ブラジル労働法の概要と同法の改正

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2003年9月

1.ブラジル労働法の概要

ブラジルの労働法は、普通、統一労働法と訳されている。正確に言えば、労働法集成とも言うべきもので、新しく法典として編纂されたものではなく、主として1930年代から1940年代始めに制定された労働者保護法規をひとつの法律にまとめたものであり、1943年5月1日に、大統領令5452号として、当時の独裁者ゼッリオ・ヴァルガスにより公布されたものである(当時、国会は閉鎖されていたので、法律は、大統領の命令として交付された)。労働法が、大統領令(大統領の命令がそのまま、法律の効力を有する)という特異な形で制定されたのはそのためである。

もともと個別法規の集成であるから、その結果として、ブラジルの労働法は、新しい社会の動き、政治的勢力にきわめて柔軟に対処できることになった。つまり、機械の部品を取り替えるように、新しい政治理念や、経済の進展に合わせて、一部分を除去あるいはこれに修正を施せば、法律全部の改廃をおこなわなくても済むこととなったのである。軽度の改正は常に行われており、時には、数十条に及ぶことがある。統一労働法が、ゼッツリオ・ヴァルガスの独裁時代、その後の民主化の時代、1960年代の左翼勢力の伸長、軍政時代、再民主化の時代を生き永らえたのはそのためである。
この法律は、家父長的ではあるが、進歩的側面と保守的性格の両面を持っていた。以下に、その概要を述べる。

2.労働法の基本原則

ブラジル労働法の原則として、以下の4つの原則があげられる。

  1. 労働法の目的は力において劣る労働者を保護するものであるという原則で、以下のものが、その原則を敷延したものである。
    • 「疑わしきは労働者の利益に」の原則:法律の適用に当たって疑義が生じるときは、労働者の利益になる解決が優先される。
    • 労働者有利の条件尊重の原則:例えば、新法によっても、労働者に有利な既得権は揺るがない。
    • 法律のヒエラルキー無視の原則:異なる規範に別個の規定がある場合、労働者に有利な規範を適用する。憲法で保証されている年間30日の有給休暇の規定と異なり、労働協約で45日間の有給休暇を定めればこの協約が優先する。
    • 法文の解釈における労働者の利益優先の原則:法律の規定が明確さを欠く場合、労働者に有利に解釈する。
  2. 労働者の権利放棄無効の原則
    法律に明示の例外規定があるときを除き、労働契約における権利の放棄は無効であるという原則。
  3. 事実優先の原則
    例えば労働手帳(労働契約)に最低賃金を記入しても、事実として、これを超える賃金を支払っていれば、この事実が優先する。
  4. 雇用関係継続の原則
    特に反対の証拠がない限り、労働契約は、期限をさだめず契約したものと推定する。
    以上の原則は今も守られており、労働訴訟においても、労働者側に有利に展開する場合が多い。
    以下、その主要な規定を項目別に要約する。

3.個別労働契約

個別労働契約は、一方を自然人たる労働者、他方を使用者とする契約で、労働者が、従属、非臨時的労働を供与し、使用者が賃金を支払うことを約する契約である。不要式契約であり、明示であるか、黙示であるかを問わないが、実際は、労働・社会保障手帳の記入が義務づけられているので明示の要式の契約であることが強制されている。

労働契約の期限は、原則として、期限の定めのない契約であると推定される。定期契約である場合は、立証が必要で、以下の場合に限られる。

  1. 業務の性格とその臨時性によりあらかじめ期限を定めることが正当化されるとき。
  2. 企業の事業が一時的なものであるとき。
  3. 試用契約(期間は90日)。

これに反する定期契約条項は無効とされる。

期間の延長は、契約の全期間が、2年以下のとき、1回に限り認められる。この期間を超えるとき、又は、1回を超えて延長されるときは、契約は不定期契約に移行する。

定期契約は期限の到来とともに消滅し、解雇の予告を要しない。

期限前の正当理由を有しない解雇は、全期間に支払うべき報酬の半分を労働者に支払わなくてはならない。

労働者が期限前に辞職する場合、この辞職により使用者に与えた損害を賠償しなくてはならない。ただし、その額は、全期間に支払うべき賃金の半分を上限とする。

4.労働・社会保障手帳(CTPS)

