人口移動と進展する戸籍制度改革

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2005年3月

中国では、40年間以上施行されてきた戸籍管理制度が順次廃止され、条件付きではあるが、実際の居住地に戸籍が移動できるようになりつつある。この結果、大都市に進出している外資系企業が、周辺農村や地方の比較的低賃金の労働者をより容易に採用できる可能性が現実的になり始め、関心を集めている。

人口の移動を制限する戸籍管理制度は、今日では、中国経済の持続的発展を制約するマイナス要因になっているといわれている。経済の持続的な発展を図るためには、単に投資拡大に依存するだけではなく、生産要素の自由移動、人材、労働力、知識や技術の自由移動が不可欠であり、戸籍などの人口移動を制限する諸政策の改革が急務となっている。

国家政策としての戸籍制度

1949年の新中国成立まで、中国の人口移動は比較的に自由であった。

しかし、中国政府は、重工業を優先的に発展させるという国家戦略(注1)を実施するために、農業から原始的な蓄積を図るという指導方針の下で、農民から生産余剰を獲得するために、低い農産物価格政策を制定した。また、政府は農民を農村に留めるために戸籍制度の整備を全国的に進めた。

1958年1月全国人民代表大会常務委員会で採択された「中華人民共和国戸口登記条例」は、都市と農村で制度的に統一されておらず、都市間でも不揃いであった戸籍制度を全国的に統一した制度に整えようとするものであった。この条例は現行の基本法規であるとともに「都市戸籍」(あるいは「非農業戸籍」)と「農村戸籍」の分離という中国特有の戸籍制度の出発点となったのである。

同条例第10条は、「公民が農村から都市に移るには、都市労働部門の採用証明書、学校の採用証明書、もしくは都市の戸籍登録機関が移入許可証明書を持って、常住地の戸籍登録機関に出向いて移出手続処理を申請しなければならない」と規定している。この規定により農民は居住地を移動する際には、まるで外国に行く際にビザを申請するのと同様の手続きが必要となった。そして、このような証明書を入手できる農民は極めて限られている。特にこの戸籍制度は消費財配給制度とセットで運用されることにより人口移動の「社会的統制機能」を果たしてきたのである。戸籍制度と各種の移動制限措置は、農民が農村から都市へと移動する上での法的・行政的制限措置であったが、食料をはじめとする消費財の配給制度は、現金を持っていても、配給切符がなければ消費財を購入することができないため、農民が「不法」に都市に移ることを経済的に制限する措置としても機能したのである。こうして、農民を農村に封じ込め、「農民身分」として、農村で永続的に農業生産に従事させるための装置が整ったのである。このように、大部分の人々は、農民家庭に生まれたら農民として一生を送らざるをえないのである。他方、この戸籍制度は、「都市戸籍」を持つ人々の都市間の移動も制限しており、特に小都市から中・大都市への移動を極めて困難にしている。

戸籍制度改革への新たな潮流

改革開放時代になってからは、このような戸籍制度にも弛みが出始め、都市部に多くの農村からの出稼ぎ労働者が転入してきた。改革前の計画経済の下では、都市部では実質的に職場による日常生活の必需品とサービスの供給制度が実施されており、第3次産業の発展は阻害された。改革後、第3次産業は大いに発展してきたが、その中で日常生活に不可欠でありながら、いわゆる3K(キケン、キツイ、キタナイ)に属する底辺の労働を担っているのは、農村からの出稼ぎ労働者である。彼らはたいていの場合、都市部の私企業か個人経営者に雇われ、都市の人より比較的に低い賃金で働いている。特に、戸籍による「二元化社会構造(注2)」が存在するが故に、都市部と農村部の間に、所得や生活水準に大きな格差が存在している。それと同時に、豊かな東の沿海地域と相対的に貧しい西の内陸部で、地域所得格差も拡大しつつある。就労のチャンスと豊かさを求めて、多くの出稼ぎ労働者が東部地域の、都市へ流入していった。このような格差の存在から、都市で就労している農業戸籍の労働者は、政府の戸籍制度に対し強い不満をもつようになった。行政機関も、現実問題として、都市と農村の労働移動が激しく、農村戸籍を持つ労働者の労働移動を厳格に管理することは不可能な状態にあった。

他方、人口移動は農民だけでない、地域格差の存在のために、大都市などでは多くの頭脳労働者が他の都市から転入して、企業などに就業している。彼らはその他の戸籍を取得しなければ、親族と別居することを余儀なくされる。年に何回も里帰りしなければならない。外資系企業は、従来の国家による人事、労働市場システムに入っていないため、これまでも大量の出稼ぎ労働者を雇い入れている。このように、都市部で仕事をしているが都市戸籍を得ていない人口が実際には多数存在している。2004年公安部の発表によると、全国の移動人口は1億3000万人に達し、そのうち約5000万人が都市臨時居住人口として登録されている。こうした人々の戸籍問題の解決は大きな課題になっている。

