30バーツ医療制度の実施から1年、問題点と取り組むべき課題

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年6月

2001年4月1日より北部から順次施行が始まった「30バーツ医療制度」が施行1周年を迎えた。施行以前、そして施行後も「見切り発車」と言われつづけてきた医療制度だが、ここに来て様々な問題が顕著化してきた。

各方面からの批判

「すべての人々に医療サービスを」を公約の1つに掲げ、2001年2月の総選挙で農村からの圧倒的な支持を得て当選したタクシン首相であるが、その医療制度には問題が多く、このスローガンは「票取り」に過ぎなかったと批判が噴出している。

そのため保健省では、現在までに同制度に関する苦情がすでに3万件以上も寄せられている。その多くが、低所得者に配布される「医療カード(金色なので、ゴールドカードと呼ばれている)」の分配とその利用方法に関しての批判である。批判点を、1制度の利用者である庶民からの意見と2病院経営または医師の立場の2点から整理すると以下のようにまとめられる。

1 制度の利用者(低所得者)からの批判点

  • 深刻な疾患の場合、または追加的な費用がかかる治療は、病院側・医師が多額の負担を恐れて診察を拒否するかまたは他の病院を勧める
  • ある病院で登録途中の患者が、他の病院でも診察を受けると混乱が起きる
  • ゴールドカードの保持者に対する偏見。保持者も毎回通院の度に30バーツを支払っているにもかかわらず安い薬しか支給されていない。

30バーツは、平均的な所得を得ている人ならば、非常に小額と感じるかもしれないが、貧しい人々にとっては、それで1~2回の食事が賄える金額であり、毎回の通院ごとに支払うのは負担であると考えられる。また医師の側が、30バーツしか払わない患者とその他の通常の患者に治療や薬を差別したために、死亡に至ったケースも報告されている。

国は各病院に対して、ゴールドカード保持者1人あたりにつき年1202バーツの補助金を支給している。患者から1回につき30バーツしか支払われなくても、殆どの場合はこの補助金額内で収まるはずだ、と政府は主張している。しかし、現実にはこの補助金の支給が病院に支払われるのも遅れがちであることが指摘されている。

2 病院経営または医師の立場からの批判

  • 平均所得が低い県や地方では、新医療制度の導入後、患者の数が増大し、医師の数が不足している。そのため、医師1人あたりにかかる負担が多く、医療ミスなどにつながる危険性もある
  • 利用者の理解不足から医療制度の適用外の治療を行うように要求される
  • 1人当たり1202バーツの補助金は不十分
  • 大病院ほど、難病患者が多いため高度な技術を用いた治療は非常に高価なものとなる。そのため、大病院ほど大きな負担を強いられる

この医療制度を導入後、2000万バーツの負債を抱えることになったチュラロンコン大学付属病院は2001年4月1日から2002年4月5日までに、他の病院からの受け入れ患者が1077名で、2054万6454バーツの費用がかかり、そのうち患者からの支払いでは40万~50万バーツしか回収できていないという。その他の問題点としては、それらの患者の多くは慢性疾患であり、同病院に移ってきた患者が、登録済みの病院に戻らないという。移転したくても資金に余裕がない者も多い。

病院側では、長期的に見てこの医療制度が病院内の不満を蓄積させ、医療活動の妨げにならないか心配している。

新卒医師も新医療制度に消極的

2002年から医師や歯科医、薬剤師として働く予定者2140人は、保健省の割当制度のもとで地方の病院に勤務することとなっている。都市の大病院は就職希望者が多く、その定員をはるかに超えるのに対して、地方の農村には応募者が皆無ということも珍しくない。2002年から保健省がベット数ではなく人口を基にした医療従事者の割当を行うことになり、その結果、より多くの医師たちが医療サービスの不足した農村地方に派遣されることとなった。また、30バーツ医療制度による医師へのしわ寄せと病院の経営悪化という現象から、地方の病院への勤務は敬遠されがちということだ。

「評価できる面もある」、とエコノミストの意見

同制度への批判が多いなかで、評価する意見も少数ながらある。その代表は、タイ開発研究機構(TDRI)の有名エコノミストであるアムナー氏で、この制度の「健康手帳」システムを評価している。

健康手帳とは、同医療制度を利用可能な人々に、ゴールドカード(医療カード)と共に発行されるもので、 個人的な健康の記録や治療履歴が記載される。

同氏は、「この医療制度で用いられる健康手帳は、所持者が常に自分の健康状態を知るために、また健康管理のためにも役立つだろう。更に、病院をよく転移する患者にとって、またそのような患者を診察する医師にとっても、今までの治療履歴が一目でわかるこの手帳の存在意義は大きい」という。

しかし、タクシン首相とスダラット保健相の写真がある他は、殆ど空白のこの手帳の作成に4000万バーツが費やされ、「税金の無駄遣い」との声もあることも付け加えたい。

まとめ

「すべての国民に平等な医療サービスを」という基本方針に異論を唱えるものはいないだろう。しかし、その制度を運営するシステムがうまく機能していないというのが、タイの現状のようである。タイ国内の農村と都市の格差は所得だけではなく、このような医療サービスにも如実に表れており、それを解消するためには時間がかかるといえるだろう。

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