中国の人材市場は新たな展開へ

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年2月

人材確保を国家戦略と位置付ける新指導部

WTO加盟後、多国籍企業は中国で相次ぎ研究開発組織を開発し、金融、保険、法律、コンサルティングなどサービス分野の外資進出が増加し、中国では人材競争の激しさが増す一方である。北京の政府系シンクタンクが発表したレポートは、多国籍企業が中国でR&D(研究開発)組織を設立する狙いが、現地における高品質低コストの研究開発人材にあると分析し、多国籍企業のR&D組織の展開は、中国の科学研究や教育システムに大きな衝撃を与え、人材流出にさらに拍車をかけると憂慮している。こうした事態に対応して、中国の新指導部は人材確保のための国家戦略の確立に関心を寄せている。2002年11月の党大会で中国共産層のニュー・リーダーに選出された胡錦涛氏は、「国家の重要人材の安全管理体制はきわめて重大なことであり、我々の緊急課題である」と指摘し、人材の引き止めおよびインセンティブなどの政策の確立を促した。

新指導部の指示をうけて、中国政府の人事部は、国家重要人材安全管理制度の方案作りに着手した。これまで、中国には人的資源に関する法律はまったく存在していなかった。中国政府は、先進国家や多国籍企業との人材競争においては、経済的条件はまだ十分に整っていない現状においては、人材流出を防ぐには、法・制度の確立が最も重要な手段として捉えている。中国が今、確立を急ぐ人材確保の法・制度は、主に、海外人材を受け入れるための人材斡旋と許認可制度、中国進出外資企業の人材募集の管理規則、国家秘密や特殊業務を携わる人材の流動の管理規則などである。

科学技術者を数多く抱える科学研究の国家機関である中国科学院の責任者は、WTO加盟後、海外の資本、技術と人材は中国国内にこれまで以上の規模で入り、競争の激化が予想されるなか、経済、金融および情報安全を重視すると同様に、人材安全の問題を国家戦略として考えるべきだと指摘した。

中国政府は、マクロとミクロの両面おいて、とりわけインセンティブ・メカニズムの確保によって、人材の引き止め政策を打ち出すと思われている。国家人事部は、国家の経済発展戦略に従い、経済、法律および行政手段を用いて、人材の合理的な流動を誘導し、さらに国家重点建設プロジェクト、ハイテク研究プロジェクトおよび重点産業などにおける人材需要を確保するための人材政策も打ち出す予定である。

2002年12月に、共産党中央は人材戦略を議題とする全国組織会議を開催した。会議の内容をみると、今後、中国は、共産党幹部や行政幹部、企業経営管理者、科学技術研究者などに対する教育訓練を強化し、とりわけ若手幹部の育成に力を入れる。また、より科学的・民主的な人材育成と選抜制度を確立し、すぐれた人材を発見し、有効なインセンティブ・メカニズムを作り、さらに降格人事も導入する。このようにして広くから人材を発見・登用し、昇進のみでなく降格もありうるといったよりダイナミックな人事制度を導入する予定である。

中国最強の人材会社を目指す「上海人材」

中国の各地域、とりわけ経済発展が先行している沿海大都市では、すでに人材戦略においてよりダイナミックな動きが現れている。その一つの例として、「上海人材」が挙げられる。「上海人材」の正式名称は、上海人材有限公司である。2002年4月に、上海市政府労働行政が設立した人材斡旋機関である上海人材市場(日本のいわゆるハローワーク、ただし基本的にはホワイトカラーをメインとしている。ブルーカラーの雇用斡旋機関は、通常、労働市場と呼ぶ)を元に、米国アンダーセンからヒューマンリソースマネジメントの専門家である張偉俊氏をCEOとして迎え、人材斡旋、コンサルティング、人材育成と人材測定を中心とする業務体制を確立し生まれた株式会社である。業務の中心内容の一つである人材斡旋には、人材募集、人材派遣およびヘッドハンティングが含まれている。