労働・社会保障手帳なく、労働契約を結ぶことはできない。雇用は使用者が48時間以内に、手帳への記入によって行う。労働・社会保障手帳を有しない労働者は最寄りの労働省の下部機関で、30日までに、手帳を取得しなくてはならず、使用者はその期間を与えなくてはならない。この場合、使用者は、労働者に、雇用の日付、労働の種類、賃金、支払方式、職務を記入した文書を交付しなくてはならない。労働・社会保障手帳には、さらに休暇期間、PIS(社会統合基金)に関する情報を記入しなくてはならない。労働災害、婚姻及び扶養者に関する情報は、もっぱら社会保障機関が記入する。

労働・社会保障手帳は雇用時に受領書と引き換えに労働者が使用者に提出し、使用者は記入ののち返還しなくてはならない。違反は刑事罰の対象となる。この手帳による労働者の契約制度が賃金、労働条件の改善、社会保障の普及に対して行った貢献は大きいが、一方、経営者側にとって、これに伴う負担が大きくなり、最近、未公式労働者の増大を招いた事情はのちに述べる。

5.労働契約の解約

労働契約は当事者の一方の意思で何時でも解約できる。使用者の行う解約申入が解雇であり、労働者が行う解約申入が任意退職である。

解雇は正当理由に基づく解雇と正当理由に基づかない解雇に分けられる。

正当理由に基づく解雇は、労働者の不誠実、行状不良、企業の業務との競合行為、刑事訴訟における判決でもたらされた勤務不能、怠惰、常習的酩酊、守秘義務の違反、規律違反、職場放棄、勤務時間中の同僚、上司に対する暴力、名誉棄損行為、国の安全に対する侵害、銀行員が常習的に債務弁済を怠る行為などが理由に上げられている。

正当理由に基づく解雇の場合、使用者は解雇の予告を行う必要はなく、第13月と呼ばれる賃金(ボーナス)支払の義務もない。年次有給休暇については、12カ月の継続労働を終了した場合以外は賦与されない。勤続期間保証基金の積立金は支払われない。

正当理由に基づかない解雇については、使用者は解雇前1カ月に予告を行うかその分の賃金を支払う義務、第13月目の賃金支払の義務、年次有給休暇相当額の支払、その使用者に勤務していた期間の勤続期間保証基金の積立金の10%を支払う義務が生じ、労働者はその預金の支払を請求できる。

6.女子労働者及び未成年労働者の保護

かつて、統一労働法では、女子労働者に多くの差別的規定があったが、1998年憲法の施行とともに、廃止された。現在では、労働時間の延長、非衛生的労働、危険労働、夜間労働、地下労働、鉱山労働、石工、建設などの労働禁止規定は削除された。

ただし、女性の特殊性に基づく保護規定のうち、差別的でないもの、特に、母性に対する保護規定は存続している。特に、1988年憲法と現行労働法は、120日の妊婦の休暇と、妊娠が明らかになってから、出産後5カ月までの雇用の安定を保障している。

年少労働者については、16歳以上18歳未満の労働者の夜間労働、危険労働、非衛生的労働は禁止され、未成年者の道義性に有害な場所及び業務は禁止される。16歳未満の者の労働は、原則禁止であるが、14歳以上は、見習としての就労が許可される。

7.賃金

固定給、コミッション、歩合、賞与、出張手当、前渡手当、現物給与(最低賃金の70%未満)を含め、労働契約条件で定めた給与及び慣習性、定期性、一様性を有するものは賃金と見なされる。賃金は、翌月の第10平日までに、国内通貨で支払わなくてはならない。コミッション、歩合は取引完了の月の末日までに清算しなくてはならない。

8.最低賃金

最低賃金は、低賃金労働者に対してその下限を保障し、労働者の生活の安定を保障することを目的とするものであるが、1940年7月の実質価額の約5分の1となっており、所期の目的を達していない。

