不法移民の送還に関する指令案を可決
―欧州議会、移民に対し厳しい内容に

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2008年7月

欧州議会は6月、EU域外からの不法移民の送還などについて加盟国の共通ルールを定める指令案を可決した。滞在資格を取得していないか、資格が期限切れに 達した移民に対し、送還決定の時点から4週間以内に自発的に帰国しない場合に、強制退去のうえ、最長で5年間の入域を禁止し、必要に応じて6カ月~18カ 月間の勾留を加盟国に認めている。移民側に厳しく対処する内容のため、国連や人権団体などからは人権侵害との批判の声が出ている。

加盟国共通の出入国管理制度に向け

EUは、高齢化などに伴う人口減少への懸念から、今後20年間で不足するとみられる約2000万人の専門技術者を移民で賄うことを目指して、移民受け入れの促進策を進めている(本海外労働情報2007年10月イギリス記事参照)。 一方で、正規の手続きを経ない移民の流入については、厳しい姿勢で臨む方針を明確にしている。EU域内の人の移動を原則自由化していることや、近年の加盟 国の増加により域外との境界線が拡大していることなどから、国境警備を含め、加盟国間の協力体制を強化する必要性が増しており、このため合法・不法の両面 から、加盟国共通の出入国管理制度の設置に向けた法整備が検討されてきた。

欧州委員会によれば、現在、EU域内に不法に滞在して いる移民は、合法的移民の約1850万人に対して、450~800万人と推定されており、その半数以上が許可された期間を超えて滞在している移民といわれ る。東欧諸国がEUに加盟する以前には、年間で数十万人から100万人近く、不法移民が増え続けたとの推計も出ている。不法移民の多くは、アルバニアやモ ロッコ、ウクライナなどから流入しており、主に建設業や農業、家事・清掃業などに従事しているとみられる。

不法滞在による逮捕者 は、加盟国全体で年間約40~50万人で、ここ数年増加傾向にあり、うち40%前後が自発的に帰国もしくは強制的に送還されている。また、事後的な合法化 (regularisation)により対応している加盟国もあり、近年で規模の大きい例としては、イタリアが2002年に60万人、またスペインが 2005年に50万人の不法移民の合法化をそれぞれ実施している。80年代からの累積では、イタリアが140万人、スペインが100万人、このほかギリ シャでも90年代末から80万人など、EU全体ではこの間、350万人近くの不法移民が合法化された計算になる。

5年間の入域禁止、長期勾留の措置も

今回可決された指令案は、域外からの不法移民に対する退去命令や勾留・送還に係る基準や手続きについて、加盟国共通のルールを規定するもの(ただし、イ ギリスは欧州共同体法の一部オプトアウトにより、同指令の適用を除外される)。2005年に指令案が議会に提出されて以降、可決までに3年の議論を要し た。移民政策は、加盟各国の自治権にかかわる領域であり、また各国の状況や制度内容も異なることなどから、各国政府の協力を得にくかったことも理由の一端 とみられる。

主な内容は、(1)当局による送還の決定以降、自発的に帰国できる期間を7~30日の間で設ける、(2)期間内に帰国しない場合は、退去命令に基づき強制 送還のうえ、5年間を上限としてEUへの入域を禁ずる、(3)逃亡の恐れがある場合は、6カ月以下の勾留を認め、妥当な理由があればさらに12カ月延長で きる――など。このほか、不法移民は人身売買などの犯罪に巻き込まれている場合も多いことから、必要に応じて無料で法的支援を提供することや、児童を含む 家族については勾留を出来るだけ避けること、あるいは保護者のいない児童については送還先国の受け入れ状況を勘案することなど、立場の弱い人々に対する保 護的な措置を各国の法制に盛り込むことを加盟国に求めている。

指令案に関する争点のひとつは、勾留期間の長さだ。欧州委員会の当 初案は、その上限を6カ月としていたが、議会での議論の中で12カ月の追加的延長が加えられ、最長で18か月となった。指令案は延長を認める条件として、 当該の不法滞在者が「協力的ではない」あるいは「出身国からの必要書類の取得が遅れている」などの理由から手続きが遅滞している場合に限るとしているが、 長期にわたる勾留は人権上問題があるとの批判が、議会内の左右両派から上がっていた。現在、加盟国のうちオランダなど7カ国(イギリスを含む)は勾留期間 に上限を設けていないほか、フランスの32日からラトヴィアの20カ月まで各国の制度は様々で、多くの国では何らかの制度改正が必要になるとみられる。

