タイにおける失業保険制度導入をめぐる動き

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  • 国別労働トピック:2003年12月

タイでは、2004年1月より失業保険制度を導入し、政労使それぞれが保険料を負担する。これにより、1992年から政府が進めてきた社会保障法に基づく7つの制度(1.病気、2.障害、3.死亡、4.出産、5.児童福祉、6.老齢年金、7.失業)のうちの最後の分野が制度化され、完備されることになる。

失業制度の概要

タイ政府は、今年2003年6月17日の閣議において、来年1月から徴収が開始される失業保険制度の政労使の各負担率を次のように決定した。

失業保険部分徴収率
政府 0.25%
使用者 0.50%
労働者本人 0.50%

当初、負担率については政労使各自が1%ずつ負担するという原案が提出されていたが、合計で3%は、失業給付の財源としては大きすぎるとの先進国専門家らの指摘を受けて、最終的に三者で調整を行った結果、上記のような負担率となった。

なお、徴収については来年1月より開始されるが、給付については、最低180日以上の保険料納入が要件のため、実際の給付などの本格的な運用の開始自体は、来年7月以降となる予定である。

タイ失業保険制度導入をめぐる各国の協力

失業保険制度の導入にあたっては、ILOは1998年にフィージビリティ調査を行い、失業給付を想定した場合の保険料率の算定などを行っている。また、オーストラリアや世界銀行も短期の現地視察等を実施し、勧告書をタイ政府に提出している。日本も、国際協力事業団(JICA)を通じて、総合雇用政策に関する支援協力プログラムを実施するなかで、失業保険制度導入プログラムの導入を支援してきた。

7つの社会保障制度のうち、なぜ失業保険制度の導入が今日まで延期され、これほどまでに時間がかかったのかという理由について、元JICA雇用政策アドバイザーの野見山眞之氏(現国際労働財団副理事長)は、以下のような見解を示している。

  1. 導入が検討された1990年代初頭におけるタイの失業率は1%に満たず、緊急性があまり高くなかったこと、
  2. しかし97年の通貨危機の際に失業者が急増し導入の要請が高まったこと、
  3. その後導入を検討するにあたり社会保障局(SSO)、雇用局(DOE)、能力開発局(DSD)、のほか、公的福祉局(DPW)や労働者保護福祉局(DLPW)等、異なる局が連携して作業を行う必要があり調整に時間がかかったこと、
  4. 失業保険業務に携わる行政職員への業務研修を実施する時間が必要だったこと、

といった点を挙げている。

タイの失業保険制度における今後の課題

失業保険制度の導入に際し、タイ政府は、JICAの協力により、実際に失業者の応対をし、職業安定業務を行う雇用局(DOE)職員に対する研修を実施している。主な内容は、失業認定の仕方、就職斡旋の基本ルール、職業訓練への受講促進、広域的な職業安定事業の運営等である。従来、タイでは職業紹介に関しては、民間職業紹介サービスに頼る求職者が多かったが、失業保険制度の導入後は、公共の職業紹介所を利用する求職者が増加するのは確実であり、今後大幅な業務量の増加と役割の重要性が増すことが予想される。また、この失業保険制度が運用され始めれば、今後雇用創出政策や労働需給調整、能力開発の促進などの雇用政策も段階的に強く求められ、タイ政府は従来の「できる部分からやっていく」といった五月雨式の政策実行のやり方から、中長期的な視野に立った包括的な雇用政策を行っていく必要があると考えられる。

タイの社会保障制度の現状を改めて振り返ってみると、この「できる部分からやっていく」という弊害は、すでに見受けられ、本来最も社会保障法の範囲でカバーされるべき農林水産業従業者やインフォーマルセクターの労働者等の社会的弱者層まで手が届いていない。この問題点については政府側も把握しており、10月1日付の「バンコクポスト」によると、タイ政府は今後6年間をかけて大がかりな移民違法労働者や貧困層やインフォーマルセクターの失業者の救済政策を行うことを宣言しており、失業保険制度の徴収と同じく、2004年1月1日から貧困層の現状把握のための登録受付を実施していく予定である。

このように今回社会保障制度の網から漏れてしまった人々の救済に関する政府の対応は一定の評価ができるが、今後は社会保障制度本来の目的を達成するための制度改革が必要になってくるだろう。

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