9.労働時間

通常の労働時間は、労使間で契約することができるが、その上限は1日8時間、1週44時間と定められている。これを超える労働時間は超過勤務として、50%増しの賃金を支払わなくてはならない。また夜間労働(22時から翌日の5時まで)は、日中の賃金の20%増しを支払わなくてはならない。

10.第13月目の賃金

いわゆるクリスマス・ボーナスを法制化したもので、その年の12月までの賃金総額の12分の1を、半分は、2月から11月に前払いし、のこりの半分は、12月20日までに支払わなくてはならない。労働日数が1と月に満たない場合には、15日未満の場合は切り捨て、15日以上の場合は1と月に繰り上げとなる。この制度は、1965年、特別法で施行されたものである。

11.PIS-PASEP(社会統合計画-公務員財産形成計画)

PIS(社会統合計画)は、1970年、労働者を企業活動に一体化することを目指して設けたものである。政府は実施に当たり、法人税を一部免除するとともに、この分を積み立て、これを基金として、運用益を足して、毎年、労働者に分配することとした。同年、PASEP(公務員財産形成計画)が同様の趣旨で、政府出資により発足し、1975年に両者が統合されてPIS-PASEP(社会統合計画-公務員財産形成計画)となった。現在では、労働者はこれを単なるボーナスとして感じている。

12.年次有給休暇

労働者は、12カ月毎に30日連続して、有給休暇を受ける権利を有する。休暇の期間の選択権は使用者にあるが、未成年者は学校の休暇の期間に合わせて休暇をとる権利が保障されている。休暇は原則として、1回で消化しなくてはならないが、例外として、2回に分けることもできる。ただし、そのうちの1回は10日より少なくてはならず、50歳以上と、18歳未満の労働者はただ1回で消化しなくてはならない。

13.休日と休息

労働者は、原則として、1週24時間の有給休日を有する。この休日は、止むを得ない場合を除いて、日曜日としなくてはならず、前週を皆勤していることが条件となっている。その外、国際日、州や市の祭日4日を限度として、有給の休日とする。

休息時間については、まず、労働時間と労働時間の間に少なくとも11時間の休息時間がなくてはならない。また、労働時間が4時間以上6時間未満の場合は、使用者は15分の休息時間をあたえなくてはならない。6時間以上の場合は、休息と食事のために1時間を与えなくてはならない。コンピュータ、タイプなどの事務用機器を継続して使用する場合も、90分毎に10分間の休息時間が与えられる。

14.労働組合

統一労働法は、地域又は州単位に、使用者と労働者、双方に単一組合を作ることを認めて、これを労働省の地方機関に登録を義務づけ、労働協約を結ぶ権限を与えた。この組合の5つ以上をまとめたものが連合であり、連合が3つ以上集まったのが全国規模の総連合であった。労働組合団体には、労働省が介入し、その幹部の任免の権限を有していた。労働者は一律に年間賃金の1日分を組合税として課せられ、これが組合の資金となっていた。

1988年の新憲法で組合の結成、加入は自由化され、政府の干渉もなくなったが、現在では、旧統一労働法の組合組織の規定、第511条から第608条の大きな部分が削除されて、その空白を埋める規定は、憲法の規定のみとなっている。これに代わる規定を労働法に規定することは現政府の課題となっている。

15.ストライキ

ストライキは、現統一労働法では、事実上禁止されていたが、1988年の新憲法で労働者の権利として認められ、現労働法でもこれも認めている。ただし、使用者側の対抗手段であるロック・アウトは禁止されている。

