OECD「雇用アウトルック2004」
―時代ニーズに対応した新雇用戦略への積極的検討

カテゴリー:労働条件・就業環境人材育成・職業能力開発統計

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  • 国別労働トピック:2004年10月

1994年の閣僚理事会において、雇用失業情勢の分析、失業削減と雇用創出のための政策提言が報告され、OECDの雇用戦略が打ち出された。今年で10年目を迎えるOECD雇用戦略は、社会経済環境の変化を背景に、現在、新たな政策提言構築のための再評価の段階に入っている(2006年のOECD閣僚理事会へ新しい雇用戦略が報告される予定)。

1994年雇用戦略としての政策提言

1994年に提出された政策提言は、「政府は、循環的で構造的な政策の双方を行い、両者の相乗効果を追及する総合的な戦略を採用すべきであり、経済社会すべての構成員が、生活水準と雇用創出の持続的改善に向けた努力をすべきである」という当時のペイユ事務総長の声明に代表される、9つの具体的提言の実現を目指すものであった(後年1項目追加された)。

具体的提言は以下のとおり。

  1. 適切な構造政策と成長を持続させるマクロ経済政策
  2. 技術開発の枠組みの改善と技術的ノウハウの創造と普及の促進
  3. 労使の自主性に基づく労働時間の柔軟性の拡大
  4. 起業や経営の拡大のための障害や制限を撤廃し、起業家精神あふれる環境を情勢する
  5. 地理的条件や若年者を中心とした技能水準の反映した賃金体系の導入を妨げる規制を除き、賃金と労働コストをより弾力的にする
  6. 民間部門の雇用拡大を抑制する雇用保護規定を撤廃する
  7. 積極的労働市場政策の強化と効果を高める
  8. 教育訓練制度を大幅に改編することで労働力の技能と能力を高める
  9. 労働市場の効率的機能を阻害することなく、基本的平等という社会目標を達成できるように、失業給付及び社会保障給付制度、給付制度と税制の相互作用のあり方を見直す。
  10. 製品市場の競争の向上

2004年雇用アウトルック

最近のOECD諸国の雇用情勢は、失業は高止まりの状態ではあるが、全体的に減少しており、雇用戦略の一定の成果をみることができる。しかし、就労が可能であり、意欲があるにもかかわらず、就労適齢年齢者の35%が雇用されていないことが問題として指摘される。また、この雇用率には、国によりばらつきが有り、オーストラリア、ニュージーランド、北米や英国等では被雇用者の割合が低いが、中東欧、ギリシャ、イタリア、メキシコやトルコでは割合が高いことが指摘された。

2003年度OECD諸国の雇用情勢

Sauce:OECD Employment Outlook 2004.

今後2年間でアメリカ、日本、EU加盟国においては失業の改善が予想さえるが、それ以外の30加盟国について依然として高失業が懸念され、政府による広い角度からの経済社会的アプローチが期待される。

「2004年雇用アウトルック」は、1994年のOECD雇用戦略で出された政策提言のフォローアップと時代の変化に応じた新たな分析を以下の構成で行っている。

  1. 出勤及び退勤の記録―労働時間に関するいくつかの事実

    子供を有する親にとって、パート機会の増加が家庭責任との両立を可能にすること、高齢者にとって仕事の継続、職業生活の長期化を促進すること、企業にとって仕事量の変化による労働時間の調整を可能にするなどの効果が指摘された。しかし、一方で、夜間労働や週末労働、仕事スケジュール管理の困難さ、長時間労働などが発生することも明らかになり、OECDが推進する労働時間の柔軟化は、雇用増加には機能するが負の側面があることが指摘された。

  2. 雇用保護法と労働市場のパフォーマンス

    雇用保護法が緩和されることで使用者が労働者を雇用しやすくなり、若年者や女性への雇用機会は拡大することが明らかになった。しかし一方では、仕事の安定性が薄れ、臨時雇用の増加が過度に強調される傾向が生まれている。このことから、雇用保護法制の長所と短所のバランスをとり、同時に未就業者への技能開発と雇用支援サービスを検討することの重要性が指摘される。OECD諸国内の雇用保護の強さについては、地中海沿岸諸国が一般に強く、英語圏諸国では弱いことが明らかになっている。

