DGB、「議事日程2010年」に対案を提示

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年8月

2003年3月14日に、シュレーダー首相(社会民主党SPD)が注目の「議事日程2010年」と題する施政方針演説を行い、ハルツ委員会答申実施法を超えて、さらに社会・労働市場改革を推進する決意を表明したが(本誌2003年6月号参照)、これに対する党内左派の抵抗も踏まえて、SPDは6月1日に同首相の改革路線への支持を求める臨時党大会を開催することを決定し(他の連立与党の緑の党も、6月中旬に党大会で改革路線の支持を取り付けることを決定)、改革路線はいよいよ正念場を迎えていた。この間、ドイツ労働総同盟(DGB)とその傘下の有力単産のIGメタルや統一サービス業労組Verdiは、首相の改革路線は社会国家の後退だと厳しい批判を続け、対決路線を堅持してきたが、マスコミ、学界等からも抵抗勢力として批判を受け、劣勢に立たされてきた。そこで、ゾマーDGB会長は5月8日、単に反対を唱える勢力との批判に対して、汚名を挽回して一矢を報いる趣旨もあり、首相の「議事日程2010年」に対して、「逆転への勇気―成長、雇用と社会的正義のために」と題する対案を発表した。

以下、DGBの対案とこれに対する各界の反応の概略を記し、SPD臨時党大会の結果を紹介する。

1.DGBの対案

ゾマー会長は、この対案で、ドイツの42%という社会保険料の高さが許容し得る限界に達していることを認め、それと同時にドイツにおける税負担が日本を除く先進産業国の中で最も低い部類であることに言及して、社会国家の理念を後退させないために、まず社会保険関連給付を減額しないで社会保険料を引き下げるとともに、その財源を税収を増やすこと等によって補うことを提言した。同会長は、それとともに、このような構造的な改革は、経済成長を伴うことで初めて意味をもつとして、構造的改革と同時に景気の高揚を図る必要を指摘して、国の景気対策として大規模な公共投資計画と所得税減税の前倒し等を提言している。

(a)社会保険料の引き下げについて

短期的には2.5%、長期的には8.5%の引き下げを行い、以下の施策を講ずる。すなわち短期的には、医療制度にもっと競争原理を導入し、官吏や自営業者を疾病保険制度に組み入れ、保険料の徴収を伴わない社会保険関連給付である産休手当や葬祭料を連邦予算で賄うことにする。中期的(3~5年)には、社会保険料に月額250ユーロの基礎控除を導入して、これに要する350~400億ユーロの費用については、財産税、証券取引所売上税(Borsenumsatzsteuer)の導入、相続税の増額によって賄い、それで不足の場合は、現行16%の付加価値税の標準税率をさらに2%増額する。そして、このような施策を通して、裕福な企業幹部、証券取引所、官吏等にも、改革の痛みを分担させるとしている。

(b)景気対策

まず、自治体に対して投資のために150億ユーロの補助金が連邦から与えられ、高額の投資を行う企業に対しては連邦から30億ユーロまでの補助金が支出され、さらに老朽家屋の修理のための投資に連邦から30億ユーロまでの支援が与えられる。次に、2004年施行の税制改革を前倒しして、所得税の最低税率の引き下げを2003年初めに遡及させて施行し、国民の購買力の向上を図って消費刺激による景気高揚を実現する。このような2つの施策を柱とするDGBの対案で、ゾマー会長は、これによって経済成長が約1.5%見込め、それによって国家の税収が増えるから、国家が負担する債務は増加するが、その増加額は75億ユーロに止まるとしている。

このような状況で、上述のように、ストの影響が西独地域の大手自動車企業の生産停止に及ぶ中で、批判は強まり、ゴットシャルク自動車産業連盟(VDA)会長は、生産拠点を東独地域から東欧に移転すると警告し、電機大手のジーメンス社などからも類似の発言が続いた。さらに、ストを実施している東独地域の部品生産会社の工場で、組合員とスト反対の従業員の対立も生じ、IGメタルのスト指令の統一性にも問題が生じた。そして何よりも、この景気・労働市場の低迷下でのIGメタルの強硬路線に対して、マスコミ・市民の批判が強まり、6月27日に労使交渉は再開され、ツビッケルIGメタル委員長とカネギーサー金属連盟会長のトップ会談を経て、同委員長は28日にスト終結を宣言し、IGメタルはストの目標を達成することなく、全面敗北となった。再開された交渉では、東独地域で労働時間を短縮する前に、単位生産当たりの労働コスト(Lohnstuckkosten)を下げる等、東独地域で一定の経済的な条件が満たされなければならないとの使用者側の要求をIGメタルも受け入れたが、このようなストの目標達成を伴わぬ同労組の全面敗北は、1954年以来の歴史的なものである。

2.各界の反応

このようなDGBの対案に対しては、まずシュレーダー首相が、この案を示された段階で既にこれを拒否したが、同首相は、特に75億ユーロの国家債務の追加負担につき、将来の世代に負担を先送りする誤ったやり方だと批判している。

また、エコノミスト等専門家も、この対案には否定的に反応しており、「議事日程2010年」の方向を押し進めるべきだとしている。例えば、6大経済研究所の1つであるハレ経済研究所(IWH)のリュディガー・ポール所長は、DGBの分析では危機的状況が景気の危機として示され、景気対策が解決策として提言されているが、これは誤りであり、これに対して「議事日程2010年」では、現在ドイツが直面しているのは構造改革の問題だとされており、こちらのほうが正しく、したがって問題は1~2年の景気の高揚策ではなく、持続的に経済成長力の条件を改善することだとしている。同じく6大研究所の1つエッセンのライン・ウェストファーレン経済研究所(RWI)のクリストフ・シュミット所長は、労働側の根本的な誤りは、民間の経済システムから国家が資金を徴収して、それで国家が需要の拡大を図るとすることであり、また、経済成長だけで雇用が増加すると考えるのも誤りで、そのためには労働市場の規制緩和がもっと行われねばならないとしている。同所長はまた、「議事日程2010年」で示された失業手当の受給期間の短縮をDGBが社会国家の実質的破壊だと非難していることについても、これは全くの誇張で、この程度の受給期間の短縮は国際比較の観点からも何ら異常なことではないとしている。

経済界は、失業手当の受給期間の短縮や解約告知保護法の改正等を含めて、「議事日程2010年」の内容自体が不十分であるとしていることから、DGBの対案に反対しているのは当然であるが、他方、抵抗勢力とされる労働側も一枚岩ではなく、従来から柔軟路線で知られる有力労組である化学労組(IG BCE)のシュモルト委員長は、DGBがシュレーダー首相の招きに応じて「議事日程2010年」の修正の話し合いに応じず、この時点で政府にとって受け入れ不能の対案を提出したそのやり方自体を批判している。

その後、シュレーダー首相は、SPD左派の抵抗に対して、6月1日の臨時党大会での支持が得られない場合の退陣をちらつかせ、また臨時党大会では、「議事日程2010年」を断行することがSPDが政権を維持する前提になるとして支持を訴えかけ、党執行部が合格ラインとして予測した70~80%の支持予測を大きく超え、90%の代議員の支持を獲得した。これによって、同首相とクレーメント経済労働相の社会・労働市場改革路線はさらに大きく踏み出したが、DGBやIGメタル等の労組は依然抵抗姿勢を示して立法過程でも戦うとして、対決の秋を放棄しておらず、今後夏期休暇明けの連邦議会で始まる立法段階での審議の帰趨が大きく注目される。

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