金融業界、賃金協約交渉で妥結 -IGメタルのスト収束-

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年8月

2002年の金属業界の賃金協約交渉は、当初からの対決色が強まり、4月にはIGメタルの断続的な警告ストが行われ(2002年7月号参照)、5月6日から1995年以来の本格的なストライキに突入し(金属業界では戦後9回目のスト)、その後も労使双方は妥協のない強硬姿勢を取り続けた。しかし、5月15日に重点交渉地区のバーデン・ビュルテンベルグ州で労使交渉が再開され、これをきっかけに一気に交渉の妥結が成立した。

以下、5月初めからのストの展開、交渉妥結により締結された賃金協約の内容、各界の反応、その後の他の業界の賃上げ交渉の動きについて、その概略を記する。

(1) ストの展開

7年ぶりの本格ストは、バーデン・ビュルテンベルグ州のダイムラー・クライスラー社の工場で、5月5日深夜に夜間勤務の従業員2000人がストに突入して開始され、これに続いて翌5月6日、有力自動車企業ポルシェ、アウディを含む同州の20の企業で5万人がストにはいった。ツビッケルIGメタル委員長は、スト突入前の交渉で賃上げ幅4%をめぐって労使間の激しい攻防があったことを振り出しに戻し、交渉はゼロからやり直しで、賃上げ要求額は6.5%とし、納得できる額で妥協できるまでストを断固として継続すると表明した。

これに対して金属業界の使用者団体は、加盟企業に財政支援を約し、IGメタルのストに対抗する構えを示した。ドイツの労働争議では、使用者団体側に加盟企業が分裂する試練が伴うのが通常で、ストの最中加盟企業間の団結を図ることは使用者団体にとって極めて重要になる。というのは、今日までの経験上、業績の良い企業はストが長引くことを嫌って、必要ならば産別労組の要求する高額の賃上げで妥結しても構わないという傾向を示すからで、このために使用者団体は、IGメタルの指令で直接ストライキが行われた企業に対して、損失補填のために財政支援を約束したのである。

他方IGメタル側は、ストに対抗するロックアウトの機会を企業に与えないために、従来のストのやり方と異なる「弾力的スト戦術」を指令した。つまり、すべての企業で一斉に無期限にストを決行すると、ロックアウトで対抗される可能性があるので、IGメタルは個々の企業でその時々期間を定めてストを行い、全体としての予測を不能にして、必要ならば長期にわたってストを継続するという方法を指令し、このような方法で企業側に圧力をかけて妥協を引き出そうとした。

このように企業側に圧力が加わる中で、カネギーサー金属連盟会長も対決姿勢を緩めず、IGメタルが賃上げ要求の根拠の一つに挙げる法外な経営者の給与という批判に対しても、それはほんの一握りの経営者に当てはまるだけで、しかもそれは監査役会に席をおく労組代表も共同決定に参加して決定されたのだから、労組にも責任があると厳しく反論し、表向きには労組の意見は全く平行線をたどった。

このように対決色がさらに濃くなる中で、4月19日に決裂して以来初めての交渉が5月1日にバーデン・ビュルテンベルグ州で急遽再開され、急転直下交渉は妥結にいたり、賃金協約が締結されるに至った。