このような背景から、1990年代後半以降、中国の戸籍管理は規制緩和の兆しを見せ始めた。1997年7月30日、中国国務院は、公安部の「小都市の戸籍管理制度の改革実験案」と「農村の戸籍管理制度に関する改善意見」の報告に発表した。その内容は、農村戸籍を持つ、いわゆる農村人口に属する人たちは、ある期間小都市で長く就業し居住していれば、都市常住戸籍を申請することができるようになるというものである。この実験案では、戸籍は農村にあるが、小都市に固定した住所があり、満2年間居住し、かつ次の条件を満たす者は都市常住戸籍を申請できる。(1)農村から都市に入り、就労し、もしくは第2次、第3次産業で起業する者、(2)小都市の企業、団体、その他の機関に招聘された管理者、専門技術者、(3)小都市で職場の配分によらない市場価格の住宅を購入した者、もしくは合法的に自ら建設した住宅を持つ者。

さらに1998年8月に、国務院は公安部の意見を受け入れる形で、戸籍管理に関する公文書を公布した。その中に盛り込まれた規制緩和の内容は、(1)新生児が父母のどちらの戸籍に入籍するかは基本的に自由選択できる、(2)夫婦別居の場合、配偶者の所在都市に一定期間居住していれば、本人の意思でその都市の戸籍を取得できる、(3)子女と同じ戸籍所在地に居住していない高齢者(男性60歳以上、女性55歳以上)の場合、その子女が親の居住都市の戸籍を取得できる、(4)転勤などの原因により家族と離れる者が元の居住地に戻る意思がある場合、優先的に解決すべきである、――というものである。最も注目されるのは、都市部で投資したり、事業を起こしたり、もしくは住宅を購入する人、およびその直系親族が、都市にて安定した住所があり、安定した職業若しくは収入があり、一定の期間居住している場合、当該都市の戸籍を取得することが認められるという規定内容が盛り込まれていることである。

新戸籍制度の登場と残された課題

このような規制緩和は、段階的に進展するものと見られているが、市場経済の急速な進展により、経済発展の重要な担い手である出稼ぎ労働者から都市と農村の戸籍分離制度の廃止を求める要望が強くなっている。政府は、これを無視することができない状態である。2001年から戸籍制度の改革を本格的に開始した。その内容は、従来の農業戸籍、非農業戸籍という戸籍上の区別を廃止し、戸籍登録は、実際の居住地の行政機関で、「居住民戸籍」登録を実施すればよいことというものである。

これにより、2001年12月初め、改革開放の先行地域である広東省では、実際の居住地によって戸籍を登録する原則が決定され、都市と農村の戸籍登録が同一原則によって管理されることとなった。全国規模では、中小の都市で戸籍の統一政策が試験的に実施されている。2003年、戸籍制度の改革に着手した都市は2万都市に達し、中小都市の約50%が改革に着手したことになる。それ以降も、各地域での戸籍制度改革は加速している。たとえば、広東省深セン市は2004年6月29日に、市にある27万農民を10月31日前にすべて都市住民になることを決定し、農村集団所有の土地を国有にすることを決定した。この措置によって深セン市は中国初の農村と農民がいない都市になったのである。また、重慶市は、2003年9月1日から、山東省は2004年10月から、従来の農業戸籍、非農業戸籍という戸籍上の区別を廃止し、戸籍登録は、実際の居住地の行政機関で、「居住民戸籍」登録を実施することになった。広東省と浙江省は、2005年に戸籍管理制度のより徹底した改革を行うことを宣言している。

こういった中小都市での動きに対して政府は、大都市での戸籍の統一はまだ認めていない。大都市での戸籍制度の統一が可能となるためには、治安維持政策の拡充、教育施設の充実、社会保障制度の完備、交通機関・上下水道などインフラの整備――などがさらに進むことが重要であり、しばらく時間が必要だと政府は考えている。また、大都市での戸籍の統一を認めれば一時的に都市の治安が悪化することも予想されている。

中国公安部は、今後中国の戸籍管理制度の改革のために、厳格な戸籍登録、都市と農村の一体化した戸籍登録制度の確立、積極的に戸籍移転政策の調整、戸籍管理の法・制度の整備の加速、人口の情報化管理システムの建設などの5つの側面を全面的に推進することが必要であると見ている。

戸籍制度の改革により、「農村戸籍」と「非農村戸籍」の区別が廃止され、人口移動が自由になったとしても、格差の厳しい二元社会構造は解消されないと考えられる。重要なことは、戸籍制度と連動し一体化した労働、雇用、教育、社会保障などの社会制度の全面的な改革を行うことである。

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