現代自動車の賃上げ・労働協約改訂交渉の妥結とその影響

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2003年10月

現代自動車で8月5日、ようやく2003年の賃上げおよび労働協約改訂交渉が妥結し、42日間に及んだ労使紛争は終結を迎えた。同社労使は4月18日から交渉を重ねたものの、あまり進展がみられなかったため、労組側は6月13日に中央労働委員会に争議調停を申請し、6月24日には組合員投票を実施するなど、ストライキの手続きに入った。投票の結果、賛成は54.8%で労組設立以来最低水準にとどまったが、労組側は翌日の25日からストライキを繰り返し、7月27日からは夏休みに入ってしまうなど、労使紛争は1ヶ月以上に及んだ。これに危機感を覚えたのか、政府は「労使紛争の長期化が国民経済に深刻な影響を及ぼしているので、緊急調整権の発動(30日間スト禁止)を検討する」方針を明らかにし、労使交渉に直接介入する構えをみせた。

生産・売上損失の急増(8月5日現在1兆3851億ウォン(注1)や政府の直接介入の構えなどに負担を感じたのか、8月4日に再開された交渉で労使双方は歩み寄りの姿勢を見せ始め、翌日の5日にようやく合意に達した。しかし、同労使合意案には「労組の経営参加、週休二日制の導入、非正規労働者の処遇改善など」が盛り込まれたため、経済界に衝撃が走り、政労使の間でその影響や法制化をめぐる話し合いや駆け引きが再び活発になっている。

以下、労使交渉における主な争点と労使合意の影響を詳しくみてみよう。

1.労使交渉の経緯と主な争点

2003年の賃上げおよび労働協約改訂交渉でまず目を引くのは、労組側が上部団体との連帯闘争態勢を強め、賃上げのほかに、労組の経営参加や週休二日制の導入、非正規労働者の処遇改善など労働界の最重要課題を貫徹させる構えを崩さなかったことである。そのため、後者の3大争点をめぐって労使交渉は難航し、労使双方はだんだん労働界と経済界の利害をそれぞれ背負って立つような対立構図にはまってしまった。それには、民主労総傘下の金属労組(中小下請け企業が中心)が初めての産別交渉で「労働条件の削減のない週休二日制の導入」を勝ち取ったケースや、現代重工業で大幅な賃上げを盛り込んだ労使合意が成立し、9年連続ノーストライキの方針が貫かれたケースなど、現代自動車労使を触発するような労使合意が相次いだことも影響している。

その一方で、ストライキによる生産・売上の損失が急速に膨らむにつれ、経営側のみでなく、現場組合員の間でも7月27日からの夏休みを前に妥結を望む声が高まるなど、労使紛争の長期化に次第に負担を感じる向きが大勢となった。

大きな山場になるとみられていた7月23日の交渉で、経営側は打開策として「大幅な賃上げ案(早期妥結した現代重工業並みといわれる)や、生産性の5%向上を前提に週休2日制の導入など」を盛り込んだ新たな代案を提示したが、労組側は前述の3大争点について満足のゆく案が盛り込まれていないことを理由にその受け入れを拒否した。これで労使交渉は夏休み明けにずれ込むことになったため、今度は政府が今までの労使関係政策に逆行するような「緊急調整権発動」という強硬策をちらつかせながら労組側に早期妥結に応じるよう圧力をかける一幕も見られた。

結局、経営側が8月5日に労組側の要求のうち、「労組代表の取締役会への参加や懲戒委員会の労使同人数構成などの経営参加案」を除いてほとんどの案件を受け入れることで労使合意が成立し、42日間に及んだ労使紛争は幕を閉じた。

2.労使合意の主な内容と政労使の反応

今回の労使合意案には大幅な賃上げ案のほかに、労組の経営参加、労働条件の削減のない週休2日制、非正規労働者の処遇改善など労働界が最重要課題と位置付づけている案件が盛り込まれているため、経済界や経済関係省庁は合意内容の行きすぎやその波及効果を懸念し、早くも対抗措置の検討に入るなど慌しい動きをみせている。以下、争点別に主な合意内容と政労使の反応をみてみよう。

