4.16ゼネストの分析

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年7月

マルコ・ビアジ(国際比較研究センター)

2002年4月16日、CGIL(イタリア労働総同盟)、CISL(イタリア労働者組合同盟)およびUIL(イタリア労働連合)の三大労組によって組織された8時間に及ぶゼネストに、約1600万人の労働者が参加したと新聞報道は伝えた。労組が8時間ゼネストを宣言したのは20年ぶりである注1)。

労組がこのような大規模のゼネストを組織した原因は何だったのか。一番の原因は、2001年11月に政府によって提案された労働市場改革に関する政府法案848号である。この法案は、労働省顧問(とくに、モデナ大学のマルコ・ビアジ教授注2)日本労働研究機構の海外委託調査員)作成の白書で提示された労働市場への介入案に沿ったものである。

848号法案10条は、4年の試用期間(完全就業への効果との関係で延長することもありうる)を設け、不当解雇を行った使用者の責任として、復職義務の代わりに金銭賠償を実施するという労働者憲章18条に関する修正案を定めていた(18条の適用除外は、差別的解雇、結婚・疾病・妊娠を理由とする解雇には適用されない)。労組の反対は、この修正案に集中した。

ただし、18条の適用除外は絶対的なものではなく、以下の3つの労働者カテゴリーに限定されていた。

a) (闇労働からの)正規労働転換施策の結果成立した正規労働者

b) 有期契約で採用され、その後期間の定めのない契約へ転換した労働者

c) 新規に労働者を採用して、従業員数が15人を超えた企業の労働者

以下では、対立する労組と政府の立場を簡単に述べる。

労組の立場

a) 労働市場に関する政府法案への反対

4月16日のゼネストで頂点に達した労組の争議行動は、前記のように、労働市場に関する政府法案を契機として発生し進展した。政府が労働者憲章18条の修正を提示した848号法案10条は、正当な理由ないし正当と認められる動機のない解雇における復職の原則を変更するものであり、最も議論のある点である。組合運動や反対政党の中には、このような変更を行えば、解雇が事実上自由化されると主張するものもある。この点は、労組や政党の指導者の多くがマスコミに述べたことであり、労働者もこのように受け取った。しかし現実は、かなり異なっている。不当解雇に適用される制裁制度に関するこの改革は、いくつかのカテゴリーの労働者について、復職義務を純粋な金銭賠償に代えてはいるが、正当な理由ないし正当と認められる動機のない解雇を禁止する規制(1966年7月15日法律604号〔個別解雇に関する規定〕)については何らの変更もないのである。

労組は、労働者の復職権を絶対的な基本権と位置付け、その不可侵原則を主張している。この立場からすれば、労働者憲章18条の修正に対する反対は、労働者の基本権を保護するための「闘争」の色彩を帯びてくる。労組は、18条の廃止が、解雇の側面にのみ関わるという理解を完全に誤りと考えている。つまり、復職義務の廃止は、権利(企業におけるあらゆる権利)の側面にも影響するというのである。

18条は、労働に関する権利の保護を具体化するための要件とみなされている。このように考えると、解雇自由の復活は、基本的自由権(思想の自由、表現の自由、政治組織または組合活動への参加の自由など)や他の保護制度(尊厳や安全など)にも影響せざるをえない。正当な理由なく解雇される可能性のある人々が、労働関係上のある種の圧力や権力濫用に対し、裁判所による実質的な救済をえることができない場合、多大な困難に直面することは明らかである。何らの現実的な救済なく労働ポストから追放されうることが推測されれば、労働者は、きわめて不適切な賃金や安全衛生、配置転換などの労働条件を受け入れなければならなくなるであろう。不利な労働条件に反発したり抗議したりすれば、職を失いかねないのである。

このような前提に立って、労組は、現在の不当解雇に対する保護制度を改悪するような提案は一切受け入れないと主張している。

復職権の適用除外がいくつかの労働者カテゴリーに限定されていることも、適用除外の一般化への道を開きかねないとして反対されている。いったん18条のタブーが破られると、すべての労働関係に適用除外が拡大されることは時間の問題にすぎなくなる。

さらに、18条をいくつかの労働者カテゴリーに適用しないという政府提案に対する反対は、復職権が将来的に全面廃止されるかもしれないという懸念だけでなく、適用除外の重大性をも根拠としている。とくに、有期契約で採用され、その後期間の定めのない契約へ転換された労働者に18条を適用しないとすれば、新規採用者を当初すべて有期契約で雇い入れ(試用期間の代わりに用いられることになろう)、その後初めて期間の定めのない契約へ転換するという取扱が行われるようになると、労組は主張している。こうなると、18条の適用除外は、新規採用者すべてに関わることになる。したがって、18条の保護を享受する労働者とこれを欠く労働者という、保護の分裂状態が生じるのである。労働力の循環に伴い、18条の適用を受ける労働者が減少することを考えると、18条の提供する保護は、近い将来完全に消滅し、法典上のものにすぎなくなるであろう。

