国民健康保険法案、医師らの強い反対により成立延期

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年4月

全国民を対象にしたタイ初の国民健康保険制度法案は、2002年8月末に国会で可決され、内閣での承認を待つばかりとなっていたが、2003年1月22日、タクシン首相は内閣決定を延期する方針を明らかにした。8月の国会可決前後から高まりをみせた、医師や医療関係者からの強い反対の声を反映したものとみられる。

法案の見直しを予定

パイロン法案委員会代表は、タクシン首相は法案の承認を延期しただけで、法案そのものを廃止する意向はないことを断言。法律に不備がないように、草案を練り直す考えであることを示した。

延期の理由は、医療サービスへのアクセスが全ての国民に対して公平とはなっていない、との批判があること、そして30バーツ健康保険制度との統合には時期尚早という医師団体からの強い反発が影響したためとみられている。また、保険制度の対象が医薬品だけに限られており、消費者(患者)の保護や公衆の関心に関する問題にも対象領域を拡大させるべきとの見方もあるという。

草案は、ビサヌ副大臣が代表を務める審議委員会に送られ、再検討が図られる予定。国民健康法案調査委員会は法案が成立した2002年8月に終了しているが、国民健康改革委員会のチャトロン委員長は、内閣に同委員会の設置をあと1年延長するよう要請している。

今までの経緯

タイには国民全員を対象にした国民健康保険制度は存在していない。2001年4月から低所得者層に限定にした30バーツ医療保健制度(初診料の30バーツのみの負担で医療サービスを受けることができるというもの。主に農村の低所得者層を対象としている(詳細は本誌2001年6月号参照))と、公務員を対象にした健康保険制度、そして民間企業が独自に加入している保険制度の3本柱となっている。そのため、この国民健康法案が国会で可決、施行されれば、社会保障基金を基に統合した1つの医療保健制度として活用される予定である。

医師ら医療関係者の声

国民全員を対象にした国民健康保険制度というスローガンや目標には同意する識者も多い。しかし、制度の内容と、早急すぎる制度の導入には、タクシン首相が党首を務める愛国党の人気獲得作戦の一環なのではないかと懐疑視する声が高い。

医師の多くは国民全員を対象にした保健制度の導入に対して、準備が十分でないと指摘している。

また、医師らは、法案に盛り込まれた医療過誤に関する責任の厳しさと、アメリカのような医療訴訟事件が増加する可能性に関しても危惧している。

病院サービスの改善を要求

医療サービスを高めないと健康保険制度から除外する、とするスワット労相の通達が2003年1月全国の病院に伝わった。

労相は「病院は患者の生命を守り、治療の説明を適切に行い、医療サービスの質的改善を図るべきである」と述べ、これらに反する行動をとった病院は全国に公表した後、保険制度から除外するという厳しい措置を示した。

現在健康保険制度に加盟する病院は、公立・私立合わせて269病院。各病院は、社会保障局と病院開発機関から認可を受けた病院研修プログラムに参加することが求められ、そこで病院経営とサービスの質向上についてのノウハウを学ぶことになっている。

社会保障局のソムキアット顧問によると、毎年1-2の病院が、医療サービスの悪さが原因で制度から除外されている。一般的に、私立病院のほうが公立病院よりも医療水準やサービスの質が高いといわれており、高学歴で高所得者層の人々ほど、公立病院の医療サービスに満足できない傾向があるという。公立病院は、日雇い労働者階級の低所得者層からも、医療費が無料であるにもかかわらず評判は芳しくない。

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