上海人材の業務内容は、最大株主である上海市政府人事局の意思を反映したものである。上海市政府人事局は、上海人材有限公司を中国最大の人材会社に育てていく考えである。

張CEOによれば、上海人材は、グループ企業に拡大する計画をもっており、現在の人材斡旋、コンサルティング、人材育成と人材評価の4部門は、まもなくそれぞれ子会社として独立することとなる。

ヒューマンリソースの専門会社として、上海人材は本社および各子会社の間には、上下関係のような縦割り組織ではなく、相互に資源を活用する横の連携組織を目指している。張CEOによれば、各部門や子会社は、お互いに浸透し活用しあうことを、会社のチームワークを評価する時の重要な指標となる。

こうした組織構成以外に、張CEOは、人材サービスを提供する会社として、高品質の経営管理チームを確立すべきだと考えていた。張CEOは米国で培ったヘッドハンティングのノウハウや人脈を通じて、まず、苗祥波氏をコンサルティングのアドバイザとして迎えた。苗氏は、人事戦略のヒューイット・アソシエイツやローランド・ベルガーなどグローバルなコンサルティングファームでコンサルタントを経験した。苗氏が上海人材に入社した後、さらに数名のコンサルタントをスカウトしてきた。こうした人材の導入によって、上海人材は短時間に、ヒューマンリソースマネジメントの戦略やリーダシップにおいて、国内外の企業に対してコンサルティングサービスを提供するように至ったのである。

人材測定には特別な情熱をもつと自認する測定事業部マネジャーの李峰氏は、著名な調査会社ギャラップから転身してきた。李氏は香港大学で博士号を取得し、上海人材に入る前は、ギャラップ研究部門の総括責任者であった。

ヘッドハンティング部門総括責任者の魏清琴氏は、入社前に某大手国際ヒューマンリソース会社香港支社のヘッドハンティング責任者であった。上海人材にとって、魏氏の入社は、会社のヘッドハンティング業務を軌道に乗せただけでなく、実は彼女が、張CEOにとって自社キーパーソンスカウト人事の最も頼りになったヘッドハンターにもなったのである。魏氏が責任者となるヘッドハンティング部門によってスカウトしてきた数人のマネジャーはまもなく上海人材での仕事をスタートしようとしている。

最も面白いのは、副社長の曹安平氏。彼はかつて上海市政府官僚で、上海人材市場を上海人材有限公司に転身させた改革案の最初の策定者であり、会社の生みの親でもある。会社が軌道に乗せて業務がスタートした時に、張CEOは曹氏の能力を買って、会社の行政、人事、財務や法務などを統括する副社長として慰留した。

張CEOは応募した人材の一人一人に対して自ら3時間にもわたって面談を行っている。彼は上海人材有限公司のために自ら作成した求人広告に、自分の人材に対する理念を書いている。「いかなる学歴、年齢、キャリアや戸籍も、人材競争の障害にはならない。上海人材有限公司が人材に提供した成長のチャンスと所得や福祉は、中国国内のどの外資企業にも負けない」。このような経営理念をうけて、応募する人材も殺到している。現在、欧米の多国籍企業も中国の人材斡旋機関を活用して、人材確保に努めている。

上海人材に対して2002年9月に現地ヒヤリング調査を実施したところによると、現在のクライアントの60%が欧米系起業で、定期採用から技術者のスカウトまでニーズに合わせた人材募集を展開している。逆に、日本企業からの問い合わせや利用はわずか10%程度で存在感が非常に薄い。上海人材の管理者から日系企業の人材戦略の問題点を幾つか指摘された。たとえば、日本語へのこだわりがあるがために、欧米でMBAを取ってきた人であっても必ずしも採用しない。また、欧米系企業では実力・業績重視の人事制度をとるのは普通だが、日系企業は上下関係、年功序列をことさら強調しているので、現地の人材には夢を感じさせない等々である。中国社会の急速な変化に備えて、進出する日本企業にも人材戦略が問われるであろう。

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