派遣労働者指令案、労働時間指令改正案に各国政府が合意

カテゴリー:非正規雇用労働法・働くルール労働条件・就業環境

EUの記事一覧

  • 国別労働トピック:2008年7月

6月に開催された雇用・社会政策相理事会で、各国政府が派遣労働者指令案に合意、指令成立に向けて大きく前進した。6年越しの協議で一貫して指令案に反対してきたイギリス政府が、併せて示された労働時間指令改正案で改廃が議論されていたオプトアウト(労働者の合意に基づき、指令に定められた上限である48時間を超えて働くことを認める例外規定で、イギリスを含めいくつかの加盟国が適用を受けている)の維持と引き換えに、派遣指令案に協力的な態度をみせたことが合意成立につながった。派遣労働者の均等処遇を義務化する時期や、均等処遇の対象とする範囲などについて、労使間合意を尊重するとして、厳格な規定を設けることを避けており、先に派遣労働者の均等処遇をめぐって労使合意が成立したイギリスに譲歩した内容といえる。

イギリス、オプトアウト維持のため譲歩

労働者派遣指令案は、現在、欧州全体で800万人ともいわれる派遣労働者に、給与や休暇、出産休暇等について正規従業員と同等の処遇を受ける権利を与えるもの。2002年に欧州委員会から原案が提出されたが、加盟各国の合意が成立しないまま、6年間にわたり議論が膠着状態にあった。とりわけ強い反対を示したイギリスは、加盟国でも最も派遣労働を利用する国のひとつで、政府・使用者団体は、労働者派遣に関する規制強化が国内の労働市場の柔軟性や競争力の低下、雇用への悪影響などを理由に、難色を示してきた。しかし、昨年になってイギリス政府に態度の軟化がみられたことから、合意成立の期待が高まっていた。

イギリス政府が今回、雇用・社会政策相理事会で指令案の合意に踏み切った一因には、労働組合や与党内部などから、派遣労働者の均等処遇に関する制度の設置への圧力が高まっていたことがあり、またこのところ著しい支持率の低下を挽回するためにも、労働党政権は目新しい施策を打ち出す必要に迫られていたといえる。しかし最も大きな目的は、労働者派遣指令案への合意と引き換えに、併せて協議が進められてきた労働時間指令の改正で、スペインなど一部の加盟国が強く主張するオプトアウトの廃止を食い止めることにあったとみられる。結果として、オプトアウトの継続に反対する加盟国は投票を棄権、それ以外の加盟国の賛同を得て、二つの指令案は理事会で合意された。

労働者派遣、均等処遇の時期は明示せず、労使協定を尊重

労働者派遣指令案の最大の論点は、派遣労働者に正規従業員との間の均等処遇の権利を付与する時期にある。指令案は、就業初日からの権利付与を基本としつつ、労使間の合意に基づいて、一定期間の就業を条件とすることを「猶予期間」として認めており、理事会に提出された指令案では、その上限を6週間後と定めていた。しかし、理事会での議論により期間の明示を避けた文言に修正され、猶予期間を設ける場合は、「派遣労働者に十分な水準の保護が提供される限りにおいて」、各国の法制や労使間の合意に任されることとなった(法制・労使協定には、当該の期間を明示しなければならない)。また、均等処遇の範囲についても、企業年金や法定水準を上回る傷病手当、あるいは持ち株制などを含むかどうかは、各国の法制・労使協定等に一任するとしている。

これらはいずれも、イギリス政府の主張が影響したものとみられる。イギリス政府は今回の合意の布石として、英国労組会議(TUC)と英国産業連盟(CBI)に働きかけ、派遣労働者の均等処遇に関する制度の設置に関する合意を引き出したばかりだ(本海外労働情報2008年6月イギリス記事参照)。合意は、権利付与の時期について、これまで政府や経営側が主張してきた「6カ月後」からは大幅な短縮になる「12週間後」とするほか、均等処遇の範囲を「基本的な労働条件」として、企業が正規労働者に法定水準を上回る傷病手当や企業年金などの制度を提供している場合はそれらを除外するというもの。理事会における指令案の修正は、これを追認する内容といえる。

指令案は併せて、育児施設や社内食堂などの利用にも平等な取り扱いを義務付けるほか、派遣労働者のエンプロイアビリティの向上のため、派遣期間の合間に派遣事業者による教育訓練や育児施設の提供などを促すよう、加盟国に改善の努力を求めている。また、均等処遇が適用される期間未満での契約の反復更新の防止や、法律違反に対して罰則を設けることを加盟国に義務付けている。ただし、罰則の内容は各国に委ねている。

労働時間、週48時間の上限は変えず、制約を強化

一方、併せて協議された労働時間指令の改正案も、2004年に欧州委員会が提出して以降、未合意のまま現在に及んでいた。議論の焦点となったオプトアウトについては、基本的には継続することで合意されたが、いくつかの制約条件が新たに加えられたほか、7年後に見直し作業を実施することが盛り込まれた。