16.勤続期間保証基金制度と雇用安定制度

1967年まで、統一労働法は雇用安定制度のみを有していた。これによると、10年間勤続した労働者を、企業は、重大な違反又は不可抗力の場合を除いて、解雇することができなかった。企業は、この事態を避けるため、雇用が10年間に達する前に、解雇するのが普通であって、かえって、労働者の雇用の安定を妨げるものとなっていた。この事態を打開するために、1967年、勤続期間保証基金が採用されたのである。これにより、企業は、毎月7日までに、賃金の8%に当たる金額を労働者の名義で銀行(現在は連邦貯蓄金庫)に積み立て、労働者が、正当理由なく解雇されたり、年金受領資格を得たとき、死亡したとき(この場合、受取人は配偶者その他の扶養者)、企業が消滅したとき、連邦貯蓄金庫から融資を受けて住宅を購入するときなどにおいて積み立て金を引き出せるようにした。預金には、価値修正と利子が付される。この制度は、発足時には、旧雇用安定制度と二本建てであったが、1988年により、勤続期間保証基金制度の一本建てとなっている。

17.労働裁判所と労働訴訟

労働裁判所の一審裁判所は、単独労働裁判所、二審は地域労働合議裁判所(各州又は連邦直轄区)、三審裁判所は高等合議裁判所である。労働争訟には個人と団体の2種があり、個人争訟の場合は、一審裁判所に提訴し、職種全体の労働条件や法律の解釈を請求する団体争訟の場合は、地域労働合議裁判所に提訴する。訴状は、弁護士に依頼した場合は、書面によるが、そうでない場合は、口頭でもかまわない。この場合、裁判所書記官が訴状を作成する。

18.労働安全衛生

労働安全衛生の規則の制定は、労働安全衛生局を通じる労働省の管轄である。監督は、地域労働監督署である。安全衛生防具の支給と指導は使用者の義務であり、着用は労働者の義務でこれを怠れば、契約を解約するための正当理由となる。いかなる事業所も地域労働監督署の検査と承認がなければ営業できない。

20人以上の労働者を雇用する企業は、労働者の規則に従い、CIPA(災害防止内部委員会)を設置する義務がある。CIPAは労働災害防止の活動を進める権限を有し、使用者が指名する企業代表と秘密投票により選出され1年の任期を有する労働者代表からなり、委員長は使用者が指名し、副委員長は労働者代表が選ばれる。労働者代表は雇用の安定を保障される。

医学的検査は、雇用時、解雇時、定期、労働復帰、職務の変更時に行われる。18歳以下と45歳以上の労働者の定期検診は1年ごとに行われ、それ以外は、2年ごとに行われる。

労働法改正の問題点

労働法改正が問題となった原因は、非公式労働者の増大と投資の低迷、失業の増大であり、その解決策として提出されたのが「労働法の柔軟化」である。

1.非公式労働者の増大

労働法は、労働契約に当たり、労働・社会手帳への記入を義務づけている。手帳への記入は、あらゆる社会保障(失業保険、労災保険、年金取得など)の基礎となるものであるから、手帳を持たない非公式労働者は、一切の社会保障の恩恵を受けていないことになる。このような労働者を一括して非公式労働者と称している。

サン・パウロ州立大学経済・経営・会計学部教授ジョゼ・パストーレによると、2003年において、ブラジル人労働者7500万人のうち60%に当たる4500万人は、手帳の記入を行っておらず、その数はますます増加する傾向にあるという。ブラジル経済の中心であるサン・パウロ州では、2003年に新しく雇用された労働者の77%は、非公式労働者であると同教授はいう。同教授によると、ブラジルにおける職業別公式労働者の割合は、下記のとおりである。

ブラジルにおける非公式労働者の分布(2003年)
職業 数(100万)
企業の労働者 19.0 42.3
独立営業者(非従属労働者を含む) 15.0 33.3
家事使用人 3.8 8.4
無所得の労働者 6.0 13.3
使用者 1.2 2.7
総計 45.0 100

出所:2001年の「ブラジル地理統計院の住所における全国サンプル調査」よりジョゼ・パストーレ教授が行った推計)

上記の表では使用者が含まれているが、この分を除外しても、労働者の半分以上が、法律が定める一切の社会保障の恩恵に無縁であるという状態は普通ではない。

ジョゼ・パストーレ教授によると、この原因は、労働法が大企業と、中小・零細企業の区別をもうけず、画一的取り扱いを強いているところにある。現在、ブラジルの企業は、4,123,343に達するが、このうち、98%に当たる4,082,122企業が小・零細企業である。ところが、このカテゴリーこそ、雇用の伸びが最も著しい部分で、1990年代末には、実に新規雇用の90.55%がこれら企業で発生している。また、非公式労働者の大部分も、これら企業に集中していると言う。