(2) 賃金協約の内容

締結された賃金協約の主な内容は、概略以下のとおりである。

  1. 賃上げ幅は、2002年6月から4.0%、2003年6月からさらに3.1%、これとは別に2002年5月のために一括金120ユーロが支給される。だが2002年3月と4月については、2000年の賃金協約が2002年2月で期限切れになるにもかかわらず、賃上げは遡及して適用されない。賃上げ幅については、最低4%を譲らないとしていたIGメタル側の主張が通ったことになった。
  2. 賃金協約の有効期間は22カ月で、2003年末までとする。これはIGメタルが強く主張していた1年の有効期間より長くなり、設備投資等計画立案にゆとりを持たせたい使用者側の主張が通ったことになった。
  3. 金属業界で懸案となっていた、同種の仕事に従事する労働者(Arbeiter)と職員(Angestellte)の給与体系を統合する報酬基本労働協約(ERA)が、初めて締結された。従来は労働者の賃金が職員より低く設定されていたが、低い労働者の賃金に合わせて調整することは職員の納得を得られないので、労働者の賃金を職員のレベルまでアップして調整を図った。この場合、職員の数より労働者の数が多い企業ほどコストがかかることになるが、コスト負担については、ERA導入までその時々の賃金協約の賃上げ部分から一定の割合を企業で設ける口座に積み立て、そこから調整費が支給されることになる。全体的には調整のために2.79%のコスト増が見込まれ、2002年度は賃上げ4.0%から0.9%、2003年度は賃上げ3.1%から0.5%が積み立てに当てられる。その他の詳細は2002年末までに交渉され、各企業は2004年まで準備期間を与えられ、導入は2007年末までになされねばならない。
  4. 賃金協約の中の開放条項の活用を認め、この条項を通して、業績の悪い企業の経済的負担が過度にならないように、企業経営側と経営協議会の合意で賃金協約以下のレベルの賃金設定を使用者団体と労組に申し込むことができる。しかし同時に、当該企業の雇用確保が保証されることが条件となる。

(3) 各界の反応

このような内容の賃金協約に対して、労使双方や専門筋等、各界から以下のような意見が表明されている。

9月に総選挙を控えるシュレーダー首相が金属業界の賃金協約交渉妥結を歓迎したのは当然だが、労働側では、ツビッケルIGメタル委員長も妥結した内容に満足の意を表明した。また、交渉を担当したベオトルド・フーバー・バーデン・ビュルテンベルグ地区委員長は、ERAの導入で「同じ労働に対する同じ賃金」の原則が実現されることになったが、これは戦後の賃金協約交渉でも大きな成果の一つだと述べている。

これに対して、使用者側では、まずフント使用者連盟(BDA)会長が、ストを手段として交渉を妥結させたIGメタルの手法を厳しく批判し、カネギーサー金属連盟会長も、金属業界の企業全体にとって、妥結額4%は0.5~1%高すぎるとしている。これに対して使用者側の交渉責任者のオトマール・ツビーベルホーファー南西部金属連盟会長は、賃金協約の有効期間が22カ月となったことが、4%の数字を受け入れた理由で、かつ2月と3月に賃上げが遡及されないことで、実質的には2002年度の賃上げは3.46%程度に押えつけたとしている。ただ同氏も、雇用の観点からは妥結額は高すぎ、企業は今後合理化を強化するだろうと述べている。

また、マンハイムのヨーロッパ経済研究所のヴォルフガンク・フランツ所長は、適正な妥結額は2%で、その他にポルシェ等業績の良い企業ではその分の上乗せをすべきだったとし、今回の妥結額は高すぎ、雇用の削減に結び付く可能性があり、また、賃金協約の拘束を嫌う中小企業の使用者団体からの脱退を促進する可能性があると述べている。

(4) その後の他の業界の動き

柔軟路線を行く化学労組に続き、IGメタルもストを収束させて賃金協約の締結に至ったが、他の業界では、統一サービス業労組Verdi、建設労組(IG Bau)等が使用者団体との対決色を表に出して、賃金闘争を続けている。

22万人の雇用者を擁する印刷業界では、Verdiの3.4%の賃上げ要求を使用者側が拒否しており、5月末にストのための原投票(Urbstimmung)が準備されており、280万人を擁する小売業界では、Verdiの賃上げ6~6.5%要求と使用者側の1.7%回答の間に大きな隔たりがある。また95万人の建設業界では、建設労組の4.5%要求に使用者側が条件を付し、5月末の調停が失敗すると、同労組はストを呼びかけることになっている。

従来IGメタルと化学労組の交渉妥結で相場が形成されることが多いドイツの労組の賃金協約交渉で、2002年9月の連邦議会選挙が近づく中で、交渉はまだ決着するに至っておらず、今後の動きが注目される。

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