不法移民労働者、逮捕者数急増
―政府、取り締まりを強化

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2008年6月

米政府は不法移民労働者取り締まりを強化しており、移民税関捜査局(Immigration and Customs Enforcement :ICE)による事業所に対する取り締まりの結果である検挙者数(注1)は、2004年の685人から、2006年には3667人に増加、2007年は4077人にのぼっている(図1参照)。1986年移民改革統制法は、不法移民である被用者とともに雇用する側を処罰することによって非合法移民労働者の流入を防ぐことを目指したが、使用者が非合法移民と知った上で雇用した場合に限定する一文が加えられる政治的判断が加わり、その結果、使用者が処罰を受けることはほとんどない。

図1

出所: ICE Fiscal Year 2007 Annual Reportより作成

一方でメキシコ国境からの毎日2000人規模の不法入国者があり、2007年を通じての逮捕者数は85万人強となっている。ただし、この数は2000年(164万人)からほぼ半減しており、最近15年の中で最も少ない水準である。

アイオワ州で今年最大規模の摘発
アイオワ州パストビルにあるアグリプロセサー社の食肉加工工場で、5月12日、今年最大規模の摘発が行われ、従業員389人が逮捕された。

同社はユダヤ人向け食肉加工の国内最大手でAaron’s Bestのブランドで知られている。パストビルの工場はアイオア州ワーテルローから北西70マイルほどのところに位置し800人の従業員が働いている。その半数以上がグアテマラの地方から来た労働者であるという。

逮捕された不法移民労働者など270人は、異例の速さで裁判が行われ5月23日になって5カ月間の懲役刑に処する判決が下された。有罪判決を受けた移民労働者のほとんどは、偽造の社会保障カードと在留資格証を用いて職を得ていた。

裁判において彼らは手足を拘束されたまま10人ごとのグループで法廷に入り、ほとんどの者は弁明することなく罪状を認め5カ月の刑を受け入れた。というのは、もしも否認すれば最短でも2年間収監されることになるからである。彼らの多くは他人の社会保障カードと滞在ビザを利用しているため、アイデンティティカードを悪用したという重罪に問われる。一方で食肉加工会社のマネージャーやオーナーは不法移民労働者と知らなかったという理由で咎められない。

従業員によれば工場での労働条件は劣悪で、ときおり時間外労働を命じられ夜間就業をして1日の労働時間が14時間に及ぶこともあったという。しかも超過勤務手当はいつも支払われるわけではなかった。工場長やマネージャーは移民労働者が偽造滞在ビザで就労していることを熟知しているはずであると話す。

マット・ダメルマス連邦移民局北アイオワ支部長は、今回の摘発は過去に類を見ないほどめざましい成果を挙げていると指摘する。ブッシュ政権下で不法移民の取り締まりが強化されるなか警告の意味づけが強い判決である。

オーナー逮捕のケースも
アグリプロセサー社での取り締まりに先だつ4月16日には、テキサスの拠点とする企業、ピルグリム・プライド社の系列の5つの鶏肉加工工場で、不法移民労働者311人が逮捕された。逮捕されたのはテネシー州チャタヌーガとウェストヴァージニア州ムーアフィールドの工場それぞれで約100名、その他にテキサス州、フロリダ州、アーカンソー州の工場である。移民税関捜査局の担当官が午前中のシフトが開始される前に工場内に立ち入り、従業員が出勤してきたところを逮捕した。従業員は突然の出来事に驚きを隠さなかったが、マネージャーらは平然としていた。

同社のスポークスマンによると、これは「摘発」ではなく、当局の不法移民労働者を逮捕に協力しただけであるとコメントしている。その上で、逮捕された労働者全てと本件に関与した従業員は解雇し、調査は継続中であるとした。不法移民労働者は工場での採用時に、他人名義の社会保障カードを携帯していたとされており、それを知らなかった同社および採用したマネージャーへの罪は問われない。

同日、ヒューストンのシプレイ・ドーナッツ・フロアー・アンド・サプライ社でも20人の不法移民労働者が逮捕された。また、ニューヨーク州などではメキシコ料理店の従業員45人だけではなく、オーナー、マネージャー10人も逮捕された。

