックおよびOECD新雇用戦略の日本語版)。

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