移民法案、両院で可決

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年6月

少子高齢化の進展する中で、将来のドイツの労働力を補う外国人の導入を移民法の制度的枠組のなかで処理することが、懸案として2年にわたって与党(社会民主党SPD主導)と野党の間で激しく議論されてきたが、この移民法案が2002年3月2日に連邦議会で可決され、3月22日に連邦参議院でも可決された。しかし、基本法(憲法)の規定する手続き問題に関する争いから、連邦大統領の署名・交付には至っておらず、野党からは憲法裁判所への提訴も主張されている。

以下、両院通過に至る経緯、移民法案の主なポイント、今後の手続的展望につき、その概略を記する。

1. 両院通過に至る経緯

移民法による外国人労働力の受け入れの制度化に関しては、事の重大性から、ジュースムート前連邦議会議長を委員長とする政府諮問委員会が設置され、2001年7月、同委員会による答申が行われ(本誌2001年10月号第I記事参照)、これを議論のたたき台とするとともに、さらにシリー連邦内相による対案も提示された。そして、経済界がこれを支持して移民法の成立を強力に後押しする動きが見られ、少数野党自由民主党(FDP)も与党案に好意的な態度を示した。だが、基本法上の庇護権(Asylrecht)と難民問題も含めて、もともと移民に消極的な最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、1移民の同化のコストが不明瞭である、2移民に対する門戸開放が広すぎる、3具体的な国内労働市場の考慮が不足している、4専門技術者等の受け入れも制限すべきである、5家族呼び寄せの年令の上限をもっと低くすべきである等、特にドイツにおける移民の同化政策をより強く推進する立場から、シリー案に対して厳しい批判を行った。

その後、与野党間の協議は難航し、予定された2001年秋の法案の議会提出も見送られたが、移民という欧州諸国が共通に抱えるデリケートな問題と2002年9月の連邦議会選挙の関係の思惑も手伝い、与党側も野党の主張にかなりの歩み寄りを示した。しかし対立は解消されず、2002年2月にはいり、ジュースムート氏(CDU所属)がCDU・CSU幹部の非妥協的な姿勢を批判して、妥協に努めるよう要望するなどしたが、CDU・CSUはあくまで与党案の修正を要求し、与野党間の溝は議会の審議にまで持ち込まれた。

このような中で、移民法案はまず連邦議会を通過したが、各州代表で構成される連邦参議院では野党勢力が優勢であるため、税制改革法と年金法の成立に際して参議院で野党の切り崩しに成功したシュレーダー首相は、今回もその切り崩しを図り、経済界からは採決の前に可決を要望するアピールが出された。しかし、同首相の工作は今回は完全には成功せず、鍵を握るブランデンブルグ州で、結局州首相(SPD)と州内相(CDU)の投票が賛否に分かれ、これを連邦参議院議長が賛成と評価することで、同法案は辛うじて同院を通過した。

2. 移民法案のポイント

両院で可決された移民法案は、目下の大量失業状況や連邦議会選挙との関連もあり、ジュースムート答申案と比べてかなり後退したが、その主なポイントは以下のとおりである。

  1. 移民の制限

    移民法の目的がドイツ連邦共和国への移民の制限であることが、具体的に法文に明記されることになった。

  2. 労働力の移住

    外国人労働者の移住は、ドイツの全国内労働力市場に消極的な影響が及ばない限りで認められる。熟練外国人労働者は、最初は期間を制限して滞在許可を与えられるが、年令、ドイツ語能力、職歴等を基準とする評価制度を設け、この基準をクリアした者は移民として永住権を認められる。

  3. 自営業者の移住

    外国人自営業者の移住は制限され、優先的な経済的利害が存在する場合にのみ移住が認められる。この利害は通常、自営業者のドイツでの投資が100万ユーロに達し、最小限10人の雇用を創出する場合に認められる。

  4. 家族の呼び寄せ

    外国から呼び寄せ得る子供の年令の上限は、12才までに制限される。現行規定では16才であるが、ドイツ語習得の容易さ等同化を強調して年令の上限を10才とするCDU・CSUに対して、一定の譲歩が示された。これは、ジュースムート答申案が年令制限をむしろ18才に緩和したのと比べて、大幅な後退である。

  5. 人道的措置

    国家以外からの迫害と性(特に女性)に特有な迫害に際し、庇護権による保護を維持する。当該難民に相当な法的不利益を与える状態を許容することは廃棄される。また、連邦諸州には、差し迫った人道上又は個人的な理由により外国人の国内滞在が正当とされる場合に、滞在許可を授与し又はこれを延長する委員会を設置する権限が、新たに認められる。

  6. 同化政策

    移民がドイツ社会に同化することを推進するために、ドイツ語、歴史、文化、法制度の基礎を学習するコースが設けられる。ただし、ドイツ語力がある程度のレベルに達している場合はコースが短縮され、移民がコストを自己負担する場合も認められる。

3. 手続的展望

上述のような内容の法案は両院を通過したが、ヨハネス・ラウ連邦大統領による署名・交付はなされておらず、移民法はまだ成立していない。通常両院で可決された法案は、大統領の署名・交付により法律として成立するが、移民法案においては、連邦参議院でブランデンブルグ州の投票が賛否に分かれ、これが州首相の賛成票をもとに賛成扱いになって可決されたために、基本法51条が連邦参議院での各州の投票は統一されねばならないと規定していることとの関係で疑義が生じたのである。ラウ大統領は署名すべきかどうかにつき、憲法学者等の専門家の意見を聴取しているが、CDU・CSUはもとより、有力は憲法学者は参議院での可決の有効性を否定している。もし大統領の署名・交付がなされれば、移民法は成立し、2003年1月1日から施行されるが、この場合はCDU・CSUが移民法の無効を憲法裁判所に提訴することを主張しているので、問題の決着はまだしばらく先になる。

CDU・CSUの提訴に至れば、ドイツの憲法裁判でも初めての事態となるが、最大野党が憲法裁への提訴も辞さないのは、秋の総選挙に対する思惑もあるが、ドイツの将来の労働力と移民の関係という、欧州各国にも共通するデリケートで重要な問題が背後にあるからであり、今後の行方が注目される。

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