これら企業の3分の2は、商業、サービス部門に属しており、そのうち、4人以下の従業員を有する企業は、商業部門では83%、サービス部門では74%である。

小・零細企業が正規の手続きを踏まずに労働者を雇用する理由は、その費用と手続きのわずらわしさにある。同教授の試算によると、適法の雇用には、労働者一人当たり、賃金の103.46%を負担しなくてはならず、その上に、間接の管理費用を加えれば、ほとんど耐えがたいものとなり、さらに、これら企業は、この負担を価格に転嫁することができない。非公式労働者が増加するのは当然の成り行きであるという。

2.統一労働法の柔軟化

他方、企業家筋は、非公式労働者の増大、投資の低迷及び失業の増大の原因は、外資が指摘する「ブラジル・コスト」(制度そのものが強いるコスト高)にあり、投資と雇用を妨げる、ブラジル労働法規の硬直性もそのひとつであって、このままではブラジルは国際競争において遅れをとるとして、その柔軟化を求めた。これが、現在、問題となっている「労働法の柔軟化」の発端である。

前フェルナンド・エンリケ・カルドーゾ政権は、統一労働法の大改正又は新法の作成には、時間がかかり、即効性がないと見て、労働法にわずか1条を加えることで、これを柔軟化しようと図った。これが1991年に国会に提出された法律案第5483号である。法案は、「第618条:労働協定(訳注:労働争訴において、労働裁判所を通じて、労働者と使用者の間の利害、意見の相違を解決した合意)、労働協約(訳注:労働組合と使用者及びその団体との間に団体交渉により締結された労働条件及びその他の合意)により締結した労働条件は、連邦憲法と労働安全衛生法に反しない限り法律の規定に優先する。」という1条を挿入する簡単なものである。この法案は、下院を通過し、上院に送られた。

もちろん、これに対する反対は、労働者側、法曹界にもある。それによると、統一労働法は、力の弱い労働者に最低の労働条件を保証するものであるから、現在のように非公式労働者が全労働者の半分を超え(注1)、労働組合に加入していない労働者が、最先進地域サン・パウロ州でも85%に達する現状では、ほとんど全ての労働条件を労使の合意にゆだねるこの改正は、労働者に大きな犠牲を強いるものであるとしている。

ルーラ大統領は、本年4月に、上院に対してメッセージを送り、労働法の柔軟化法案の撤回を要請し、上院はこれを受けて、法案を審議未了保留(事実上の廃案)の処分にした。メッセージによると、法案は、労働者の権利を空文に帰さしめるものであると言い、この問題は、組合の構造を含め、もっと充分な論議が必要であるとしている。

3.統一労働法の“掃除”

こうして、労働法の柔軟化法は廃案となったが、問題そのものは、依然として残っている。政府は、根本的解決策を先送りすると同時に、統一労働法の922カ条のうち、少なくも約100カ条を削除し、これを原々案(いわゆるたたき台)として、労働者、企業家、労働法々曹の意見を聞き、これを法案として国会に送る手筈であると言う。(ルーラはこれを労働法の掃除と名付けた。)

この全容はまだ発表されるに至っていないが、新聞報道によると、原々案で削除される箇条で、最も論議の的となりそうなものは、婦人の労働時間の特例、50歳以上の労働者の休暇の付与に関する特例、休暇中における第三者に対する労務の供与禁止などであると言う。

労働大臣ジャケス・ワグネルの法律顧問オタヴィオ・ブリットによると、例えば、労働法の第384条は、平常の労働時間と超過勤務時間の開始の間に、婦人労働者は、15分の休養時間を与えなくてはならないと規定している。統一労働法が施行された1943年は、女性が弱き性であるという認識の下にこの規定が設けられたが、女性のトラック運転手がおり、男性の部下を統御している女性管理職がいる今日では、この規定を守ることは、困難であり、意味がないとしている。もっとも、ブリットは、妊婦の120日の休暇、産後5カ月の雇用保障など、今日でも女性保護に有効な規定は廃止するつもりはないと言っている。

