ツビッケルIGメタル委員長辞任

カテゴリー:労使関係

ドイツの記事一覧

  • 国別労働トピック:2003年10月

東独地域の週35時間労働をめぐるストで、2003年6月に歴史的敗北を喫したIGメタル(『海外労働時報』2003年9月号参照)の内部では、その後このストの責任者でもあるユルゲン・ペータース副委員長の責任を問う声が強く上がり、これが同労組の従来からの改革派と強行派との路線闘争を再燃させ、勇退間際になって改革派を支持するクラウス・ツビッケル委員長と4月に執行部から新委員長に指名された強行派のペータース氏の確執に発展し、同労組始まって以来の執行部の権力闘争の様相を帯びた。しかし、ペータース氏の追い落としは結局功を奏さず、7月21日にツビッケル委員長が辞任することになり、新たなトップ人事としては、ペータース氏とベオトルト・フーバー氏(金属業界の賃金協約交渉の主導的地区であるバーデン・ビュルテンベルグ州地区委員長で改革派)をそれぞれ新委員長・副委員長に指名した4月の執行部の決定(『海外労働時報』2003年8月号参照)が改めて確認されることになり、8月末に前倒しした組合大会でこれが最終的に決定される運びとなった。

以下、執行部の権力闘争の経緯とこれが及ぼす今後の影響・評価について記する。

1.執行部の権力闘争の経緯

東独地域の週35時間労働要求をめぐるストの大敗北後、まず組合員、幹部双方からペータース氏の責任を問い、退陣を求める批判の声が強まった。従来から同氏と対立するツビッケル委員長も、ストの責任をとって退陣するように公に同氏に求め、ツビッケル・ペータース両氏の確執と執行部の対立が進展するなかで、最大州ノルトライン・ウェストファーレン州労働大臣に転出した改革派の旗手シャルタウ氏の名が新委員長人事で取りざたされる一幕もあった。このようななかで、新トップ人事を決め直すことも含めて、7月8日に注目の同労組の執行部会議が開催された。だが、13時間にも及ぶ会議のなかで、改革派のフーバー氏は人事の決め直しを受け入れて副委員長候補から退くことに同意したが、強行派のペータース氏はあくまで委員長職への立候補に固執し、結局執行部会議は新トップ人事に関してなんらの決定もするに至らなかった。

ペータース氏は、同労組内の強硬派のリーダーとして、東独地域も含めて現場のブルーカラーの支持を得ており、4月にツビッケル委員長の後継指名に反して新委員長に指名されたのも、現場を押さえている強みから組合大会で必要な598人の代議員の支持を獲得できるとの見通しの下に、執行部に指名されなくてもあくまで組合大会で立候補して争うとの強硬姿勢を崩さなかったからである。今回の執行部会議でも、同氏はこの姿勢を強硬に維持したが、東独地域のスト敗北の責任についても、戦術失敗の責任を追及するツビッケル委員長に対して、同氏は同労組本部と西独地域の大手自動車会社の経営協議会のストに対する支持の欠如に失敗の原因を帰した。このような対立のなかで、結局ツビッケル委員長が提案した2つの案、すなわち自らの退陣と同時に同氏を退陣させようとの案と、執行部総退陣の案は、ともに功を奏さなかった。

その後、ツビッケル氏は7月14日、10月の組合大会を前倒しにした臨時組合大会を8月末に開催することを発表し、新委員長人事を決着させて執行部の混乱に終止符を打ち、最後の権力闘争で何とかペータース氏を追い落とそうとした。だが、賃金問題専門家としての高い評価はあるが、闘争的リーダーシップに欠けるとされる改革派のフーバー氏が、同労組分裂の危機を回避するためにも委員長職に固執せず、かつ、1993年以来の10年間のツビッケル体制が、結局同労組内の改革派と強行派の路線闘争の方向を決定することができない中途半端なものだったことに対する批判もあり(これは労働問題専門家の共通意見でもある)、強硬姿勢を貫くペータース氏に対するツビッケル氏の批判には支持が得られなかった。さらに、与野党の政治家からも同労組の混乱に批判の声が上がり、執行部の泥沼の権力闘争に対する底辺の組合員からの嫌悪感も漂い始め、結局7月21日、当初予定されていた10月の組合大会での勇退を前に、ペータース氏に対する強い非難を残しながら、ツビッケル委員長は辞任することになった。

その後、ペータース氏はフーバー氏と舞台裏でも協議を重ね、重要な同労組の賃金政策の責任者をフーバー氏とする妥協案も成立させ、7月24日に執行部の支持も得て、結局4月の執行部の指名の枠組みどおり、ペータース氏とフーバー氏をそれぞれ新委員長・副委員長として8月29~31日の臨時組合大会に臨むことになり、この新トップ人事が了承される運びとなった。

2.今後の影響・評価

資金面でも組織力でも戦後のドイツ労働組合運動を文字どおりリードしてきた最有力労組IGメタル始まって以来の執行部の混乱の後で、一応は落着したかのように見える同労組内部の権力闘争は、さまざまな波紋を及ぼしている。

まず、ドイツ単産最有力労組としてのIGメタルの従来の威信が、今回の泥沼の執行部の混乱で低下し、これはドイツの労働者代表にとっても大きな損失だと、広く認められている。さらに、これは労働界全体での威信についてのみならず、同労組内部の、特に底辺の組合員に対してもいえることであり、同労組では、他の労組同様、近年組合員数の減少傾向が目立つが(2003年前半の組合員数の減少は5万人で、2002年全体の減少数とほぼ同数)、今回の混乱でこの傾向がさらに進む可能性が指摘されている。

次に、執行部レベルで混乱は一応収束されたものの、強行派のペータース氏を新委員長、改革派のフーバー氏を新副委員長とする妥協人事が、今回の混乱の後のIGメタルの路線を決定していくうえで解決にならないこと、特に、あまりにも色合いの違うペータース・フーバー両氏の下で、同労組の政策決定等がスムーズに機能するかどうかの将来的な危惧が、同労組内部からも表明されている。すなわち、労働問題専門家は、IGメタルの改革派と強行派の路線闘争は、はっきりと改革派の方向に進むか、ペータース氏とともに左派の抵抗勢力にとどまるか、あるいは権力闘争の継続で弱体化の道を歩むかの岐路に立たされていることを従来指摘してきたが、この問題がなんら解決されていないことが明らかになった。

また、与野党を含む政界の多数、および経済界からは、今回のIGメタルの路線闘争が東独地域における賃金協約闘争に端を発したことからも、同労組の賃金政策の弾力化、特に協約で一律に賃金・労働時間を規制するのではなく、業績の異なる各企業レベルでの決定に幅を持たせることが、従来にも増して要望されており、その意味ではフーバー氏の代表する改革派の方向を支持する声がさらに強まっている。特に、カネギーサー金属連盟会長等経済界からは、ペータース氏に代表されるIGメタルの強行派が、実状に合わない賃金協約による一律の賃上げをストを背後に獲得する、従来の強行手法はすでに機能しなくなっており、これが続くと企業の使用者団体(賃金協約)からの離脱、立地条件問題による他の地域への移転が、さらに促進されることが強く主張されている。

このように、今回のIGメタルの混乱は、最有力労組だけに様々な波紋を及ぼしているが、シュレーダー政権の社会・労働市場改革がいよいよ正念場を迎えるなかで、今後の同労組の動向が注目される。

関連情報