ホンダ子会社の労使紛争
―その背景にあるもの

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2005年9月

7月25日、ホンダが全額出資するホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア(HMSI)の従業員約1000人によるデモと機動隊が衝突、多数の負傷者が出る騒ぎとなった。4月現在インドに進出している日系企業は298社。「騒乱が各地に飛び火すれば、インドにやっと芽を向け始めた日本企業に進出を思い止まらせる可能性がある」(JETRO)と一時は紛争の拡大が懸念されたが、同社のあるハリナヤ州知事の仲介などにより争議は一応収束に向かった。

労使紛争の経緯

HMSIは、1999年10月、デリー近郊のハリナヤ州グルガオンに設立されたホンダの全額出資子会社。インドにおける二輪車市場拡大に伴い、二輪車生産拠点としての重要な役割を担ってきた。しかし2004年末以降、従業員からの組合の設立要求などが相次ぐなど労使関係が悪化していた。

争議の発端はストライキを首謀したとされる従業員4名を会社側が解雇したことだった。同工場では昨年末から、従業員が賃上げや福利厚生面での待遇改善を求め、会社側と交渉が行われていたという。交渉はおおむね従業員の主張に沿う形で決着し、生産遅れも年内にはカバーできる見通しだっただけに、同社の困惑は大きかったようだ。HMSIはさらに命令不服従として50人の労働者を停職処分にする。これを不服とした労働者側は解雇・停職処分の撤回を求め大規模な抗議行動を行った。ところがこの抗議行動は、支援する外部活動家によってプロパガンダされ、数百人規模の紛争に発展してしまった。その課程で労働者と警官隊の激しい衝突が発生。BBCによると約700名がこの衝突で怪我をおい、公務執行妨害で60人以上が拘束されたという。この模様はテレビでも放映され、インド人権委員会は警察によるデモ隊への過度の暴力に対し批判を行うなど、事件はメディアでも大きく報じられた。

多国籍企業で頻発する労働争議

ハリナヤ州政府首相、マンモハンシン首相などが仲介に乗り出したことにより、事態は一応収束の方向に向かった。しかし、問題の火種がすべてなくなったわけではない。インドの労働者が直面している現実は、一企業の争議事件で片付けられない背景がある。BRICSの一角として注目され始めた眠れる巨象インド。急激な経済拡大を始めたプロセスともいえるが、紛争の火種が多国籍企業との間で起こっていることに特徴がある。

一つ目は賃金問題。大都市の不動産価格は上昇を続け家賃はすでに日本の地方レベルに達している。食料品や交通運賃など物価も上昇しており経済成長とともにインフレは深刻化している。これに伴い、IT技術者と生産労働者の賃金格差はますます拡大。賃金の急激な上昇は、日本企業を含む多国籍企業に負担感を与えている。

もう一つは労働条件。カースト制度に根ざす労働者階級間の労働条件の格差を解消することは難しい。給与を含めた男女間格差も大きく、女性は正規雇用比率が著しく低い。また私企業においては、失業、傷害保険も完備されていないなど福利厚生の面では先進国とはまだ大きな隔たりがある。

多国籍企業に対するフラストレーション

今回の労働争議は経済発展を受けて賃上げ要求が高まった結果と言えるが、もう一つの背景として、労働者側に組合結成の動きがあり、これをめぐるトラブルがあったことがあげられる。もともとインドでは労組関係者が政治家に転じるケースも多いなど、独立運動と労働運動の結びつきが強い。労働運動は強力で、82年に日本企業としていち早く進出したスズキでも大幅な賃上げ要求が続き、2000年には数カ月に及ぶストライキが行われた。トヨタでも01年から2年連続でストライキが発生した。欧米企業でもストライキが頻発。なかには2倍の賃上げを要求された企業もあるという。

物価高を背景に労働者は生活苦の救いを賃上げに求めようとする。労働条件の改善もままならない、こうした労働者のフラストレーションの向かう先が多国籍企業というわけだ。とりわけ経済大国日本からの進出企業に対する彼らの期待感は大きいといえる。成熟した労使関係を持つ日本の企業に寛容な受容を求めようとするわけだ。これが労働者を労組結成へと向かわせるわけだが、ここにグローバル市場で凌ぎを削る多国籍企業の思惑との間にギャップを生じさせる。今回の事件の示唆するものは、一企業の争議事件に止まらず、日系企業全体の将来に関わる重い課題でもある。

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