また、統一労働法の第134条の§2.は、18歳未満及び50歳を超える労働者の休暇は、1回で、継続して与えなくてはならないとしているが、寿命が延びた今日では、50歳を超える労働者を特別扱いする理由はなく、今日では、労働者自身が休暇の分割を欲していると言う。18歳未満の労働者の特例については、近く編成する労働者、企業家、政府の代表から成る国家労働会議にはかって決定すると言う。

また、統一労働法の第138条は、休暇中、他の企業に対して労働者が労務を供することを禁じているが、労働者が家計を助けるため、副業に励むのは一般に行われていることであり、これを法律で禁止するのは、いたずらに労働関係に煩瑣な規定を持ち込むものとして、これを削除したいと言う。

第13月目の賃金(年末ボーナス)については、12月までに支払うという規定を除いて、支払の分割、その方法については、労使の合意に任せると言う態度を示した。

公的退職金制度である勤続期間保証基金(FGTS)については、この制度は、特別法に規定されていることであり大きな変革はできないとし、基金の運用の監督を強化する必要があると述べるに止まっている。

改正問題に対する労働組合の態度

以上、述べた通り、政府の労働法改正案は、あきらかに時代遅れとなっている規定を労働法から除き、これらを労使の交渉にゆだねることにある。

当然、労働組合改正の政府案に対する反応は冷淡であって、特に反対する必要もないと言う空気である。

しかし、上院で廃案となった「労働法の柔軟化」の提案そのものについては、組合側の態度は分裂している。

国内最強力労働組合のひとつであるABC金属労組会長のルイス・マリーニョは、原則として柔軟化に賛成、ただし、その前に、労働組合が現実に労働者を代表するように組合組織の変更を求めている。その変更がどんなものであるかはマリーニョは明らかにしていないが、おそらく、法律の改正による、労働者の組合加入のある程度の強制、組合権限の強化などを目指しているのではないかと思える。

この点に関しては、全国銀行連合の労働問題担当者であるマグヌス・アリナルド・マゼイ・ノゲイラが、銀行部門だけで、組合指導者は7000人、組合は210、組合連合は32、総連合は2もあり、どうして、組合が労働者を代表していないと言えるか。第一、組合組織の変更には、組合自身を含めて誰も同意すまいと批判している。

一方、弱小組合を含め、労働者全体を代弁していると見られるDIEESE(労働組合連合経済・統計研究所)のエコノミストであるセルジオ・メンドンサは、柔軟化が結局、賃金の引下を目的としているとしてこれに反対している。

総括

統一労働法は、誕生時、進歩的な面と、保守的な面の2つの性格を持っていた。労働者の保護を謳い、労働条件に詳細な規定を設け、労働裁判所を設置したのは、その進歩的半面であり、組合を単一化し、強制的に組合税を課し、ストライキを禁止し、労使の交渉の余地を狭めたのは、その保守的な半面である。

このうち、労働組合の自由は80年代のABCを中心とする労働運動で、事実上確立され、1988年憲法で明文で認められ、労働法も改正された。組合の結成、加入も自由となった。

ストライキは同じく1988年の憲法で保証された。

こうして、労働法の保守的な性格はほとんど払拭された。

労働法の柔軟化については、これが雇用の増加、失業の防止の問題とだきあわせで、論議されたのは不幸であった。柔軟化と雇用、投資はほとんど関係がないことは、労働組合指導者、経済学者、法曹関係者、それに今では企業家も認めている。

政府も、労働組合も、公的失業者の増加の問題を含めて、もう一度、労働法の柔軟化、あるいは、その根本的改正を図らなければならない時が近づいたようだ。

統一労働法改正の真の問題は、前記パストーレ教授による労働・社会保障手帳の登録を行わない非公式労働者の増大にあるのであって、この点の解決こそ、政府が早急に手をつけなくてはならないことであろう。

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