まず、最大の争点であった労組の経営参加をめぐっては、経営側が最後まで譲れなかった経営権のかなめに当たる前述の案件を取り下げる代わりに、雇用安定に向けての労使共同決定の仕組みをより具体的に明記することで合意された。主な内容は次のとおりである。

  1. 経営の透明性向上のために、経営側は取締役会の開催および議決事項を労組側に通知し、労組側の要求に応じて直ちに関連事項を説明する。ただし、労組は会社が秘密事項と定めた経営情報については守秘義務を負う。
  2. 新設備・技術の導入、新車種の開発、生産工程の改善などについては「労使共同委員会で審議、議決する」。
  3. 工場別生産車種の調整、事業の拡大、合併、工場の移転、事業部の分離および譲渡などに関しては「90日前に労組側に通知し、労使共同委員会で審議、議決する」。
  4. 生産工程の変更に伴う業務量の調整については四半期ごとに労組に説明し、労組側の意見を最大限反映する。
  5. 販売不振や海外での工場建設などを理由に一方的に整理解雇や早期退職を実施しない。
  6. 国内工場の生産台数を2003年の水準に維持し、需要不足などを理由に一方的に国内工場を縮小・閉鎖することはできない。

そのほかに在職中の正社員に対しては58歳の定年まで雇用を保障することも盛り込まれた。

このように今回の経営参加案は、主に生産・売上の変動や国内外工場のリストラに伴う雇用調整に歯止めをかけ、正社員の雇用安定をより確実なものにするために、労使共同委員会での審議・議決という労使共同決定の仕組みを具体的に明記したところに大きな特徴がある。労使共同委員会は1998年の整理解雇を機に設けられた雇用安定委員会(雇用に直結する案件を協議する場)を発展的に解消して、2001年から労使同人数構成で設置されるようになったが、同委員会での議決の際に労組側に拒否権が保障されるため、労組の経営参加の度合いが協議から合意により近いところに引き上げられたものと見なされている。

このような経営参加案に対して、労組側は「雇用安定さえ確保されれば、会社の発展につながる経営上の意思決定にやみくもに反対する理由はない。今回の合意は経営の透明性向上策の一環としてとらえるべきである」と述べ、雇用安定をより確実なものにするところに重点が置かれていることを明らかにした。また経営側も「今回の合意は雇用安定を軸に労組との協議の手続きを制度化したもので、労使間の信頼回復を通じて会社の競争力を強化するきっかけになる」と前向きにとらえ、協調的労使につながることへの期待を表明している。

しかし、経済界や経済関係省庁などからは、「対立的労使関係の下では労組の拒否権行使により、経営側の意思決定におけるスピードや効率性が損なわれ、柔軟な雇用調整が妨げられる恐れがある」として、その広がりを危惧し、対抗措置(整理解雇の要件および手続きの簡素化、労組に対しても不当労働行為制度の適用、スト期間中の代替労働許容など)を求める声が高まっている。特に、経営参加制度をめぐっては、現行の「労働者の経営参加および協力に関する法律」で労使協議会を通じての経営参加がある程度法的に保障されてはいるものの、企業現場ではほとんど形骸化してしまうところが多い。それだけに、今回のように労働協約を通じて経営参加の度合いを高めようとする動きが広がりを見せ、経営参加が労使紛争の新たな火種に発展してしまうケースが多発することが予想される。それを未然に防ぐための手立てとして、現行法の下で労使協議会制度の改革に取り組むのか、それとも新たな法制化に乗り出すのか、政府の労使関係改革案づくりに新たな難題が突きつけられた格好である。