改正案は、労働時間の上限については4カ月間の平均で週48時間との現状の規定を維持した。一方、オプトアウトの適用により48時間を超えて働く場合の上限を「3カ月間の平均で週60時間」として明確化した。現行の2003年指令には、オプトアウト時の労働時間の上限は規定されていないが、休息時間について、24時間あたり11時間とすることと、7日に1日を休日とすることを別途義務付けているため、実質的な上限は78時間(労働時間が6時間を超える場合の休憩時間を含む)となっており、これを大きく引き下げるものだ。

また労働時間の算定基準とする期間についても、現行の指令では、法律もしくは労使間の合意を前提に、通常の4カ月から6カ月(客観的な理由等がある場合は12カ月)への延長をオプトアウトの有無にかかわらず認めているが、改正案は、オプトアウトとの併用を認めないことを明確に示した。さらに、これまで労働者個人と雇用主の間の合意で認められていたオプトアウトに、全国あるいは産業レベルの労使間の合意を必要とすることや、雇用契約時もしくは就業開始から4週間のあいだに雇用主と従業員の間で締結されたオプトアウトの合意を無効とすること、合意の有効期間を1年以内に限定することなどを定め、手続きに関する制約を強化している。

加えて今回の改正では、いわゆる「呼び出し労働者」(on-call worker―事業主の求めに応じて短時間就業する契約労働者)の待機時間(on-call time)に関する規定を新たに設けている。これは、欧州司法裁判所が2003年に下した判決(注1)で、待機時間は労働時間にあたると判断したことをうけたものだ。しかし、今回合意された改正案では、待機時間を「活動的」(active)部分と「不活動的」(inactive)部分に区別したうえで、前者を労働時間と規定する一方、後者については、休息時間とはみなさないものの、労働時間として扱うか否かは各国の法制等に委ねるとしている。ここでいう「活動的」待機時間とは、雇用主から要請を受けて業務を遂行するため、雇用主が指定する就業場所に居ることを求められる時間を指す。一方、「不活動的」待機時間は、雇用主が指定する就業場所には居るが、雇用主から要請を受けない時間や、指定された就業場所には居ないが、電話等で要請をうけることが前提となっている時間などを指すとみられる。欧州委員会は、とりわけ「不活動的」待機時間の具体的な定義について、各国が法制化のなかで定めるべきものであるとしている。

現在、加盟国の約半数は呼び出し労働に関する法的規定を持たず、産業レベルの労使協定や判例などでこれに換えている加盟国もある。また、呼び出し労働に関する法的な規定を有する加盟国においても、待機時間の扱いはまちまちだ。「不活動的」時間を含む待機時間全体が労働時間とみなされる場合、これを多く利用する国や産業部門に甚大な影響を及ぼしうることから、指令案はその判断を各国に委ねたとみられる。なお指令案は、「非活動的」待機時間を労働時間とみなす場合のオプトアウト時の上限を週65時間と定めている。

オプトアウト維持の是非、議会で焦点に

欧州委員会は、バランスの良い強力な指令案が合意された、と満足げだ。国内外の摩擦を経て合意に至ったイギリス政府も、オプトアウトの維持を勝ち取ったほか、派遣労働者にも正規労働者にもより公正な雇用環境をもたらすとともに、企業が必要とする柔軟な労働力の確保のためにも良い結果を得られた、と成果をアピールしている。

一方、欧州レベルの労使団体の反応は複雑だ。欧州労連(ETUC)は、派遣指令案については、当初案に明記されていた権利付与の「猶予期間」(就業6週間後)を削除して労使間合意に委ねた点を含め、派遣労働者の均等処遇に関する明確な制度的枠組みとなりうるとして歓迎しているが、時間指令改正案については、オプトアウトの維持や「不活動的」待機時間の扱いなどの点で「非常に不満足で受け入れがたい」と批判的だ(注2)。逆に、使用者団体であるビジネス・ヨーロッパ(Business Europe)は、労働時間指令改正案については、労働市場の柔軟性が維持されたとして歓迎、派遣指令案については規制強化が企業経営や雇用に及ぼす影響が大きいとして、ヨーロッパの全ての企業が「猶予期間」を設けられるよう求めている。

指令案は、欧州議会での議論を経て今年末の成立が目指されているが、労働時間指令の改正案については、オプトアウトの維持を不満とする政党などからの厳しい批判にさらされることは必至とみられる。労働時間の規制は安全衛生に関する問題であり、労働者の健康が保たれる上限として指令が定める労働時間を超過することを認めるのは妥当ではない、というのが彼らの主張だ。このため年末にかけては、オプトアウトの廃止を含めて、より労働者保護的な内容への修正が議論されるとみられる。

参考

2008年7月 EUの記事一覧

関連情報