  3. 賃金決定システムとその結果

    過去20年間で技能水準の差異による賃金格差は拡大している。また、収入格差の大きな国では雇用が発展していることも明らかになった。このことから、収入の不平等の拡大は、低技能者の雇用を拡大するには必要なことであるかもしれないという効率化と平等化のトレードオフの関係が指摘された。

  4. より多くのより良い雇用に向けた技能の向上:訓練によって違いが生じるか

    訓練を受けた労働者は、そうでない者より失業しない可能性が高いこと、失業しても再就職の可能性も高いこと、特定の集団を対象とした訓練政策は、訓練を受けた者が受けていない者を失業に追いやる効果もそれほど大きくないことが明らかになった。また、その集団全体の雇用率向上に貢献している。すなわち、訓練は、低賃金労働者にとって、有益である可能性、高齢労働者が職業生活を続ける能力と意欲を導き出すことを指摘している。

  5. 非公式雇用と給与を支払われた経済への移行

    中東欧、メキシコ、トルコ、南欧の一部では、申告されない雇用が多数存在している。申告されない雇用が多い場合、多くの弊害が指摘される。たとえば、税や社会保険料支払いが見逃され、高い税率を生み出し、公共財の財源侵食など国の財政を圧迫するほか、適切な教育及び社会保護制度を阻害する。就業者の記録がないことにより、適切な社会的保護を受けられないものも多い、不公正な競争や低い生産性を導く。企業がその存在を隠し、小規模な活動を行い、契約等も守らないなど非効率な生産性も指摘される。不法移民の拡大にもつながる事が懸念される。

申告されない雇用を公式雇用へと導くための対策は、1994年の雇用戦略では取り組まれていない課題であった。今回、雇用戦略を再検討するにあたり、OECDはこの問題を深刻にうけとめ、

  1. 税制や社会保障制度を一貫性のあるものにすること、
  2. 公式雇用での煩雑な規制と行政手続きを見直すこと、
  3. 労働監督や税検査の強化など既存の規制の履行をより良くすること、
  4. 社会保護と雇用促進サービスを本当に必要とする者へ向けること

など、地下経済を経済の表舞台に導き出す工夫をする必要を強調する。政府の行政運営についても今後どのような具体的政策を実施していくのかという質の問題が、この場合重要な要素であると指摘している。

2004年雇用アウトルックと日本

OECD事務局の指摘によると、日本の労働市場は過去10年の脆弱な経済成長を背景とした陰りが漸く改善の兆しを見せ始めている。今回の雇用アウトルックの結果からも、日本はOECDの平均的な国よりも高いパフォーマンスを維持している。これは、失業率に関してばかりではなく、15歳から64歳までの生産年齢人口の就業率が68%とOECD平均よりも高いことからも明らかである。

しかし、ここで就業率の男女比を見た場合、問題もないわけではない。男性の場合90%を超えるプライムエイジ(25歳から54歳)就業率に対して、女性は65%に過ぎず平均を下回る。また若年層(15歳から24歳)の就業率も60%以上と低い。日本にとっても労働市場への参加率の低いグループに属する人々を就業へ導くことは重要な課題である。

OECDによると、

  1. 雇用保護法制のあり方が女性や若年者の労働市場への新規参入の障害となっている可能性、
  2. 臨時的雇用への規制の弱さが、若年者が熟練となれず将来性の乏しい臨時的雇用から抜け出せない理由である可能性、
  3. 常用雇用者と臨時雇用者の規制の格差の存在

などが、労働市場への参入の障害として分析されている。特に、有期雇用契約や派遣会社にかかる法令の緩和措置は、こういった就業を選択する女性を増やした。そのため、臨時的雇用形態の典型的な特徴である仕事への定着率の低さ、職能向上機会の少なさなどネガティブな影響が生み出され、新規に労働市場に参加しようとする若者の雇用展望を損なっている可能性が高いとも分析される。

また、女性の労働力率が高まらない原因に長時間労働が指摘されている。日本の場合、パートタイム労働者として労働市場に参入することで、女性の労働市場参加率は上昇し、OECD水準を大きく上回るものとなっているが、処遇と仕事の質という面においては大きな問題を残していると指摘される。日本におけるパートタイム労働者は、常用ではなく、低賃金の場合が多く、その一部は社会保険の適用もうけない。昇進や訓練機会を与えられる可能性も低いことから、常用フルタイム労働者との処遇格差の変更への努力が必要である。また、税制や社会保障制度の構造の変革も女性の就業意欲を高めるために役立つと政策のさらなる検討が期待されている。

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