最賃、平均賃上げ率より低率
―政府、今年の改定額を発表

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  • 国別労働トピック:2008年5月

政府は3月、最低賃金制度に関する諮問機関である低賃金委員会(Low Pay Commission)の報告書をうけて、2008年10月に予定している最低賃金の改定額を発表した。新たな最賃額は、改定前に比べて21ペンス増の5.73ポンドとなる。米国の金融危機の影響により今後減速が予想される経済情勢への配慮などから、昨2007年の改定に続いて、平均賃金の上昇率より低く抑えられた。使用者側はこの緩やかな増額を歓迎しているが、労組の間からは不満の声も上がっている。

導入時から5割増、対平均賃金比率は4割弱で推移

イギリスの最低賃金制度は、低賃金層の賃金水準の適正化や、これを通じた社会保障支出の削減と税・社会保険料などの収入の増加による財政改善などを目的に、労働党政権が1999年に導入した。原則として、義務教育期間を終えた16歳以上の全ての労働者に全国一律で適用され(自営業者、徒弟労働者、農業労働者など一部は除外)、22歳以上の労働者に対する基本額のほか、18~21歳層および16~17歳層に、より低い額が設定されている。適用対象者の9割以上を占める22歳以上層向けの基本額でみると、最賃額は制度導入時の3.60ポンドから2007年改訂までで5割強増加している計算だが、この間、イギリス全体の賃金や物価も上昇しているため、実質的な増加分は4%ポイント程度にとどまる。なお、平均賃金に対する比率は4割弱で推移している。

最賃制度の導入以降、低賃金委員会が、ほぼ毎年行われている最賃額の改定を実質的に担っている。同委員会は、政府の毎年の諮問を受けて、改定額の水準や最賃制度の経済・雇用状況への影響を中心に調査・研究を実施するほか、平均賃金・物価の動向、政労使等からの意見などを考慮のうえ、報告書として取りまとめている。今回の改定に関する委員会の報告書("National Minimum Wage - Low Pay Commission Report 2008 (PDF:818.48KB)リンク先を新しいウィンドウでひらく")は、最賃をめぐる状況を以下のように分析している。

低賃金層は女性・パート労働者が多く、小売業に集中

報告書によれば、最低賃金以下の賃金水準の雇用者の約3分の2が女性で、就業形態別ではパートタイムが6割を占める。また、人種別にはパキスタン・バングラデシュ系を中心とするエスニック・マイノリティ、年齢別には65歳以上の高齢者層(特に女性)や22~25歳もしくはそれ以下の若年層、あるいは障害者などの層で、特に比率が高い。さらに、企業規模別では小規模企業ほど低賃金労働者を雇用する傾向にある(1~9人規模で10%以上、10~49人規模でも8%)。業種別には、理髪業、清掃業、飲食・宿泊業(Hospitality)などに多い。ただし絶対数では、小売業(335万人)、飲食店・宿泊業(181万人)およびソーシャル・ケア(育児・介護等の公的なサービス:116万人)の3業種で、国内の低賃金雇用者の過半数を占めている。

最賃制度の導入は、これらの層にどのような影響を及ぼしているのか。報告書によれば、ここ数年の雇用状況は、低賃金業種を中心に改善する傾向にあり、求人も増加している。また、主として小規模・零細企業(1~49人)での雇用増がこれを支えており、中規模企業(50~249人)や大企業(250人~)では、むしろ雇用は減少傾向にあるという。

この間、女性やエスニック・マイノリティ、障害者の雇用は、この10年間増加しており、最賃制度の導入による悪影響は見られない。また、低所得層では男女間の賃金格差が顕著に縮小しており、これは女性パートタイム労働者の賃金水準の向上を主に反映したものと考えられる。同様に、エスニック・マイノリティについても、低所得層を中心に所得水準が改善している。

一方、若者の雇用状況等については、特に2004年以降、18歳層を中心に失業者、非労働力人口ともに拡大がみられる。報告書はその原因について、東欧などからの若い外国人労働者の急激な流入と、高齢者の労働市場への残留などが大きいとみている。

