長期化する珠江デルタ地域の労働力不足現象

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  • 国別労働トピック:2006年6月

2005年の旧正月以来、珠江デルタ地域では「民工荒(都市における出稼ぎ労働者の深刻な不足)」が深刻化している。しかし、今年の旧正月前後に行われたある調査によれば、現在も農民労働者にとって珠江デルタ地域は長江デルタ地域より魅力的なようである。しかも、昨年から珠江デルタ地域に位置する広東省への出稼ぎ労働者は増加傾向にある。

労働条件改善で魅力回復をねらう珠江デルタ地域内企業

2005年のデータによると、広東省及び珠江デルタ地域の多くの地区で外部からの出稼ぎ労働者が増えている。珠江デルタ地域の中心都市である広州市でも、2005年に外部からの出稼ぎ労働者総数が大幅に増えた。2004年末に労働部門で登録していたのは約130万人だったが、2005年末には144万人にも達しているのだ。これ以前に広東省労働保障庁が発表していたデータを見ても、労働保障部門に登録された他省からの労働者数は年平均10%の増加を示している。そして、他省から来て広東省で就業している総人数は、2004年末に約1400万人だったものが、2005年末には約1600万人に増加している。

珠江デルタ地域では、広東省が魅力を失い、出稼ぎ労働者の多くが長江デルタ地域などへ流れたため、「労働力不足」が起こったと噂されていた。しかし、労働社会保障部が調査した結果によると、依然として珠江デルタ地域の方が長江デルタ地域よりも多くの農村出稼ぎ労働者を受け入れている。また、この調査では、労働者送り出し地区で2006年に出稼ぎへ行こうと考えている出稼ぎ労働者のうち43%が自省内での就業を選択し、珠江デルタ地域へ行って働くことを選択したのは20%だが、長江デルタ地域へ行って働くと答えた者は16%で珠江デルタ地域への出稼ぎ希望者が長江デルタへの出稼ぎ希望者を上回っている。この調査では、一部の労働者を出稼ぎ労働者送り出す県が対象ではあるものの、調査対象の範囲は25省・48県にわたり、対象者は計5300人と幅広い代表性をもっている調査であるといえる。

収入水準の高低は、農村出稼ぎ労働者を惹きつけるうえで重要な要素である。しかし、サンプリング調査では広州市の出稼ぎ労働者が1カ月に得る賃金収入の最新の中央値は950~1100元であった。賃金が比較高いと思われる長江デルタ地域でも1063元/月で、いずれの地区も賃金額にさほど大きな差はない。労働社会保障部が発表した最新のデータによれば、今年、全国の一般的な従業員の1カ月平均賃金は949元の見込みで、それらを上回る数字を両地域とも得ている。

では、なぜ珠江デルタ地域での就労がより魅力的にうつるのか。

出稼ぎ労働者の権益を保護する仕組みの整備が進んだことも、間違いなく珠江デルタ地域をより魅力的にしている。近年、悪意ある経営者による賃金不払い、社会保険料の納付拒否、過度な長時間労働、労災事故などは、各級部門が違法な雇用を取り締るうえで最重点項目となっており、その取り締まりは厳しいものとなっている。労働者の権益保護は徐々にではあるが、好転の兆しを見せ始めている。

それでも労働力不足の落し穴から抜け出せない珠江デルタ

広東省の金州工業区や虎門鎮一帯では、ほとんどの工場の入口にびっしりと従業員募集広告が貼られ、街路の両側に林立する少し大きな工場の入口にも「作業員大量募集」という赤い広告幕が目立っている。

2004年初頭に「民工荒(都市における出稼ぎ労働者の深刻な不足)」の嵐が吹き荒れ始めてから、珠江デルタ地域の労働者不足の傾向は好転の兆しがみえず、最近はさらに悪化する兆しも現れている。労働者不足は、すでに長期的なものとなりつつある。

「民工荒」は、珠江デルタ地域の産業構造の高度化の趨勢でのある種の産みの苦しみなのかもしれない。2006年に珠江デルタ地域で不足する労働者数は100万人を超える可能性がある。

珠江デルタ地域の製造企業は20数年間も安価な土地と労働力を享受してきたが、2004年7月から「民工荒」の嵐が吹き始めた。その後、長江デルタ及び浙江省や福建省などの経済が発達した地区でも「民工荒」が相次いで発生し、約8割の企業が操業に支障を来たした。このとき学界や経済界で共通した見方は、「“民工荒”は短期的な現象に過ぎない」というものだった。しかし、2005年の旧正月を迎えた後、ふたたび「民工荒」は発生した。