第2の争点として、週休2日制をめぐっては、経営側が一時妥協案として「生産性の5%向上を前提に労基法改正と同時に実施する」案を提示したが、「労働条件の削減のない週休2日制の導入」という上部団体の共同要求を貫き通す労組側は「労働条件の削減を伴うものにほかならない」としてその受け入れを拒否した。最終的には「生産性向上に労使ともに努める」ことを前提に9月1日から週休2日制を実施する案に落ち着いた。今回の合意には、中小下請け企業の多くが加盟している金属労組が先に「労働条件の削減のない週休2日制」を実現したことが大きく影響しているようである。つまり、労働界をリードする立場にある現代自動車労組には「絶対譲れない案件である」という当初の防御的な立場から、今度は打って出て経営側にその受け入れを迫る強気の立場に転じるきっかけをつかんだのに対して、経営側はそれに対抗できる名分(中小下請け企業との比較)を失ってしまい、苦しい状況に陥ったとみることができよう。

今回の合意を機に、再び週休2日制をめぐる政労使間の話し合いや駆け引きが活発になっている。8月中旬現在労使政委員会での話し合いは決裂したが、関連法案がようやく国会の労働環境委員会を通過したところである(注2)。

第3の争点として、非正規労働者の処遇改善案をめぐっては、

  1. 賃金7万3000ウォン引き上げ
  2. 成果給2カ月分、生産性向上激励金名目で1カ月分、品質向上激励金名目で1カ月分
  3. 長期勤続手当

の新設などで合意された。

今回の賃上げ案は2002年のそれ(賃金8%引き上げ、成果給2カ月分)を大きく上回るものになっている。今のところ賃上げに限ったものではあるが、非正規労働者の処遇は着実に改善されている。

現代自動車で働く非正規労働者(製造ライン請負)は8000人余に上っているが、そのうち100人余が7月8日に労組を設立し、組織の拡大に取り組んでいる。経営側は直接雇用契約を結んでいないとして、労使交渉の要求には応じていない。現代自動車労組も当初は非正規労働者独自の労組設立に難色を示したが、ここにきて上部団体の運動方針に沿って組織化も視野に入れながら非正規労働者の処遇改善に積極的に取り組む構えを見せており、今回の合意はその表れでもある。

しかし、現場組合員の間では非正規労働者の処遇改善や組織統合などがひいては正規労働者の雇用や労働条件に悪影響を及ぼす恐れがあることを危惧する声も少なくなく、企業内労組の限界も垣間見られる。経営側も、非正規労働者の処遇改善や組織化は柔軟な雇用調整の阻害や人件費の上昇などさらなる負担増を意味するだけに、その対応にだんだん慎重にならざるをえない。中小下請け企業の労働者にそのしわ寄せが行く構造に大きな変化がないかぎり、労働者間の格差は是正されるどころか、その利害関係はさらに複雑になってしまう。このように非正規労働者の処遇改善や組織化は正規労働者の既得権保護を優先する独寡占大企業の労使関係に大きな軌道修正を促す要素をはらんでいる。

最後に、賃上げ案として、

  1. 基本給9万8000ウォン引き上げ
  2. 成果給2カ月分(通常賃金基準)
  3. 生産性向上激励金名目で1カ月分+100万ウォン

などで合意された。今回の賃上げ案は2002年のそれ(基本給9万5000ウォン、成果給2カ月分、生産目標達成激励金150万ウォン)を上回る水準である。

以上のように今回の労使合意は、経営側に莫大な損失を与えながらも、労組側は当初の要求を概ね勝ち取ることができたという点で、独寡占大企業における労使関係の典型的な産物であるといえる。特に、労組側が上部団体との連帯闘争態勢で共同要求を貫き通したことで、労使合意は労働界にとっては新たな既得権、そして経済界にとっては悪い先例と受け取られている。それだけに、政府は労使関係改革案づくりの真っただ中にあってさらに厳しい舵取りを迫られることになりそうである。今回の労使合意の波及効果は想像以上に大きいかもしれない。

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