看護師への転身を希望する医師は、6000人
―高賃金を求めて海外へ。国内は、医師不足と医療体制崩壊の危機

カテゴリー:外国人労働者労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2005年9月

2005年8月4日、ドゥケ保健省長官は、「現在、看護師になるための勉強をしている医師は6000人にのぼる」と発表。看護師への転身を希望する医師は、2004年の2000人から、三倍に増加したことになる。「看護師となって海外で働けば、高収入が得られる」というのが、その主な理由。こうした現象の背景には、低賃金等、医師の就業環境の悪さが存在する。ドゥケ長官は、このままでは「国内の医療は、『破局』に直面することになる」と警告した。

フィリピン大学が実施したある調査によれば、2000年から2003年の間に、海外で働くために国を去った看護師は、5万人以上。看護師不足に悩む先進諸国の需要もあり、その数は年々増加しているといわれる。しかし、ドゥケ保健省長官は、「看護師よりも、医師の海外流出の方が深刻な問題」と指摘する。現在、国内では、看護師の数は充足しているのに対し、医師の数は大幅に不足している。海外での高収入を望み、医師を辞めて、看護師の資格を取得し、国を去る医師が増えているためだ。

なぜ医師たちは、看護師に転身してまで海外へ出ようとするのか。そこには、低賃金、ハードスケジュール等、国内の医師の就業環境の悪さが存在する。特に、賃金については、海外で働く看護師よりもかなり低い。例えば、フィリピンの国立病院で働く医師の月収は、およそ446ドル(約25000ペソ)。もしこの医師が、海外で看護師として働けば、月収は8000ドルにもなる。この高収入に惹かれた医師達が、看護師への転身を目指し、そして、国を去るというケースが後を絶たない。

こうした状況は、「国内の保健医療体制の危機的状況をつくり出している」とし、同長官は、「特別委員会」を設置して、「フィリピン人医師が海外で働くには、少なくとも3年から4年、国内で働くことを条件とする」という法案を作成したことを明らかにした。しかし、同法案が、医師の海外流出の歯止めとなるのか。こうした条件を設定したとしても、この「3年から4年」という間に、「このまま国内に残り、医師としてやっていこう」と、彼らが思えるような就業環境の整備が実現しなければ、現在の状況に大きな変化は望めないといえよう。

フィリピン人看護師を求める声は、ヨーロッパ諸国、アメリカ、中東諸国をはじめ、近年では、シンガポール等、近隣アジア諸国からも高まりを見せている。その声に応えるかのように、多くのフィリピン人看護師たちが、海外での職を求めて、国を去っている。最初から「海外で働く」ことを目的として、看護師を目指す者も多いが、医師のように、別の職業からの「転身者」が増加しているというのも、最近の特徴である。ドゥケ長官によれば、弁護士や会計士、エンジニアでさえ、看護師への転身を希望するケースがみられるという。

海外雇用庁(POEA)によれば、2005年上半期(1月1日から6月26日まで)のOFW(海外フィリピン人労働者)数は、50万2772人。2004年同期(48万3496人)から、さらに2万人近く増加したことになる。OFW数の増加に伴い、彼らからの送金額も増加。2005年上半期は、前年同期比21.5%増の48億8600万米ドルとなった(中央銀行《BSP》発表)。OFWの送金は、実質国内総生産(GDP)の10.8%を占めるとされる。

国内経済を、OFWからの送金に頼るところが大きいフィリピンでは、積極的に労働者を海外へ送りだす政策方針をとっている。日本とのFTA交渉でも、フィリピンは介護分野の労働市場の開放を、強く求めてきた。海外労働者の中でも、他の業種に比べ賃金が比較的高い看護師等の医療関係従事者は、外貨獲得の重要な担い手だからだ。しかし、国内の状況に目を向ければ、優秀な看護師や医師たちが不足し、保健医療体制は危機的状況に直面しているだけでなく、医師ではない者までもが、看護師への転身を希望するという事態まで生じている。こうした状況をどう対処するのか。「海外へも国内にも、優秀な人材を」――フィリピンの抱える課題は、決して容易なものではない。

  1. フィリピンの看護師や介護士、医師の海外流出問題及び、海外雇用政策の変遷に関しては、当機構ウェブサイト海外労働情報 国別労働トピック(2004年2月)や、『ビジネスレーバートレンド2004年12月号』「フィリピン日本に受け入れ求めるが、漢語師不足」(34~35頁)等を参照されたい。

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