広東省統計局農業調査チームが珠江デルタ地域の製造企業における雇用状況を調査した結果によると、2005年下半期に珠江デルタ地域では100万人を超える労働者が不足していた。また、企業の80%が「労働者の確保が難しい」と答えている。

出稼ぎ労働者を引き付けるため、広州市では賃金基準を684元に引き上げ、深セン市が1カ月の最低賃金を特区内で690元、特区外で580元にそれぞれ引き上げたほか、その他の各都市でもそれぞれ適切な調整がなされた。しかし、こうして最低賃金を引き上げても、まだ政府や経済界が期待したほどの効果は上がっていない。

現在の労働者不足は、主に衣料品、電子、電気機器、紡績、食品、プラスチックといった6大労働集約型産業で発生している。業界関係者の考えによると、労働者不足が深刻なため珠江デルタ地域の労働力は売手市場になり、既存の従業員にも多くの選択肢が与えられているので、人員が流動する頻度や速度が高まりつつある。

何が「民工荒」の原因なのか

「民工荒」の原因に対する見方はさまざまである。

東莞市新科電子公司のある部門責任者は、「現在の出稼ぎ労働者は多くが計画出産の実施後に生まれた世代なので、これから出稼ぎ労働者の総数は減り続けていく」と語っている。この会社が生産しているハードディスクヘッドは世界市場で35%のシェアを占め、工場の従業員が最も多いときには1万5000人を超えていたが、現在3000人の労働力不足を起こしている。

賃金水準の低さも問題視されている。しかし、今年賃金は大幅に引き上げられているにもかかわらず、旧正月を過ぎた今もなお労働者は不足している。

東莞市長安鎮にある皮革製品工場の女性労働者は、「賃金は少し上がったものの、物価はもっと上がっている。以前は、出かけて食事や買い物をしても実家へ毎月送金できたが、今は自分で生活するのが精一杯だ。お金を貯められないのなら、実家で生活した方が楽だ」と語っている。

東莞市の一般的な製造企業では1日に10~12時間も働かせ、休みは週1日しかない。そして、現場の労働者が1カ月に得る平均賃金は600~700元で、その中には残業手当や社会保険料も含まれている。800元くらいの賃金を払っている企業でも、必要な労働者を全く確保できずに悩んでいる。

労働力の供給が過剰であるにもかかわらず、出稼ぎ労働者が不足する現象は、理論的に説明できない。問題は、出稼ぎ労働者数が絶対的に不足していることではなく、過度に低い賃金である。

労働・社会保障部は、年初に「企業の春季雇用需要調査」を実施した。その結果、調査対象企業では今年の旧正月から9%の出稼ぎ労働者が流失しており、その割合が例年より増えている。そうした転職者を調査し、元の職場へ戻りたくない理由を聞いたところ、43%の者が賃金の低さを挙げ、22%の者は残業が多すぎて耐えられない、と答えている。

12年来、珠江デルタ地域では1カ月の平均賃金は68元しか上がってこなかった。佛山市の多くの企業では、出稼ぎ労働者に対する1カ月の賃金は10年前にすでに600~1000元に達していたが、経済発展によって地域社会全体の平均賃金が上昇し、生活コストも高くなっているにもかかわらず、現在までその水準をかえてこなかった。広東省統計局のデータによると、CPI(消費者物価指数)は過去15年間にわたって上がり続け、2004年だけを見ても、全省におけるCPIの上昇は2%以上である。表面上の賃金が上がったとしても、出稼ぎ労働者が実際に使える価値は下がっているのだ。

2005年以来、広東省などでは「民工荒」問題を解決するうえで最低賃金基準が果たす役割に注目し、最低賃金基準を調整してきた。全国の30省(市、自治区)で、最低賃金のガイドラインが相次いで制定及び公布されている。しかし、最低賃金のガイドラインは、まだ市場での平均賃金水準を引き上げるまで作用していない。また、国際的にみると最低賃金の決定は、現地の平均賃金の40~60%に設定するのが通例なのだが、この水準に達しているのは全国でわずか5省だけである。そして、一部の省・市の労働集約型中小企業における労働者の賃金水準は最低賃金基準と大差なく、それを下回る企業さえ見られる。