移民税関捜査局発表による最近の摘発と本国送還事例は表1および表2のとおりである。

弁護士らによる移民政策批判

このような不法移民労働者の取り締まり強化に対して、ニュージャージー州ニューアークのセトン・ホール・ロー・スクールの弁護士は、摘発方法に法的問題があるとして訴訟を起こしている。また、不法移民労働者に対する裁判が公正に実施されているのか疑問視する見解もある。先のアグリプロセッサー社のケースについて、米国移民弁護士会は、起訴された移民労働者は弁護士と接見することが認められておらず、適切な手続きを経ないで裁判が行われていることに対する批判の声明を出した。弁護士の一人によると、勾留されている移民労働者にとって罪状を認めることが選択可能な最良の判断になってしまっている。しかし、弁護士は検察官がまともな審議を行おうとしないことや、移民裁判を受ける権利を放棄することに署名し、刑に服するように強要していることに対して憤りを隠さない。これでは公正な裁判ではなく政治であるとつけ加える。弁護士によれば、グアテマラ人労働者はできるだけ早期に帰国したいという意向を示している。

メキシコ国境のフェンス強化

米国の南西側の国境警備の強化がすすめられており、2008年末までに2000マイルのメキシコとの国境のうち670マイル分のフェンス建設を終える。このフェンス建設には21億ドルもの予算を投じており、費用対効果を疑問視する見解もある。

サンディエゴ付近の国境では国境を強引に越えようとケースが増え、投石する若者と催涙ガスや胡椒スプレーで応戦する警備員の間での衝突が頻繁に生じていた。現在は、レーザーワイヤーを張り巡らし監視カメラが設置されている。フェンスを強化することによって不法入国の試みは半減したという。

移民人権擁護団体はこのようなフェンス強化は国境の軍事化であり適切な対処ではないと批判している。サンディエゴを拠点とする人権擁護団体、ボーダー・エンジェルのエンリケ・モノネス代表は、移民は山岳や砂漠地域から入国といった更に危険な方法をとるようになっていると指摘する。

出国時に逮捕も

カリフォルニア州サンディエゴとティフアナ間の国境の北5ヤードから100ヤード付近に、昨年9月以来、予告なくチェックポイントが設けられている。取り締まりは不法入国しようとする者が対象ではなく、カリフォルニア州からメキシコ側に出国する不法移民である。連邦税関国境警備担当官がメキシコに向かうすべての車両を停止させ、バスの乗客などに対しては無作為に取り調べを行い、正式書類を保持していない者を逮捕している。これまでの逮捕者は数百人にも達するという。

移民局スポークスマンによれば、出国時であっても違法な滞在者であれば勾留し不法滞在の記録を残すことは公正な処置であるとする。手続きが終了すればメキシコへ帰国させている。また国境警備局員によれば、凶悪犯罪歴や複数回の移民法違反がなければ、ほとんどは数時間以内に釈放されると説明している。

共和党ダンカン・ハンター下院議員(カリフォルニア州エルカジョン市選出)のスポークスマンはこの取り締まり強化を高く評価する。このチェックポイントはもう一つの国境フェンスの意義があると支持している。

一方、移民の権利擁護団体America’s Voiceのフランク・シャリー事務局長は、取り締まり強化は反移民感情を助長し悲惨な結果につながると批判している。逮捕される不法移民はブッシュ政権下の移民取り締まり強化政策によって生活が成り立たなくなり、やむなく帰国しようとしている人々である。追い出すように促しておきながら逮捕していることは信じられないと述べている。Center of Comparative Immigrationのウェイン・コーネリアス部長も「自発的に出国する移民を狙った逮捕は聞いたことがない」という。他に経費の無駄遣いでしかないとの声も出ている。

参考:国土安全保障省ウェブサイトリンク先を新しいウィンドウでひらくより作成

参考:国土安全保障省ウェブサイトリンク先を新しいウィンドウでひらくより作成

参考

  • Daily Labor Report, April 18, No75, BNA
  • Los Angeles Times, May 7, A17
  • Los Angeles Times, May 17, A1, A20、
  • New York Times, April 17, A20、
  • New York Times, May13, A13、
  • New York Times, April 4, A19、
  • New York Times, May21, A18,A20
  • New York Times, May 24, A1-A15、
  • Wall Street Journal, April 17, A4
  • Wall Street Journal, April 17, A4
  • 国家安全保障省税関国境警備局ウェブサイト新しいウィンドウ(U.S. Customs and Border Protection, Department of Homeland Security)
  • 小井戸彰宏(2003)「岐路に立つアメリカ合衆国の移民政策」小井戸編『移民政策の国際比較』明石書店、第1章所収

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