政府法案に対する労組の批判は、これだけではない。労組は、とくに、新たな非典型労働形態(呼出労働)の導入や既存の非典型労働形態(派遣労働やパートタイム労働)のさらなる弾力化による労働者保護の退化、および、十分な社会的緩衝措置制度の欠如も批判している。

b) 他の原因

2002年4月16日のストライキの原因は、労働者憲章18条の修正や労働市場に関する政府法案一般にとどまらず、労働関係上の問題に厳密には関わらないほかの重要問題にまで及んでいる。具体的には、社会保障制度および租税制度に関する政府の立法案である。

社会保障制度に関して、労組は、とくに以下の4点について反対を表明している。

1 賃金上の優遇措置を利用して労働活動を継続使用とする労働者は、まず既存の労働関係を終了させ、同じ使用者の下で新たに有期労働契約を締結しなければならないことについて:このため、労働者に権利を利用させるかどうかについて、使用者に過大な裁量を認めることになる。

2 年金基金への加入の強制について:補足的保障制度は、労働協約によって決定される(ないし決定予定の)規律に沿って実施されなければならない。交渉過程で異論がなければ同意したとみなすことで、契約に基づく補足的保障制度基金への労働者側からの任意加入を促進し、退職手当制度の提供を使用者に義務付けるべきである。

3 補足的社会保障や労働コストの削減を推進するため、3?5%保険料を引き下げることについて:拠出率の低下は、社会保障手当の引き下げや、社会保障機関の予算の不均衡を招くことになる。

4 公的労働関係に関して、848号法案の原則や基準のあるものを「徐々に」適用し、あるいは適用しないことについて(年功年金と従属・独立労働所得との併給禁止が、徐々にではあるが廃止される可能性がある):官民間の格差が大きくなる危険性がある。

租税制度について、労組は、政府の提案が、労働者や年金受給者の経済・生活状態を低下させる一方で、富裕層を不当に優遇しており、所得政策の一貫性や社会的正義の点で問題があると主張している。CGIL、CISLおよびUILは、国家財政の改革に関して、以下の点を考慮すべきであるとする。

1 憲法上の連帯原則、累進課税原則、拠出能力原則等との一貫性。

2 税の引き下げにより生ずる利益を、納税者に等しく還元すること。

3 従属労働者および年金受給者のための特別控除制度の強化。

4 生産組織の競争力を質的に高めるための研究や技術革新に対する税制優遇措置。低技能労働者を優遇し、国民保健サービスに財政的安定性をもたらすため、1998年のクリスマス協定に基づき租税や社会保険料賦課の下限を引き下げること。

5 脱税や闇労働注3)を阻止するため、行政庁を強化すること。

政府の立場

労働市場改革に関する政府の立場は、2001年10月の白書で示されている。労働市場に関する政府法案も、白書に提示された原則や措置を適用したものにすぎない。白書は、労働者憲章18条の修正に関する具体的な措置を規定するものではなかったが、不当解雇の場合に、復職の代わりに、労働者の金銭賠償請求権のみを立法で定める可能性について言及していた。

政府が自らの立場の正当性を主張する根拠は、他の多くの諸国で金銭賠償を認めているということのほかにも、金銭賠償が労働者保護の機能を適切に果たすという点にある。

労働関係を終了させる行為の理由を使用者が正当化できなければならず、場合によっては独立の機関によってこの正当性が厳しく審査されるという基本的立場は、決して揺らぐことはないと、政府は繰り返し主張している。1966年以来、この基本的立場はイタリアの法制度に根付いており、政府はこれを既定の事実として認めている。政府の考えでは、今回の修正は、従属労働者によってより有利な制度を創設するために、不当解雇に対する制裁制度をいくつかの労働者カテゴリーについて変更するというものにすぎないといえよう。

現実の労働市場は、正規労働者に関する硬直的な規制と闇労働者に関する規制の完全な欠如、大企業と零細企業との格差、非典型労働者に対する不十分な保護といった特徴をもつといわれる。政府は、従属労働に関する硬直性を緩和すれば、こうした状況が解消されうると考えている。事実、こうすることで、期間の定めのない契約への転換による安定化や、従業員数16人以上の小規模企業の創設(16人以上であれば保護制度が機能する)が促進されるかもしれない。