香港経貿商会の会長である李秀恒氏は『香港商報』に寄稿し、次のように指摘した。「珠江デルタ地域の外資系加工企業は、長期にわたって安価な労働コストに依存してきたため、競争力が下がり続けていく。また、そうした企業の多くは、経済効率、創造能力、製品の付加価値などが低い。」

調査によると、珠江デルタ地域の各大都市では産業構造がほとんど同じである。現在、広州、深セン、珠海、佛山、惠州、江門、肇慶、中山など珠江デルタ地域の8大都市における生産高上位6位は、いずれも衣料品、電気機器、電子、紡績、食品、プラスチックといった労働集約型産業である。「民工荒」の発生は、珠江デルタ地域が安価な土地と労働力に依存してきた時代の終焉を象徴している。これは、歴史が発展していくうえで必然的な法則なのだ。

3年続いた「民工荒」による悪影響の結果も現れ始めている。多くの企業が、内陸地方やベトナムなどへの移転を迫られたり、受注した数量をこなせないためのペナルティーにより経済的損失を発生させている。倒産の危機に瀕している企業も少なくない。これは、珠江デルタ地域で安価な労働力に頼ってきた製造企業、特に中小企業にとっては、間違いなく苦痛に満ちたプロセスと言える。

東莞市長安鎮にある新科電子廠の部門責任者は、「本来は今年の9月に月間生産量を600万個から900万個へ引き上げる計画だったが、労働者確保の現状から見て、その実現は難しいだろう。我々が支払っている賃金の絶対額は決して低くないが、広東省の生活コストが高すぎるのだ。」と語った。この会社では、労働者不足による生産能力低下の問題を解決するため、湖南省または江西省に新しい工場を建設する計画を進めている。

労働者の権益保護が労働力確保の鍵

中国の全国レベルで比較しても珠江デルタ地域には労働力が集まっているといえる。それでも、多くの企業は、今なお「労働力不足」を訴えている。

広東省労働社会保障部が、2005年初めに行った調査によると、確かに1カ月の賃金が1000元を超える企業は容易に労働者を確保している。このことからも、珠江デルタ地域において、必死で人件費を抑え、劣悪な作業環境で農村出稼ぎ労働者の権益を無視してきた「血の汗の工場」ではもはや経営は難しくなっている、ということが明らかとなる。低いコストで人権を無視してでも収益をあげようと考える古い考え方を経営者が変えない限り労働者を確保できないのは、自然の成り行きなのかもしれない。

珠江デルタ地域がめざす産業構造の転換―第三次産業へのシフト

珠江デルタ地域では全体的な第三次産業の比率がまだ50%を超えていないが、珠江デルタ地域の第三次産業は急速な発展の兆しを見せている。また、長江デルタ地域に比べて、珠江デルタ地域の第三次産業は約3ポイント上回っている。2004年、長江デルタ地域におけるサービス業の比率は39.6%だが、珠江デルタ地域では42.4%になっている。

2005年には広東省のGDPが香港やシンガポールを超え、第三次産業は広東省のGDP総額に対して44.2%を占めている。このうち、広州市で第三次産業が占める比率は56.8%に達し、深センでも47.4%となった。また、広東省における製造業の重要基地である東莞市でも第三次産業が42.4%を占めている。

珠海市中小企業サービスセンターのある職員は、「この2年間、サービス業や第三次産業の中小企業を登記することが多く、小規模な工場を開く人は減っている」と語った。また、広州市で走っている1万6000台のタクシーのほとんどは、湖南省や河南省などからの出稼ぎ労働者が借りて営業しているものだ。広州市の弁護士事務所に所属する弁護士で、湖南省攸県広州事務所の責任者も兼ねている丁利民氏は、「湖南省の攸県から広州市へ来る出稼ぎ労働者は、もうほとんど工場では働かない。彼らは、商店、料理店、小さなスーパーマーケットなどを開いたり、タクシーで営業したりしている。その収入や労働環境は、工場と比べものにならないほど良い」と語っている。

第三次産業への就業者のソフト現象は「民工荒」が起こった原因の一つだが、「民工荒」問題を解決するための出口ともなる。珠江デルタ地域では、産業構造を変えて水準を向上させる曙光が射し始めたと言えるだろう。

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