改定額、景気の陰りに配慮

前年の改定は、平均賃金や物価水準の上昇率より低い伸びにとどまったが、それでも100万人前後の雇用者が、改定の恩恵を直接被ることになったと委員会は推計している。今年10月からの改定額に関しては、22歳以上の労働者に適用される基本額を5.73ポンド(3.8%増)とするほか、18~21歳向け額について4.77ポンド(3.7%増)、16~17歳向け額について3.53ポンド(3.8%増)とするよう政府に提案している。昨年に続いて、平均賃金の上昇率(4.0%)を下回る今回の改定は、アメリカで発生した金融危機の余波で、長期にわたり持続してきた好景気に陰りが見え始めていることへの配慮が大きい。また同時に、ここ数年の最賃額の急速な増加を抑制するという意図もある。委員会は、ほぼ昨年と同等の労働者が影響を受けるとみている。

一方、改定をめぐる労使の意見は、ほぼ例年通りの内容といえる。

使用者側は、最低賃金制度自体には理解を示しており、今回の改定にも比較的好意的な立場だ。しかし、改定による人件費増の影響は企業に対して重い負担となっており、採用の抑制、労働時間の削減のほか、利益の取り崩しや価格転嫁などで対応せざるを得ない状況にあるとして、これ以上の引き上げは競争力の低下と雇用への悪影響を招くと主張している。また、例えば小企業連盟(FSB)は以前から、地域ごとの賃金水準の差を考慮した地域別最賃額の導入を政府に求めている。

対する労組側の主張は、企業にはこれまでの最賃額の改定による悪影響はほとんど見られず、収益の堅実さを考えれば、より高い最賃額にも対応可能なはず、というものだ。今回の改定額についても、引き上げ自体には歓迎の意を示しつつ、生活賃金として適正な水準と考える7ポンド前後への引き上げを要請する産別が多い。一方、英国労組会議(TUC)は今回の改定額に対する声明で、数年来の要望である「6ポンド以上への引き上げ」を繰り返すにとどまっている。

ただし、TUCは同声明のなかで、「基本額の18歳からの適用」も主張している。年齢区分の廃止を求める意見は、労組以外にも自由民主党などからも聞かれるが、若年層の雇用状況の厳しさなどから、政府や低賃金委員会はこれを現実的な選択肢として考慮していないとみられる。年齢区分については、低賃金委員会も制度導入当初から、基本額を21歳から適用すべきとの提案を行っているが、政府は、若年層の教育訓練を促進したいとの考えから、現在までこれを採用していない。

委員会提言、法令遵守状況の改善求める

報告書は政府に対する提言として、最賃額の大幅な引上げを企業に求めるよりも、むしろ企業における法令遵守状況を改善すべきであると主張し、より効果的なガイダンスと履行確保体制の強化を求めている。関係者へのヒアリングなどから、外国人労働者に対する違反が増加している可能性や、インターンシップなどの名目で最賃以下もしくは無給の就労の横行、また住み込みの仕事(sleepover)での宿泊費の天引きなどをめぐる混乱などが明らかになっているためだ。ただし委員会は、全般的な遵守状況については楽観的で、大半の企業は最賃制度を遵守しており、違反事例についても多くは制度に関する知識不足に起因するものとみている。

政府は現在、履行確保を実施している歳入関税庁の監督官の権限強化や、違反雇用主に対する罰則の強化などを進めており、委員会はこれらの取り組みを評価している。また政府内部では、地域別最低賃金の導入が検討されているともいわれるが、今のところ詳細な方針などは示されていない。

最低賃金額(22歳以上)の推移 (単位:ポンド、%)
  1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
最賃額 3.60 3.70 4.10 4.20 4.50 4.85 5.05 5.35 5.52 5.73
増加率   2.8 10.8 2.4 7.1 7.8 4.1 5.9 3.1 3.8
未満率* 0.9 0.9 1.3 0.9 1.0 1.0 1.0 1.0    
対平均賃金比率* 35.7 34.7 36.5 35.9 37.7 38.5 38.5 39.6    
  • * 労働時間・所得統計調査(Annual Survey of Hours and Earnings, Office for National Statistics)に基づく低賃金委員会の推計。なお、最賃額の改定は通常毎年10月に実施されるが、同調査は4月時点のものであるため、上記は各年の改定額について、翌年4月の賃金水準と比較している(例えば99年の35.7%は、2000年4月の平均賃金に対する比率)。また、2004年と2006年にそれぞれ集計方法が変更されており、このためこの前後の数値は接続していない。
  • 出典:National Minimum Wage: Low Pay Commission Report 2008

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