また、法的支援も大きな争点となった。不法移民の流入が多い国ほど、法的支援のコスト負担が大きくなるが、これについても加盟各国の状況は大きく異なるため、義務化に関する賛否の前提は大きく異なる。

国連、人権団体からの批判も

さらに、不法移民は犯罪者とは異なるとの考え方から、勾留に際しては基本的に専門の収容施設を用いるべきだと指令案は規定しているが、欧州議会が昨年末 に公表した報告書によれば、現在25カ国に224カ所ある収容施設を調査したところ、その環境は必ずしも良好とはいえないとの結果であったという。

なお、国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)やアムネスティ・インターナショナルは、今回の指令案は立場の弱い人々に対する十分な保護を提供する内容で はない、と批判的な立場を表明している。また、ラテンアメリカ諸国からも非難の声は強く、例えばベネズエラは、同指令を導入する加盟国に対しては石油を輸 出しない、などとコメントしている(注1)。

各国政府の最終的な 合意を得て指令が成立すれば、加盟各国は2年の間に国内法化を完了しなければならない。ただし、法的支援についてはさらに1年の猶予が与えられる予定だ。 各国における制度施行後は、実施状況について年1回理事会に対して報告することが加盟国に求められる。

また欧州委員会は、不法移 民の増加の一端には、EUに来れば仕事を得られるとの期待があるとみており、このため、不法移民の雇用主に対する制裁を加盟国の法制に盛り込むための指令 案を、既に昨年5月に議会に提出している。採用に先立って滞在資格の確認を雇用主に義務付けるほか、違反者に対しては不法移民の送還費用を含む罰金、未払 い分の賃金や社会保険料などの支払い、補助金を受けている場合はその差し止めや返金などの罰則を科し、さらに重大な違反に対しては刑事罰も検討すべきであ るとしている。

加盟国、不法移民対策を加速か

7月からのEU議長国であるフランスは、議長国期間中の重点課題のひとつに移民政策の共通化を掲げ、EUレベルでの包括的移民政策の策定を主導すること に意欲を見せている。その一環として、加盟国に対して「移民および亡命に関する条約」の締結を提案、移民政策から送り出し国の開発支援までについて、加盟 国の協調を引き出す構えだ。条約の目的達成に向けて併せて打ち出された施策案は、不法滞在者の排除を核に、入国管理制度や同化政策を強化するというもの で、ここ数年のフランスにおける移民政策の傾向を反映した内容といえる(本海外労働情報2008年6月フランス記事参照)。

一方、イタリアでは、この4月に成立した新たな保守政権が、不法移民に対して強硬な姿勢を打ち出した移民政策の改正に着手している。不法移民の送還に係る 手続きの簡素化などに加えて、不法入国を犯罪とみなして4年以下の刑に処することができるとする法案を策定中だという。背景には、ルーマニアなどの東欧諸 国から流入したロマ人の増加が社会問題化しており、一部では暴力事件に発展しているという状況がある。

政府はさらに、加盟国国民 の域内の移動の自由の制限を主張するなど、EUレベルの枠組みにも挑戦的な態度を示している。こうしたイタリアの動きに対しては、外国人に対する差別や反 感を生みかねないとして、欧州委員会だけでなく隣国のスペイン政府からも厳しい批判が投げかけられている。

しかし、そのスペイン でも、移民対策は強まる傾向にある。主な原因となっているのは、このところの急激な景気の悪化で、移民の間では失業率が急速に高まっているとい う。政府は、失業状態にある合法的移民に対して、帰国に合意すれば就労期間などの条件に応じて一時金を支給する(注2)という施策を、7月から開始するとしている。ただし、定住ビザと労働許可証の返却に加え、3年間はスペインに再入国しないとの誓約が条件だ。さらに、不法移民については、EU送還指令の欧州議会での可決と前後して、勾留期間の延長を決めている。

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