従業員医療費負担が労使交渉の焦点に

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年4月

2003年の労使交渉では、高騰する医療費を使用者と労働者がどのように負担するかが焦点になりそうである。従業員や退職者に医療費負担増を求める企業は増加している。特に中小企業の多くが医療プランを廃止しており、従業員は大きな影響を受けている。

政府の統計によれば、全国の医療費総額は1兆4000億ドルに達しており、2002年には91年以来、最も高い伸び率で増加した。医療費の高騰は高価な新薬や新医療技術などによる。

医療保険制度の概要・使用者を通した医療保障が重要

1.医療扶助制度(メディケア)を通じて基礎的なサービスを受ける高齢者、2.高齢者医療保険制度(メディケイド)から医療サービスを受ける貧困者、3.国民の約6分の1を占める無保険者と並び、4.使用者が提供する医療保険に加入している国民は多い。65歳未満の国民の0%以上が民間医療保険に加入しているが、その大部分は勤め先で医療保険に加入している。従業員が団体で医療保険に加入できる場合、加入者の健康状態が概して良く、保険を運営する際に加入者数にかかわらず必要な費用を多くの被保険者と分かちあうことができ、税制上の優遇措置を受けることができるため、好条件で医療保険に加入することが可能である。一方、使用者が医療保険を提供しないため、個人で医療保険に加入する場合もあるが、保険料が割高になる上、支払対象となる医療サービスが制限されることが多い。現在、多くの中小企業や低賃金労働者を雇用している企業は、医療保険を提供していない。また、労働者に比べ、失業中の労働者は、無保険の状態にある確率が約3倍になるという研究報告もある。

連邦政府所管の高齢者医療制度であるメディケアでは、80年代半ばから診断群別規定料金が導入されるなど、医療費削減努力が進められた。そのしわ寄せで、民間保険加入者の医療費が高騰した。この頃、医療費は原則として使用者側が負担していたため、企業は、80年代から90年代にかけて、医師への出来高払いではなく、診断群や治療方式による定額制を中心とした支払方式を用いることにより医療機関への支払額を抑制するマネジドケアと契約することが多くなった。

マネジドケアには、190年代に現れた健康維持機構(HMO)のほかに、特約医療組織(PPO)、受診時選択プラン(POS)などがある。1980年代以降発展したPPOでは、単数ないし複数の医師グループと契約を結んでいるHMOの場合ほど医療サービス利用への制約が厳しくなく、加入者が優先的に治療を受けるべき医療機関を指定し、医療機関への医療費支払いは出来高払いで行われるほか、加入者が契約医療機関以外の機関で受診することもできる。マネジドケアの中で、最近シェアを急速に増加させているのがPOSで、加入者は、医療サービスが必要になった時(受診時)に、医療プランのネットワーク内の医療機関で受診するか、それ以外の機関を利用するか選択する。

現在、民間医療保険に加入している国民の大部分は、何らかの形のマネジドケアに加入している。90年代半ばに、マネジドケアは医療サービス価格単価を下げるなどの手法で医療費抑制に一時成功した。しかし、その後、医療機関がマネジドケアと交渉して医療サービス単価引き上げに成功したり、加入者が医療提供者の拡大を求めた。保険の対象となる治療法が厳しく制限されていることに対する提訴や国会における批判も相次いだ。一方、費用削減余地は限られており、再び民間の保険料は高騰している。マネジドケアには、必要な医療サービスを消費者に提供していないという批判やサービスの質に問題があるとの批判がある。これに対応する形で、保険提供者は、POSのような複合的なサービス提供を拡大している。

2003年に相次ぐ従業員の医療費負担増

医療費負担増を巡り、労組はしばしば使用者と対立している。2002年にはニューヨーク市公共旅客輸送機関(メトロ)で働く従業員から成る全米運輸労組が、医療費負担増に抵抗しスト警告を行い、ハーシー・フーズ社では、実際にストにまで発展した。

2003年に、従業員に医療費負担増を求める企業は多い。これまで医療費を全額使用者負担としていたノースウエスト航空は、2003年1月1日から、従業員に医療プラン運営費用の2割負担を求める。2003年に医療プラン運営経費が15%増加すると見込んでいるコンピュータ・サービス大手のエレクトロニック・データ・システムズ社は、保険料の22%を従業員負担とし、2002年の19%を上回る負担を求めている。化学大手のデュポン社では、2003年に従業員が支払う保険料を13%引き上げ、65歳以上の退職者が支払う保険料を135%引き上げた。

チームスターズ労組、医療保障維持を勝ち取る

ゼネラル・エレクトリック社(GE)では2003年1月14日、15日に製造部門、放送部門などで働く労働者から成る2労組(IUE-CWAと独立系のUE)の1万500人が全国各地で予定通り2日間のストを実施した。GEによれば、2003年に同社の医療費が15%増加すると見込んでおり、PPOに加入している従業員に対し、2003年1月1日以来、診察料、処方箋薬費用など、推定で年200ドルの追加負担をさせている。これに対し、労組は、負担増は同300~400ドルに及ぶと反論している。GEでは国内の全従業員の約割がPPOに加入している。労組は、GEが2002年に利益を上げているにもかかわらず、従業員の追加負担を増やしていることを批判している。GEと14労組の1万1000人との間の現協約は2003年6月15日に終了する。GEは次期交渉でより多くの医療費負担を求めようとしており、労組は、このストを防衛的なストと位置づけている。

2003年には自動車大手3社の協約交渉が予定され、医療保障が争点の一つになると見られている。その行方を占う意味で注目されていた労使交渉で2003年2月6日、チームスターズ労組は、イェロー社など、小型トラックを用いる運送会社大手4社と5年暫定協約を締結した。同労組は、従業員の保険料負担や受診時の定額負担なしで、従来通りの包括的な医療保障を獲得した。協約対象の6万5000人の従業員の時給は5年間で平均2.25ドル引き上げられる。その見返りとして、当日配達、翌日配達に柔軟に対応できるように、ワークルールの変更を取り決めた。チームスターズ労組は、交渉が行き詰まりを見せていた時に、組合員に対してスト実施を呼びかけ、使用者に圧力をかけることに成功した。しかし、この手法が他の労組にとって参考になるかどうかははっきりしない。2003年現在の労働市場は逼迫していないため、ストを実施しにくいと見られる。また、トラック輸送、倉庫作業は、製造業ほど海外の企業との競争にさらされていないからである。

一般に労組は医療費負担増に抵抗する姿勢を見せている。これに対し、組織化されていない労働者は、より多くの医療費負担をすることになると予想される。

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