また、政府は、現行法が従業員数15人以下の企業の労働者に復職権を認めていないことを根拠に、労組の批判に対し反論している。実際、労働者憲章18条は、労働者のすべてに適用されるわけではないので、保護制度全体に関わる基本的法規制とはいえないのである。これを前提とすると、労働者間に格差をもたらすのが政府提案の意図であるとする労組の主張は、必ずしも正しくないといえよう。

ゼネスト後の状況

4月16日のゼネストは、労働市場改革に影響したであろうか。

現在の状況はいまだ膠着状態である。各派は、自らの立場に固執している。労組は、労働者憲章18条を修正しないことが政府との交渉再開の条件であると強く主張している。一方、使用者団体であるイタリア工業同盟の支持を受けた政府も、譲歩する態度を見せていない。

しかし、こうした対立を長引かせることは、政府の政治力を弱め、企業の生産性にダメージを与えるだけである。企業の多くは、政府案を甘受する価値のあるものと考えていない。

実現可能性の高い解決策は、新たな労働者憲章の制定を議論するときまで問題を猶予することである。マルコ・ビアジの策定した計画では、独立労働と従属労働との伝統的区別を乗り越えるという観点から、労働法理論の急進的見直しが予定されていた。

これは、社会的緊張を緩和し、より重要な問題に関して交渉を再開できるようにする良い機会であると思われる。ISTAT(国立統計局)のデータで示されたように就業が停滞している今、社会的緩衝措置や就業に対する金銭支援を具体的に見直し、職業訓練を強化し、職業紹介の改革を進め、また、従属労働者に関する保護を見直すことで独立労働者や準従属労働者に保護を拡張する必要がある。

こうした基本的改革が実施された後で初めて、労働者憲章18条の修正に対処することができるであろう。

18条問題に関する評価

改革の重要点が、解雇と職場復帰に関する法律の修正にあることは間違いない。

労働者憲章18条の改革案の議論は、政府によって提案された措置の実際の範囲に比して過剰というだけでなく、法的基礎も欠いている点にあるように思われる。この点は非常に混乱しているが、848号法案10条によれば、不当解雇の禁止に反するおそれがあるとまでいわれていることは事実である。このような議論は、イタリアの労働市場の現代化にとって無益な緊張状態や誤解を生じさせるものでしかない。以下、その理由を述べる。

法案10条が、労働に関する憲法上の原則と対立し、労働者の基本権に反することはあまり異論がない。しかしよく考えると、この主張は、憲法裁判所の最近の判例によって否定されている(2000年36号判決)。憲法裁判所は、労働者憲章18条に関する国民投票の可能性に関する決定で、労働ポストの「現実の安定性」は労働者の基本権でないと明確に述べている。労働者の基本権は、不当に解雇されないことなのである。逆に、正当性を欠く解雇の帰結(金銭補償ないし復職)をどのように構成するかは、憲法裁判所の考え方によれば、立法者の裁量に属する問題なのである。

憲法裁判所によれば、18条は、その廃止によって憲法上の原則を傷つけるような措置を規定するものではないとされている。そのため、同条が、「憲法4条および35条に定める労働権を徐々に保障するという方針の表れであることは明らかであり、立法者の裁量によって、使用者の解除権に、時期の選択だけでなく実施の方法にも制限を加えたものなのである」(1970年判決194号、1976年判決129号、1980年判決189号)。

憲法裁判所は続けて、立法者の裁量については、「憲法上の原則に関係しうる要請を具現することにつき、当該規定が、同原則を具体化しうる唯一のもの」ではないと述べる。そのため、現実の保護の廃止、あるいは、法案10条のように、ある一定の場合に対する保護の不適用は、「労働権の保護を現実化するための方法の1つを廃止する効果を有するにすぎない」。労働者憲章「18条が廃止されても、1966年7月15日法律604号の定める強制的保護が残る限り、……不当解雇に関する保護がなくなることはない」のである。

憲法裁判所の理解に反して、現実を曲解し、労働者憲章18条の改革を労働者の権利に対する侵害のように捉えることは、柔軟な就業保護に対する無意味なイデオロギー的反論でしかないと思われる。

注1)CGIL、CISLおよびUILは、1982年6月25日、物価スライド賃金制度を廃止するというイタリア工業同盟の決定に反対し、契約更新のための闘争を支援するため、ゼネストを組織した。これ以前にも、税制等に関する「期待外れの」政府提案に対し実施された8時間ゼネストがある(1980年1月15日)。この2つのほか、94年10月14日(ベルルスコーニ政権の経済政策に対するスト)、93年10月28日(より公正な税制と労働コストに関する7月協定の遵守をチャンピ政府に求めるスト)には、4時間ゼネストが実施された。
注2) 2002年3月、極左組織である「赤い旅団」により暗殺された。
注3) イタリアの労働力の約25%が、労働法の規制を受けていない不正労働といわれている。

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